第146話 外交使節団

1945年1月15日 


 戦艦ミズーリは多数の護衛艦とともにハワイを出港し、日本へと向かっていた。

 今年7月に就役したばかりの新型戦艦であるため、艦内の塗装はどこも真新しい。

 ピカピカの新造艦だけあって軍事機密となる装備もあることから、記者の姿がいないことが、アーレイ・バーク元帥にとっては有り難かった。

 そう、バークはこの戦争の英雄として元帥に昇進させられていた。させられた、というのは散々この昇進を断り続けた挙げ句、新大統領にまで説得されて渋々この人事を受け入れた。

合衆国が「勝った」という事になっているこの戦争の終結には、わかりやすい英雄が必要なのだった。こんな政治的なショーは目立ちたがり屋のマッカーサー将軍にでも押しつけておきたかった。

 しかし、つい最近フィリピンから救出された彼は栄養失調と皮膚病、そしてマラリアという、生きているのが不思議なほどの状況だった。医者から未だ絶対安静が言い渡されているというから、さすがに政治の場に出るのは無理があった。

 さすがに陸軍病院に入院中であることからまだ公になってはいないが、近々予備役編入を言い渡されるのではないかと言われている。確かに日本軍に「負けた」訳ではないにせよ、勇躍フィリピンに戻ってからの醜態を考えると、陸軍首脳から煙たがられているのは確かだった。

 そんな中で「硫黄島の英雄」という虚像を持つバークに白羽の矢が立つのはごく自然な成り行きと言える。

 -ハワイでは記者たちに追いかけ回されて閉口したが、おそらくトウキョウではまた記者たちに囲まれる羽目になるのだろうな。

 バークはため息をもらしたい誘惑に駆られながら、ミズーリの航海艦橋の司令官席に腰掛けていた。

 今回の任務は戦闘ではなく、あくまでで外交使節団の輸送任務だった。

 そのためか、以前のような張り詰めた空気は既に艦内から失われている。

 使節船団は途中、日本側に通告した硫黄島近海での献花を済ませた後に東京湾へと向かっていた。

既に房総半島が水平線の彼方に見えており、東京湾への入り口にさしかかっている。

「艦長、レーダーに反応多数。無線で通告のあった、日本側の出迎えかと思われます」

 レーダー室からの報告に、艦長は頷きだけを返す。

 バークは司令官席から双眼鏡を構えると、日本の出迎え艦隊とやらを見ようとピントを合わせる。

 間近では初めて見る鋭角的なフォルムの艦が大半を占める日本艦隊は、単縦陣を組んでこちらへと向かっている。

 バークには知る由もなかったが、旗艦は最新鋭のくまの型護衛艦二番艦『すずや』である。

 どちらにせよ、戦争直後の艦隊にもかかわらず恐ろしく練度の高い艦隊であることは明らかだった。観艦式でも通用しそうな一糸乱れぬ操艦で一斉に転舵すると、こちらへ艦の側面を見せつけるように高速で向かってくる。 

 空中からも轟音が響いてくるのを聞いて、バークは慌てて双眼鏡を向ける。

 四発のジェットエンジンを搭載した大型爆撃機のような飛行機が、十数機のくさび形編隊を組んで飛んでくる。 

 その周りには、これまたジェットエンジン装備機と思われる戦闘機が護衛として随伴している。

 これまたバークはあずかり知らぬ事だったが、国防海軍の保有する哨戒機P-1を、空軍のF-15戦闘機が護衛していた。米軍に対する示威行為デモンストレーションとして計算された布陣だった。

 ミズーリの高射機関砲が旋回しているのを見て、艦長が止めさせるよう命令する。さすがにここで発砲するバカはいないだろうが、まだ戦時中という意識が抜けない連中がいるのだろう。

 あの編隊に対して攻撃しても、速度が早すぎてVT信管を用いてすら当たるようには見えなかった。

「日本海軍艦隊旗艦、『スズヤ』から入電。『合衆国外交使節団の到着を歓迎する、ワレ先導ス』とのことです」

 通信室からの無線電話で、日本艦隊からの入電が報告される。

「司令官、返信はなんとしますか」 

 艦長に問われたバークは、顔をしかめながらも吐き捨てるように答える。

「貴国の歓迎を有り難く思う、よろしく先導されたい。とでも返信してくれ」

 バークの返答になんとも微妙な表情でうなずいた艦長は、通信室へ無線電話で伝える。

「これこそ外交交渉、そういうことだろうな」

 誰に聞かせるという訳でもなく、バークは呟いた。

 バークは日本人は大嫌いだったが、彼らのメッセージが有効であることは認めざるを得ない。

 戦争が長引くに従い、ふつう軍隊の練度は低下の一途をたどる。

 避けがたいベテランの肉体の負傷や精神の消耗、時には戦死によって生じる穴を、ろくに訓練も受けていない新兵たちが引き継いでいくからだ。たとえ勝ち続けて見た目の損害は少ないとしても、死を意識せざるをえない緊張感の中で消耗しない者はない。

 あの日本海軍艦隊の見事な操艦は、その影響を感じさせないものだった。

 もちろん、あの数少ない合衆国側の勝利であるミッドウェー海戦以外で、日本海軍がほとんど損害を発生させていないということもあるだろう。だが、戦争のただ中にあってたとえ勝利を重ねようと、なにもかもが消耗していくものだ。

「我々はその気になれば、この戦争をまだまだ続けられる」

 おそらくはそういうメッセージなのだ、あの見事な操艦の意味するところは。

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