第162話 防空戦闘(後編)
突如、おびただしい数の対空誘導弾が空へ駆け上がっていくのを目撃した水兵たちがどよめきを上げる。
「その光景はまるで火山が噴火しているように見えた」
後に、ドキュメンタリー映画でそう証言した兵士がいたほどの光景だった。
ちなみにこのとき、ミズーリ自身は対空戦闘をまだ行っていない。
ミズーリの搭載している対空レーダーが、まだ接近する誘導弾を探知していなかったからだった。
高角砲は仰角を上げて接近する脅威へ指向しようとしていたが、目標はまだミズーリの防空システムが対処出来るものではなかった。
バークは演説の原稿から目を上げ、日本軍が打ち上げるロケットの群れを見上げる。
「どうやら式典が終わるのを待ちきれずに、日本の諸君が盛大なハナビを打ち上げたらしい。安心したまえ、このミズーリは安全だ。このバーク元帥が保証しよう」
その言葉に苦笑とも賞賛とも取れる笑い声が響きわたる。
外交官のひとりが拍手をはじめると、いっせいにバーク元帥へむけて拍手が巻き起こる。
彼の演説での豪胆な態度はこの後に出版される戦勝を記念した雑誌や書籍で絶賛されることになる。彼の演説の効果もあってか、少なくともこの式典の場から逃げだそうとするものがひとりも出なかったのは確かなことであった。
この日、二機のF-35が放った空対艦ミサイルLRASMは時速1100キロを越える速度で、横須賀港を目指していた。
LRASMの
アメリカが設置したGPS衛星はこの『二度目の世界』には存在しないし、在日米軍の戦術データリンクはすでに機能していない。
にも関わらず、LRASMの飛行は正確だった。
F-35をはじめとした戦闘機や艦船に搭載するハープーン対艦ミサイルの後継として開発されていたLRASMは、支援システムの誘導が途絶した時にも目標へ飛び続けられるように、独自の測位システムが搭載されているのだった。
しかし、日本軍がこのLRASMを撃墜するために放った艦対空ミサイルは、軽く40発を越えたと言われている。
後の歴史でも、これだけの数のミサイルがたった4発の対艦ミサイル迎撃に使われた例は存在しないのではないか、そう言われたほどであった。
迎撃開始から75秒後、最初のLRASMに、
着弾とほぼ同時に近接信管が作動し、MK125弾頭が爆発してLRASMミサイルを爆砕する。
その間も残りのLRASMは、自動的に回避行動を取りつつ空中を突進している。
迎撃ミサイルも、それを逃すまいと速度を上げる。
お互いが音速に近い速度で接近しているために、相対速度がマッハ2を越えている。
機械同士の戦いは唐突に終わりを告げた。
それぞれ、護衛艦『まや』、『てるづき』が放ったスタンダードミサイルがLRASMへ命中した。人間の目には捕らえきれない速度ではあったが、同時に複数のスタンダードがLRASMの周囲で爆発している。
当然、LRASMは空中で破片へと分解されていた。
残り一発のLRASMは、最後まで回避機動をとりながら高度を下げつつ戦艦ミズーリを目指す。
「L1、L2、L3撃墜。L4は以前、ミズーリへ向けて飛行中」
「各艦、個艦防空ミサイルを各個に発射。また射程内にミサイルが侵入次第、
玉城少将は特段の表情を浮かべていないが、額には油汗が滲んでいる。
「了解。SeaRAM発射用意」
『いずも』の個艦防空ミサイルであるSeaRAMの、公称射程は15キロほどだ。
つまり、ミサイルの速度で言えば指呼の距離と言える。音速に近い速度で飛ぶミサイルならば15秒ちょっとで飛び過ぎる距離にすぎない。
あれだけのスタンダードミサイルが発射されたにもかかわらず、あと一発を撃墜し損ねたことに、玉城は在日米軍将兵の意地のようなものを感じていた。
ミサイルの挙動に妙な感傷を抱いてどうするとも思うが、常識では考えられない事態では無理からぬことではあった。
「だが、終わりだ。ここから先へは届かせない」
彼のつぶやきをよそに、照明の落とされているFICには緊張が満ちていく。
「あと5秒で射程内に到達」
「SeaRAM発射!」
いずもの艦橋の前部に設置されたSeaRAMが、発射機から発射される。
ほぼ同時に、各艦の個艦防空ミサイルが発射された。
赤外線センサーでLRASMの赤外線放射を探知したSeaRAMは、
固体燃料を燃焼させながら、音速の2.5倍の速度でLRASMへ突進する。
『いずも』のSeaRAMと『もがみ』の同型ミサイルが、LRASMに命中したのはほぼ同時であった。
このあと、合計三発のミサイルが目標を見失い、空中で自爆することになる。
万が一の事態に備え、
そして、同時に今この時点をもって、後に「在日米軍将兵反乱事件」、通称「横須賀事変」は、日米の講和を妨害するという政治目的を達成することなく終わったのである。
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