第159話 空戦機動-エア・コンバット・マニューバー(後編)
油谷大尉は必殺と思えた射撃が
「こっちの姿は見えていないのに、この距離での銃撃を回避されるとはな」
油谷大尉は二一式早期警戒機の探知情報によって、長距離空対空ミサイルである
このうちの1発がヨアキム大尉のF-35を破壊したが、マシュー中佐の機体に向かった2発のミサイルはうち1発が動作不良で墜落。もう一発は燃料切れによって目標に到達することなく自爆した。
この時点で、油谷大尉の機体に搭載されている対空兵器は25ミリ機関砲だけになっていた。元々戦闘を想定した装備ではないから、致し方ないところではある。
だが、この戦闘状況で有効な近距離
油谷の主観では、レーダーでも肉眼でもほぼ捕捉不可能な機関砲射撃に思えた。
第六感とでも言うべきもので回避されたとしか考えられなかった。
もしくは、光学迷彩とやらにどこかすぐ見破られる欠陥があるのかどちらかだ。
だが、事の仔細を考えている余裕はない。
銃撃をかわされたことによって前方にオーバーシュートしてしまった機体を、F-35の
-ドッグファイトとはね。向こうもミサイルはカンバンらしいな」
相手の戦闘機動を視界に収めながら、油谷は唸る。
元よりF-35の欠点として、装備できる誘導弾の少なさがある。
空対艦ミサイルの発射が目的という情報から察すれば、近距離空対空ミサイルの装備が難しいことはすぐに推測できた。
搭載機関砲で戦うほかないことは明白だった。
あのF-35はB型だから機関砲はオプション装備のはずだが、どうやらこういう事態を想定して装備してきたらしい。
こうなれば、古典的なドッグファイトでケリをつけるほかない。
しかし、レーダー反射波を吸収、低減するステルス性能に優れた第六世代ジェット戦闘機が登場したことにより、出会い頭のドッグファイトが発生する可能性も指摘されてはいた。
だが、こんな状況が発生することはどの専門家も指摘してはいなかったに違いない。
油谷は最大推力を発揮しながら、ラグ・パシュート機動(相手の後方を占位するように旋回する機動)で後方を取ろうと試みる。
方位角を温存しながら、
この領域に潜り込み、敵に回避機動を取る余地を与えないことが目的だ。
だが、そんな見え見えの機動に引っかかってくれるほど甘い相手ではないらしい。
小刻みなブレイクターンを繰り返しながら、こちらを翻弄してくる。
おそらくは自分以上に熟達したパイロットなのだろう。
もし二○式が命中せず、もう一機のF-35が生き残っていたならば。
数の優位で、追い詰められたのはこちらかもしれない。
だが、現実の状況は膠着していた。
そして、油谷はそれこそを期待していた。
『迅雷』のレーダースクリーンに、接近するミサイルが捕捉される。
友軍機の放った04式空対空誘導弾だった。
視界の片隅に、見慣れたF-15の特徴的なフォルムが四つも視認出来た。
「遅いぜ、まったく」
油谷の頭に、一騎打ちという感覚は無かった。
あくまで油谷の任務は敵機による攻撃の阻止であり、撃墜ではない。
「悪く思うなよ、米軍さん」
F-35が相手とはいえ、数に勝るF-15戦闘機隊が負けるとは思えない。
21式のレーダーは、相変わらずあのF-35の位置をレーダー誘導しているはずだ。
-それにしても惜しいな、。あれほどの腕を持つパイロットと、1対1で戦う機会などもうないだろう。
油谷は米軍機のパイロットに哀れむ視線を送る。
レーダーは相変わらず満足に動作していないが、マシュー中佐は接近する対空誘導弾を目視していた。一瞬のことで形状はぼんやりとしか視認出来なかったが、おそらくは赤外線誘導方式の短距離空対空ミサイルだろう。
速すぎて正確な数は分からなかったが、おそらくは5発は越えている。
F-35の赤外線放射はステルス機だけあって低く抑えられているが、すべて外れると思うのはあまりに愚かだろう。マシューは赤外線探知を妨害するフレアーを放ちながら、急旋回を行う。
悪いことは重なるもので、元々無理を承知で高速移動していた上に、戦闘機動による消耗で、
「ここまでか」
マシュー中佐はあっさりと、
倍以上の敵戦闘機に囲まれ、燃料が尽きた現状で空戦が可能と判断するほどマシューは愚かではなかった。
-そもそも、現代戦においてここまで来られたのが奇跡だ。
戦術データリンクで、相互に連携しあうのが現代航空戦だ。
1対1の空戦など、一次大戦の時代に終わった戦いなのだ。
孤軍であるマシューたちは、ドンキホーテが戦車に挑むようなものだ。
マシューは足の間に設置されているベイルアウト用のハンドルを勢いよく引く。
機体から火薬によって射出された座席は瞬時に脱出用ポッドと化し、デジタル制御によつてメインパラシュートを空中に展開する。このあと、必要に応じて減速用のパラシュートも展開されるように設定されている。
「まあ、元々目的は達した。後悔はないさ。さて、俺の身柄はどうなるのかな。死刑か、終身刑か。まあ、どうでもいいが」
-こんなに空は青かったかな。
市街地から遠く離れた緑の海に降りていく射出座席の中で、マシュー中佐はそんなことを思っていた。
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