第164話 内閣退陣

―1945年7月19日


 「猛暑が続く中、国民のみなさまにおきましては国内経済回復のため、戦災処理のため、ご尽力をいただき誠にありがとうございます。

 また、戦後処理に当たっておられる国防軍の将兵、各省庁の職員、民間企業従業員などのみなさまに関しましては重ねて感謝申し上げます。

そして、今ここにこの『二度目の大東亜戦争』において、戦地に斃(たお)れた昭和、平成のすべての日本人、そして世界の人々に深い哀悼の意を表します。

また、自らの生命の危険を顧みず、国民の生命財産を守るという職責を果たした国防軍将兵の戦死者に深い哀悼の意を捧げます。

 (中略)

 以上のことを国民のみなさまにご報告するとともに、私自身の進退に関してご報告させていただきます。

 まず、この内閣は伊福部首相の行方不明による、内閣法に基づく自動昇格という特例的な就任経緯であったことを覚えておられるでしょうか。この三年近くの歳月においていずれかの時点で内閣を解散し、総選挙を行うべきであると考えておりましたが、戦時中という事情から果たせなかったことは、まことに遺憾であります。

 また、『二度目の』大戦において、我が国は再びの核兵器の惨禍に見舞われました。この事態を事前に察知し、防止することが出来なかったということは、まさに痛恨の極みであります。また、内閣総理大臣としての責任を痛感せざるを得ません。

 すべての責任は、国家の最高責任者たる私にあります。

 今ここに総理大臣の職を辞する事といたします。

 終戦直後にこの決断をすべきか悩みましたが、戦後処理が未だ定かならぬ時に職責を放棄してはかえって国民のみなさまにご迷惑をおかけすると思い、今日まで総理大臣の職に留まっておりました。

 しかし、戦後処理に一定の目処がついた今こそ、戦時中の一切の責任を取り辞任すべきと判断いたしました。有り難いことに各社の世論調査では、高い支持率をいただいておりますが、今この場において決断に一切のためらいはございません。

 ソビエト連邦による拡張主義、各植民地における独立闘争など、未だ不安定な国際環境のなかではありますが、今後新たに首相の責を担う方が、戦後日本の舵取りを存分に果たしていただけるものと確信しております。今後は新たな総理が決まるまでの期間、しっかりとつとめを果たして参ります。

 この三年間、誠にありがとうございました。


【質疑応答】

 (内閣広報官)

 それでは、これから皆様から御質問を頂きます。

 どうぞ、質問のある方は挙手にてお願いいたします。指名を受けられました方はお近くのスタンドマイクにお進みいただきまして、所属とお名前を明示の上で御質問をお願いいたします。


(記者)

 指名を受けました、帝都テレビの砂滑(すなめり)です。よろしくお願いいたします。

 今般、辞意を表明されましたが、辞任を決意されたのは具体的にはいつ頃の事でしょうか。暫定総裁とはいえ任期途中での交代であり、戦後処理が続く中での突然の辞任ということで批判もありますが、これに対してはどのように説明されるおつもりでしょうか。

 また、今後も我が国を取り巻く安全保障環境は厳しい情勢が続くと思われますが、政治的空白が許されない中での次の総理総裁選定に関していかなるお考えをお持ちでしょうか。


(桐生総理)

 まず、辞意の決断の時期でありますが、これは東京宣言受諾と停戦が成立した時点であります。もとより、米国による反応兵器の使用を阻止出来なかった時点で、総理としていかなる責任をも取る覚悟でございました。

 日本と連合国軍との戦闘が終結したことにより、ただちに辞任すべきであると考えましたが、捕虜の返還、外地からの引き揚げ者への対処や戦後補償問題など、戦後処理に関する問題が山積していたこともあり、政治的空白を作ってはならないと思い時期をうかがっておりました。

 次期総裁に関しましては党執行部の所管するところでありまして、私が申し上げる立場にはございません。ただ、あくまで一般論で述べるならば、次期総裁におかれましては、「憲政の常道」にしたがって適切な時期に総選挙を実施して国民の信を問う必要があろうかと思います…

(後略)

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