第145話 F3『迅雷』


 1944年12月11日14時30分 国防空軍岐阜基地上空


 航空自衛隊の新型支援戦闘機の開発計画が始まったのは、平成28年の事であった。


 退役が始まったF4-J『ファントム』戦闘機の後継機として、開発コードネーム『F-X3』と銘打たれた開発計画は、様々な変遷を余儀なくされた。


 防衛技術を絶やさぬよう純国産を望んでいた(物好きな一部の)政治家や国民の要望は、膨大な開発費用という現実の前に頓挫。英国、イタリアとの共同開発という現実的な選択となった。


 しかし、開発計画が順調ならあと1年足らずで試作機の初飛行という段階で時震が発生。 当初は国家を揺るがす事態に、NSCで開発計画の中止すら議論の俎上に上った。


  開発計画が続行されるきっかけとなったのは、特殊戦略調査班の「戦後研究チーム」の提言だった。


「戦争終結後も、日本は生き残りのために圧倒的な性能の兵器を保有し続ける必要がある。技術的優位は日本の生命線である。平和が訪れれば、いずれ貿易や資本提携、投資などを通じて、技術移転はある程度許容されるようになる可能性が高い。


 機微技術移転防止法(通称産業スパイ防止法)などの法整備や、外国投資規制委員会JCIFUSなどの組織整備は進みつつあるが、それによって可能な技術流出防止の範囲は限られる」


 この提言を元に桐生首相は開発継続を指示。時震発生前から日本国内に滞在していた米軍人や米国人技術者たちの開発協力――そこには戦後を睨んだ様々な取引が絡んでいた――も得て開発は再開された。

 

 そして国際共同開発機改め純国産戦闘機「F3『迅雷』」は、この日試作機2機がロールアウトしたばかりであった。


 外見上の特徴としては、コクピット脇に張りだしたカナード翼とクリップドデルタ翼が一体化した形状の主翼である。一目見ただけで、F-22やF-35に類するステルス性能を重視している飛行機であることが分かる。


 エンジンは石川島播磨重工IHI製のXF9ー1Bターボファンエンジンを搭載しており、運動性能を担保する高推力を発揮する。また従来のエンジンよりスリム化されているとともに、遙かに短時間で最大出力までもっていくことが出来る。


 今日の試験飛行でその試作機に搭乗しているのは、国防空軍の中でも試験テスト飛行操縦士パイロットという厳しい試験をくぐり抜けた者しか許されない資格の持ち主、油谷浩二大尉であった。


 猛禽類を思わせる鋭い目つきに、日本人にしては掘りの深い顔立ちの彼は、四十代手前のベテラン搭乗員であった。

 彼が所属する飛行開発実験団の任務は、この新型機を制式採用するに足る戦闘機であると厳しい実証試験によって証明する事だ。今日もここまでの試験飛行ではハンマーヘッドやコブラなどの曲技飛行に近い挙動を試したりしている。


 戦闘中に発生する可能性のある、ありとあらゆる挙動を試験して不具合を洗い出すのが油谷の仕事だ。言うまでも無く危険な飛行であり、輸送機などの大型機から戦闘機、練習機に至るまで豊富な経験を持つ搭乗員でなければ対処が難しいトラブルに見舞われる事も珍しくない。


 今のところ、『迅雷』には深刻な不具合は発生していないが、油谷の『迅雷』への感想は第一に「強烈なパワーと、じゃじゃ馬のような扱いにくさ」であった。


 大出力エンジンが短時間で高度を上げることを可能としているが、飛行時間の短いパイロットにはやや荷が重い機体ではないかと思えた。もっとも、ソフトウェアの更新によって、搭乗員への支援機能が充実していくかもしれないが。


 F-35にも採用されていた有機ELヘルメットディスプレイは、このF3用ヘルメットにも採用されている。拡張現実AR技術によって機体の床やフレームに邪魔される事無く360度を見ることが可能だ。


 F4からパイロット人生が始まり、長いことF-15に乗っていた油谷には隔世の感がある。

 先進的に感じたのは、僚機が放ったミサイルを自機のセンサーで誘導可能な『クラウド・シューティング』を可能とする『統合火器管制システム』が標準搭載されている事だった。誘導弾どころか射程がせいぜい100m~200m程度の搭載機銃が主武器の時代には過ぎた代物だ。


「エコー1よりラーテル、次は二○式誘導弾の実証試験を開始せよ」


 油谷は地上の管制室の一画に陣取っているはずの上官の命令に、了解と短く答える。


 ラーテルとは小さい身体にもかかわらず時に熊にも襲いかかる獰猛さで知られる哺乳類の名前だ。小柄な身体だが、どんな相手であろうと果敢に挑んでいく油谷の性格から、上官につけられたタクティカルTACネームだ。


 油谷もこの名前は気に入っており、絵の達者な同僚に描かせたラーテルの絵を個人識別マークとして用いている。


 油谷はヘルメットディスプレイに表示されている高度表示を見た。現在の高度は約8000メートル。この昭和の空を飛んでいる大半の飛行機にとっては高高度と呼べる高さだ。

 

 米軍の戦闘機でもこの高度での戦闘を可能とするものは少ないし、昭和日本軍の戦闘機に至っては上がるのがやっとというところだ。

 もっとも、F3のような第五世代戦闘機にとって見れば十分に運用可能な高度である。

 

 油谷はレーダーを操作するタッチパネルに手を触れる。これまでのスイッチ式やレバー式の装置と異なり、スマートフォンを操作する感覚でレーダーを操作できるのは奇妙な感覚だった。

 

 だが、慣れてしまえばとっの判断を要求される空戦の最中に素早く直感的操作ができるのは有り難い。

 

 レーダーレンジを切り替え、周囲の航空機の探知結果を見る。

 J/APG-3火器管制レーダーのAESAアンテナから発せられた電子ビームが周囲を捜索している結果がディスプレイに表示される。

 

 現在地は長野県の高ボッチ山付近の上空だが、周辺に航空機らしき反応は見受けられない。

 

 近くに松本空港があるはずだが、平時から発着便数の少ない空港なうえに訓練空域が近い。事故を避けるため、発着便を制限しているのだろう。

 

 戦争が終わって民間航空機の飛行制限が完全解除となれば、今のようにお気楽な訓練飛行が出来なくなると考えると複雑だった。

 

 しばらく高度を維持しながら飛行を続けていくと、レーダーが反応を捉える。

 速度およそ500ノットで、こちらへ向けて移動する反応が二つ。

 岐阜基地から射出された無人標的機だった。

 

 割り当てられた訓練空域には民間機の侵入が禁止されているから、誤認の可能性は無い。

 今回の訓練ではF3のテストのために、廃棄される予定だったF4戦闘機を無人標的機に改造した『F4-TG2』が使われる事になっていた。

 

 使用する二○式対空誘導弾AAM-6Bは英国のMBDA社製のミーティアミサイルをベースに、日本製のシーカーを搭載した誘導弾であった。改修内容はF35やF3等の武装ウェポン格納庫ベイの容量が限られたステルス戦闘機に搭載するために形状のスリム化、そして射程の延伸である。


 時震直前配備が始まっていたとはいえ、1940年代のどの航空機に対してもオーバースペックなためか、生産数は少ない。しかし、F-3で運用できる中距離ミサイルが事実上これしかないので、今回のテストにも採用されている。


「ラーテルよりエコー1へ標的T-1、T-2を探知。これより迎撃行動に移る」


「エコー1了解」


 短いやりとりで地上管制の了解を取ると、油谷は機体を西側に向けて緩やかに旋回させる。


 発射されたばかりの無人標的機までは二百キロ近く離れているが、F3のレーダーからしてみれば十分探知可能な距離だ。


 「目標TG-1、TG-2。20フタマル発射シュート


 ヘルメットディスプレイに表示された火器管制システム画面で、レーダーが捉えた目標が表示される。タッチパネルを叩くだけで、目標が選定される。


 コクピットからは見えないが、ウェポンベイから四発の誘導弾が空中へ放り出される。

 テスト用とはいえ、新型誘導弾を一目標あたり二発も使えるのは贅沢極まりない。戦時中だからこそ許される贅沢さだった。


 空中でラムジェットエンジンを作動させた二○式が、白煙をたなびかせながら青空を飛び去っていく。


 マッハ4以上で飛ぶ新型誘導弾はあっという間に油谷の視界から消える。

 この1944年、米軍では航空機に電波探信儀レーダーの搭載が始まってはいる。とはいえ、この時代は戦闘は基本的に視界内で行われる。


 だが、基本的にF3のような第五世代戦闘機にとり、空中戦ドッグファイトとは誘導弾で仕留めきれなかった敵と戦う手段でしかない。


 あくまでレーダーに映りにくい特性を利用し、先にファースト敵機を見つけルック先にファースト撃ちシュート先にファースト仕留めるキルのが基本なのだ。


 油谷はタッチパネルを操作して、二○式の誘導を行う。以前の誘導弾のように敵機に命中するまで誘導が必要な訳ではないが、最低限どの敵機を狙うかは指定してやらねばならない。


 自動選択も可能というメーカーの触れ込みだったが、油谷は経験則からあまり当てにはしていない。 


 それと同時に操縦桿スティックを操作し、エンジンの推力をあげる。

 実戦ならば誘導弾を放つということは存在を暴露する行為であるから、回避行動を想定しての機動だった。

 

 二○式誘導弾が標的機に到達するまで、わずか五分程度。

 かつての「自衛隊」時代なら考えられない、退役したF4を改造した標的機を二機も使う贅沢な試験だ。


 外す訳にはいかない、と力んでしまうあたりがかつての爪に火をともすような予算に苦労した世代の貧乏性であった。


 新型誘導弾は幸い、新型故の不具合の多さからは無縁だったようだ。レーダースクリーン上で回避行動を模した機動を行う標的機に高速で追いすがる。


「エコー1より、ラーテル。TG-1、TG-2ともに撃破を確認」


「ラーテル1、了解。予定通り訓練飛行を続行する」


 地上からの通信で油谷は内心満足感を感じつつも、残りの任務に集中すべく意識を切り替える。試験飛行を難無くこなしながら油谷は思った。


 おそらく、この高価な機体の生産数は百に満たないものになるだろう。


 当面は日本以外の各国空軍が第五世代戦闘機を装備することはないからだ。老朽化が進むF-15も延命措置次第で20年近くは一線級でいられるだろう。


 それでも『迅雷』は日本の技術力の象徴として、国防の礎となる機体であることは間違いない。たとえこの戦争が終わるとしても、「次の戦争」に備える必要は常にあるのだ。

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