第147話 戦艦ミズーリ

 東京湾に入った戦艦ミズーリが停泊したのは、横須賀であった。

 そこは、かつてマシュー・ペリー提督が日本へ開国を迫った時にポーハタン号を停泊させた場所であった。

 明日の正午にはミズーリ艦上で降伏文書調印式が行われる事になっている。

気の重いことに、明日の午前九時からはバークによる演説が予定されていた。本来なら政治向きのマッカーサー将軍や、太平洋艦隊司令長官のニミッツ提督がやるべき仕事である。しかし、マッカーサーは病気だったし、ニミッツ提督は丁重に断ったうえでバークを指名してきたのだった。

 バークは少しは気が晴れるかと思い、甲板へと出た。

 1月にしては風も穏やかで春のようなのどかな陽気だった。

 甲板には数人の水兵が忙しく動き回っていたが、皆一様にバークを見かけると最敬礼をする。バークはあえてぞんざいに答礼しながらゆっくり歩く。

 主砲はいつでも発砲出来るようにあえて蓋をされていなかった。

 まさにビッグガンの形容がふさわしい16インチ三連装砲Mk7が空を睥睨するように、仰角をあげていた。

 その光景に原始的な頼もしさを覚えつつも、バークの顔はなんとも複雑だった。

 敵国を降伏に追い込み、その勝利の光景を歴史に刻むべく敵地へ到着した提督の姿としてはあまりに似つかわしくない光景だった。

-降伏、この光景をそう言っていいものならば、だがな。

バークは口の端をゆがめながら、海面へ下ろされている錨鎖のあたりまで来て足を止めた。 

 視界の先には巨大な戦艦が停泊していた。

 詳細はさすがに不明だったが、ミズーリのそれを上回る17インチ砲とおぼしき三連装主砲がこちらへ向けられている。

-あれがヤマトか。撃ち合う羽目にならなくて良かったというべきかな」

ヤマト級戦艦の戦闘力に関する報告は、捕虜交換で帰国したリー提督から聞かされていた。あの「サウスダコタ」と撃ち合って撃破したというから、たいした戦艦なのだろう。

 航空機や日本軍の持つ誘導ロケット弾があまりに攻撃力を持った現在では、もう戦艦同士の打ち合いなど発生しないだろうけど。

 こちらが停泊位置を指定したから、意趣返しという訳か。

 あまりにキツい皮肉だね。

 バークの心中のつぶやきを知ってか知らずか、甲板の掃除が始まっていた。

 下士官たちが声を張り上げるなか、水兵たちが必死の形相でデッキブラシをかけている。

明日が式典だから、気合いの入れ方も一層違うようだった。

-まったくうらやましい。俺が向こうの立場だったら、どんなにか楽だったろうな。

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