第141話 宴のあと(前編)

「おめでとう、と言うべきなのかね」

 そのセリフの割には辛口の酒でもあおっているような顔で言ったのは、フーヴァー元大統領だった。

 燕尾服に身を包んではいるが、全体的にくたびれた印象が漂っている。

 大統領選挙の共和党有力支持者向けのパーティに出席した直後だからだった。

 出席者のほとんどは選挙資金を提供した面々であるからむげに扱う訳にもいかない。

 財界人から映画俳優まで出席する、大規模なパーティーだった。

「おそらくはそうなのでしょうね。民主党に負け続けていた共和党が、一応は政権を取り戻したのですから」

 こう返したのはハミルトン・フィッシュ。共和党に久々の政権を取り戻した大統領候補、いや諸手続が終われば大統領職を引き継ぐ男だった。

 フィッシュはあの「討論会事件」から、多忙な日々を送っていた。

 今日もパーティーに出された豪華な食事に手をつける暇もなく、来賓の応対に追われて食事をする暇もなかった。

 ついさきほど、ようやく遅い夕食を済ませたばかりだった。 

 きっかけは、討論会会場から病院へ運ばれた「大統領」について、不自然な点が続々と発見された事だった。マスコミ各社の報道が過熱していく中、あの討論会にいた「大統領」が「影武者」であったことが発覚したのである。

 ルーズベルト大統領の血液型と、「大統領」の血液型が異なることから、事態は急展開した。

 そして、デイリー・ニューヨーク誌がすっぱ抜いたスクープが、決定打となった。

 ハワード・ロズウェルというかつてルーズベルト大統領に瓜二つの人物がいたこと、そして彼が病身のルーズベルトの替え玉であることがホワイトハウスの医師団の一人の口から明らかになったのである。

 そればかりか、その後の取材で本物の大統領が執務不能状態であることが明らかとなり、騒動に拍車がかかった。

 このことは民主党の支持者ばかりか、合衆国市民全員に強烈な衝撃を与えていた。

 いくら戦時とはいえ、替え玉に選挙戦を戦わせていた大統領の側近や、替え玉に気づけなかったトルーマン副大統領候補に、罵倒に近い報道が繰り広げられた。

 そんな騒ぎのさなかに始まった投票自体は何の混乱もなく順調に進み、開票作業が行われた。結果はフィッシュ候補がスイング・ステートのほとんどを押さえる地滑り的圧勝だった。

「大統領の替え玉など前代未聞ですよ。日本ではカゲムシャと言うらしいですが」

「中世の封建社会ならともかく、我が国の民主主義の根幹を揺らがしかねん。事は重大だぞ」

「分かっています。まさにウィルソン政権末期をしのぐ緊急事態であることは間違いがない。私が大統領に就任したらすぐに、この件は徹底的に調査し、事態を明らかにせねばなりません。」

「おそらく、君は寝ている暇もないな。おそらく私の時よりも数倍は忙しいだろう」

「その時は一蓮托生です。あなたには私を巻き込んだ責任がある。あなたにも働いていただく。元大統領とて容赦はしません」

茶目っ気と本気が半ばする瞳でフィッシュは笑った。

「覚悟しておくよ。閣内は君もやりにくかろう。日本との停戦交渉かね?」

 外交特使として派遣するならば、人物にはある程度の「格」というものが必要だ。元大統領という肩書きならば十分だろう。

「ええ、厳しい交渉になるかもしれません。だが、合衆国のためにもこの馬鹿げた戦争を終わらせなければならない。事は急を要します」

「ドイツかね?」

「ええ、ソヴィエトがさかんにプロパガンダしている事は、大枠において事実です。珍しく、残念なことに」

「発端はワルキューレ、だったか。まさか、クーデターとは」


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