第170話 D-DAY~あるいは、やっぱりついていないアーロン~
1949年12月6日
その日、上陸作戦は静かに始まろうとしていた。
第三次世界大戦が勃発してから、早くも1年が経過している。
開戦劈頭、ソ連軍はベルギーと
その後、ドイツや日本との戦争で傷ついたロイヤルネイビーを排除して英国本土に上陸し、ロンドンを占領。英国はスコットランドの山岳地帯などを中心にゲリラ戦を展開して抵抗したが、数で勝るソ連軍には多勢に無勢であった。
なお、同時期に満洲帝国への侵攻も行われたが、こちらは陽動作戦としての意味が大きい限定攻勢作戦であった。
国際連盟は国際安全保障会議でソ連への軍事制裁を決議(この背景にはもちろん、復帰した日本が中心となって進めた連盟改革の成果がある)。
アメリカ軍やカナダ軍を中心とした国際連盟軍が組織され、英本土奪還を目指す『マチェット作戦』が行われた。この作戦では空挺作戦の失敗など、数多くの犠牲が
あったものの今年2月、ロンドンの解放に成功した。
そして、四ヶ月後にスタートしたのが、空前絶後の規模の上陸作戦『オオヤシマ作戦』であった。
パ・ド・カレーの沿岸に、おびただしい数の連合国軍艦艇が結集し、上陸作戦に備えていた。
この日アーロン・スチュアート大尉は、緊張の中で時を待っていた。
彼はこのとき、ようやく大尉に昇進したばかりであり、第一海兵師団において戦車中隊指揮官となっていた。
彼はあのソロモンの戦いでM3戦車を失う不名誉を体験したばかりか、負傷で後送される羽目になった男だった。
結局、傷が癒えるまで半年以上かかり、なんとか硫黄島攻略作戦には間に合ったものの今度は戦闘前に乗艦が機雷に触雷したせいで海に投げ出された。
救助の駆逐艦に拾われなかったら、低体温症で死んでいたかもしれない。
やはりついていない男であった。
いや、死んでもおかしくない場面で何度も生還しているのだからある意味でついている男なのかもしれないが。
ともあれたいした功績もあげられずに更迭されることのなかったのは、合衆国軍の柔軟さ故と言える。
そのかわり、ろくに昇進する機会も無かったのだが。
大尉への進級も、太平洋戦線での犠牲の大きさから士官不足になった故の昇進であった。そんな彼の中隊はLST-1戦車揚陸艦に搭載されており、未だカレーをのぞむ洋上にあった。
アーロンの中隊の出番はまだ先のはなしであるから、緊張感はまだない。
事前の作戦計画ではまずアメリカ海兵隊やカナダ軍の歩兵たちが上陸し、海岸線に橋頭堡を築いてからとなっていた。
そういうこともあって、甲板には彼の中隊の兵士の姿がが何人か見える。
アーロンも戦闘前の最後の機会とばかりに、舷側に乗り出してタバコを吸っていた。
ふと、気配を感じて後ろを振り返る。
すると、アーロン大尉は口を半開きにしたまま、言葉を発することも出来ずに固まってしまう。
そこにいたのはかつてアーロンが敵として戦った国の海軍、その象徴とも言える戦艦二隻が姿を現していた。
海軍の艦艇に詳しくないアーロンでも、『サウスダコタ』をスクラップにしたとかいう半ば伝説と化したトラック島沖海戦のモンスター、『ムサシ』の名前くらいは知っている。
その他にも、ナガト型戦艦をはじめ数隻の日本海軍の戦艦が見えた。
距離的に豆粒のようにしか見えないが、太陽を意匠化した軍艦旗がたしかに翻っている。
その背後にはやたら角張ったデザインの艦艇軍が続いている。
いささか士気に怪しいところがあるドイツ人民共和国赤衛艦隊と、仮にもロイヤルネイビーを破ったソ連海軍を、ドーバー海峡海戦で葬り去っただけはある。
そんなことをアーロンは思った。
あれが『敗戦国』の海軍かよ、とも思っている。
一方、そのさらに向こうには我らが合衆国海軍の頼もしきアイオワ級戦艦の姿が見える。
アーロンの視力ではいささか怪しかったが、おそらく四隻も同型艦が揃っているのではないかと思えた。
よくよく見れば、ヤマト型戦艦には後で取り付けたというのがすぐに分かる、多面体のようなデザインのレーダーが取り付けられている。
主砲の仰角は見た目四十度近くまで上げられており、ゆるやかに角度調整を行っているのが見えた。
次の瞬間、ヤマト型戦艦の一隻が砲撃を始める。
三連装砲塔の一門ずつ砲撃を行う、交互打ち方と言われる手法の射撃だった。
それでも、彼の戦車中隊が装備するM4A3『シャーマン』の
砲撃音にアーロンは、思わず耳を押さえ口を開く。
まさかこの距離で鼓膜をやられるとは思えなかったが、職業病というやつだった。
ヤマト型戦艦の砲撃を合図に、ナガト型やアイオワ級が続けざまに砲撃を開始する。
その様は海底火山の噴火もかくやという、この作戦に参加した数十万の将兵の記憶に強烈に残る風景だった。
恐る恐る海岸線の方に視線を向けると、これまで存在していたはずのトーチカや、戦車などの機動を阻止する十字型に組まれた鉄材はあらかた消え去っていた。
ありとあらゆるものが砲撃で消し飛ばされ、地形そのものが変化してしまったのだった。
それでも、砲撃が止まることはなかった。
海岸線より向こうの、視認できないエリアに砲撃の対象が移行しているのだった。
日米戦艦の砲撃は、およそ40分にもわたって断続的に行われた。
その砲撃は、海岸線に配置されていたソ連、ドイツ連合軍の防御陣地や、物資集積所、通信施設、あげくは師団司令部に至るまで、国際連盟軍(その実態は日英米連合)の着上陸を阻止するありとあらゆるものを吹き飛ばしたのだった。
いくら
しかし、それよりもっと恐ろしかったのは、この砲撃のあとに日本海軍の巡洋艦から発射されたロケットだった。たった1分にも満たない時間で、数百発のミサイルが巡洋艦の甲板から打ち出され(どういう原理で誘導されているのかはわからないけれども)はるか地平線の向こうへと飛び立っていく。
肉眼で追い切れないほどのスピードと物量に、海兵隊の兵士はあれが『味方』であってくれて良かったと思えた。
おそらく、あの誘導装置つきのロケット弾は、ドイツ軍やソ連軍の陣地や車両へと、正確に降り注ぐのだろう。
ある意味において、あのヤマトタイプ戦艦の主砲よりもよほど恐ろしい兵器であると言えた。
あの『魔弾』が我が軍の艦艇を一瞬でスクラップに変えたのを、アーロンは硫黄島で経験したのだから。どんな地獄があのはるか彼方で待ち構えていう
おそらく、この上陸作戦で俺はさしたる功績もあげることはないだろう。
日章旗を翼につけたジェット戦闘機が十数機、上空を飛び去っていくのを呆然と見守りながら、アーロンは確信に近い思いを抱いていた、
ちくしょう、神さま。
五体満足に帰れそうなのには感謝します。
やっぱり俺は、今度もついていない。
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