第161話 防空戦闘(前編)

連合艦隊旗艦を務める航空護衛艦『いずも』のFICでは、既に戦闘配置が発令してから数分が過ぎていた。

 この調印式典では、米海軍への示威プレゼンスと、万が一の式典妨害に備えて『いずも』を旗艦とする『式典実行任務部隊CeremonyTF』が編成されていた。

 任務部隊は第一護衛隊群の『いずも』を旗艦として、『くまの』、『もがみ』の新型護衛艦FFMコンビに加え、『むらさめ』、『いかづち』、第六護衛隊群の『きりしま』、『たかなみ』、『おおなみ』、『てるづき』、さらには旧日本海軍艦艇から戦艦『大和』、『金剛』と、トラック島沖海戦の損害を応急修理した『榛名』、『武蔵』が参加している。

 『いずも』はすでにF-35(B型)の搭載が可能な航空護衛艦としての改修を終えており、この時点で3機のF-35が搭載機として試験運用が開始されていた。

『もがみ』と『くまの』に至っては運用が開始されてからまだ一年も経っていない、ピカピカの新造艦であった。真新しい艦艇をアメリカに見せつけたいという、海軍首脳部の思惑が透けて見える配置だった。

  旧日本海軍艦艇はミズーリの周囲に投錨していたが、任務部隊は各艦は横須賀沖に遊弋して周辺海域の警戒に当たっていた。

 大和型戦艦と金剛型戦艦の各2隻はいわばアメリカ軍への『見せ金』だが、護衛艦は実際の脅威に対処するのが目的だった。

 とはいえ、その警戒はあくまで万が一に備えたものであり、瞬時に実戦に切り替わるとは誰もが思っていなかった。

連合艦隊GF司令部より通信。甘粕司令長官からです」

 通信士官が緊張のあまり、引きつった顔で告げる。

 任務部隊指揮官を務める玉城裕少将は、「お公家さん」とあだ名される細面に笑顔を浮かべて応じた。

「つないでくれ」

通信はすぐにつながった。聞き慣れた声がヘッドホンから聞こえてくる。

「甘粕だ。そちらに向かっているのは在日米軍が秘匿していたものと思われる最新式の対艦誘導弾だ。標的はミズーリと推測される。日本の将来がかかっている、決して撃ち漏らすな」

「我が任務部隊で、すでに防空戦闘を展開中です。1発たりとも届かせません」

「現在憲兵隊が徹底的に捜索中だが、在日米軍が持ち出した戦力は、撃墜されたF-35で打ち止めと思われる。だが、念のため二の矢に関する防御も考慮に入れておけ」

「了解」

  

玉城が能面のような笑顔を崩さずにこたえると、通信は切れた。

「二一式早期警戒機よりデータ転送来ました。敵対艦ミサイル、レーダー探知コンタクト。標的数4。速度約650ノット。ミズーリへの到達時間、およそ135秒」

「全艦に通達。計画どおり、艦隊防空を開始。艦対空ミサイル防御」

「了解、各艦計画どおり艦隊防空開始せよ」

「『まや』、『もがみ』、『むらさめ』、『きりしま』、『いかづち』、『武蔵』の各艦、艦対空スタンダードミサイルを予定通り3秒間隔で発射。最初のミサイルの、敵ミサイル到達まであと55秒」

「他の各艦は、撃ち漏らした場合に備え、個艦防空ミサイルSeaRAM発射をスタンバイせよ」

ミサイルを発射してしまえば、あとは結果が出るまでは待つしかない。

 実際には1分にも満たない時間なのだが、永遠に等しく感じる瞬間だった。

「…ずいぶんと探知に手間取ったな」

「おそらくはレーダー反射面積RCSの低減が図られたミサイルなのでしょう。おそらくはJASSMか、その発展形のLRASMかと」

「さすがはアメリカ軍の最新兵器、といったところか。もう少し数を打ち込まれれば面倒だっただろうな」

 玉城少将はそんな感想を漏らしつつも、その表情に揺らぎはない。

 すでに四発の対艦ミサイルに対して、常識を外れた数の艦対空ミサイルが発射されている。

 絶対に式典の妨害はさせない、そんな国防軍の決意がそこには現れている。


 戦艦『武蔵』は本来なら船渠で修理中のはずだった。

 しかし、式典に参加する艦艇に大和型2隻をなんとしても揃えたいというのが、政府の意向だった。

 そのため、損傷の修理は途中で打ち切られており、あちこちにトラック島沖海戦の傷痕が残っている。

 意図は理解できなくもないな、と副艦長である垂水少佐は思った。

たしかに大和型というのは政治的に「映える」軍艦であり、虚仮威しにはもってこいだからだ。

 どういう理由でか、旧海軍の将兵の士気も高まっていた。

 海軍というのは元来「砲艦外交」という言葉で象徴されるように外交の道具であるからなのかと、垂水は思っている。

 たしかに、虚仮威しではあっても実際に砲弾を放って敵艦の人員を殺傷するよりは晴れの舞台で着飾っているほうがはるかにマシだなと思う。

 彼がいるのは、狭苦しい防御指揮所の中だった。

元々スペースの限られている場所であることに加え、平成の電子機器が据え付けられてからはますます兵員の居場所が限られるようになっている。

「副艦長より達する。対空戦闘用意。ただし、対空兵器のうち使用するのは艦対空誘導噴進弾ミサイルのみとする。対空機銃、高角砲の発砲はこれを禁ずる」

 既にさきほど、垂水は森下艦長から対空戦闘に関する指揮を一任されていた。

 現代兵器が相手の対空戦闘に関しては、彼は素人であるからだ。

 この時代の米軍が相手ならともかく、音速で飛来する誘導弾相手では垂水に任せるほかないと認識しているのだった。

「VLS、1番から2番。艦対空誘導弾スタンダード発射」

 垂水は冷静な声で命じる。

 海上自衛隊時代の制服を着ている砲術科員がわずかに頷き、制御卓のスイッチを押し込む。 

 指揮所内に混じっている帝国海軍の軍服の男たちの目に好奇心の色が浮かぶ。

 彼らにとっては、武蔵が誘導弾を発射するのを見るのは初めての経験なのだ。 

 といっても、この分厚い装甲板によって防御されている防御指揮所からは、外の様子など伺い知ることはできないのだが。

 戦艦武蔵に垂直発射装置VLSが設置されたのは、インド洋作戦終了後であった。水上艦の絶対数が足りない国防海軍にとってたとえ80年近く前の戦艦といえど、遊ばせておくという選択肢は無かったからだ。

 艦橋と第二砲塔の間にあった副砲を撤去した空間にMK41垂直発射装置が設置されたのは、そういう経緯からだった。

 古色蒼然たる46センチ主砲の後ろから、対空誘導弾が炎を噴出させながら青い空へと飛び上がっていく。

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