第139話 ミハイル大佐
時震発生当時、日本国内に存在する在日米軍基地は極端に減少していた。
沖縄県の基地群はほぼそのままだったが、三沢基地からの実戦部隊引き上げなど在日米軍のグアム移転が強力に推し進められていた。
その原因は、リベラルというよりは極左親中派政権と言うべきワン政権と上下院双方の議会で過半数を握る民主党といういわゆる「トリプルブルー」体制は、極端な日米
日本側でも伝統的な親中派派閥の伊福部総理が対米関係改善に消極的だった。
なお、この当時は表面化していなかったが、閣内の親米派は、政府の親中路線を変更するために事実上の伊福部おろしを水面下で画策していた。
これは後日、時震という非常事態による桐生政権発足でなかったことになるのだが。 ともあれ、時震発生直前の米軍はそうした政治的背景を抱えながら、台湾防衛のために動き出していた。
そんな中発生した時震に、日本政府は難しい判断を要求される。
仮に在日米軍がこの1942年のアメリカ側に立って参戦した場合、日本は国内に敵を抱えたまま戦うことになるからだった。
すぐさま法務省や内閣法制局に国際法や国内法に照らしての検討がなされた。しかし、法はあくまでこれまでの人類の
議論の中では在日米軍を現状のまま残し、むしろ対米和平交渉の仲介役としてはどうかという案もあった。しかし、時震によって転移した1942年のアメリカに呼応して、在日米軍が日本と敵対した場合、それは日本にとって内外に困難を抱え込むことになる。
結局、政府内では制圧論が優勢となり、最終的に首相の決断で在日米軍の制圧に踏み切る事となったのである。
当時米軍は本国との通信途絶と、日本側の情報秘匿により時震という異常事態の把握を断片的にしか把握出来ていなかった。一方、日本側は本国という事もあり、時震という超自然的現象を(米軍と比較すれば、ではあるが)把握出来ていた。
この情報格差があるうちに、在日米軍を制圧する必要があった。
こうした背景をもとに、自衛隊は在日米軍基地の制圧と封鎖を命ぜられた。
自衛隊はごく短期間のうちに米軍基地制圧作戦「湊川」を立案、実行。戦闘による双方の犠牲者を出すことなく、ほぼパーフェクトゲームといってよい成果を収めた。
この作戦成功の原因は、地の利や的確な作戦に加えて米軍側の戦力が時震によって著しく低下していたことにあった。
第7艦隊の空母打撃群は既に母港を出港し、沖縄近海を南下する途中で時震に巻き込まれ行方不明。沖縄に集結していた米空軍航空部隊や海兵隊歩兵連隊をはじめとする地上戦部隊も同様に行方不明であった。
岩国基地だけが、戦闘機部隊が存在する例外的な存在であった。
まさか同盟国が「裏切り」を行うはずがないという油断もあった。
70年以上、日米が築いてきた同盟関係とはそれだけの重みがあったとも言える。
「こうまで鮮やかにやられては、いっそ諦めがつくというものだな」
米海兵隊岩国基地司令、ミハイル・R・ルイス大佐は、諦観とともにため息を吐いた。
「まあつまらん作戦だった。警備部隊しかいない後方の基地なんぞいくら落としても自慢にもならん」
篠塚静香三尉は心底津つまらなさそうな顔で、事もなげに言った。
「そう言われては立つ瀬がないな。君たちの仕事が完璧だったせいで死者も出なかった。複雑ではあるがね」
ミハイル大佐はイラク戦争で
彼は篠塚少佐とは面識がないが、日本の
聞いたときは冗談の類いかと思ったが、彼女を目の前にすれば納得せざるを得ない。
陸戦部隊のいない航空基地とはいえ、ごくわずかな時間で警備部隊を制圧した上で、司令官であるミハイルの身柄を確保、司令部施設も占拠された。
彼女の指揮を実際に見たわけではないが、完全に虚を突かれた形になったミハイル大佐としてはその実力を認めざるを得ない。
「我々の身柄はどうなる?」
「ハーグ陸戦法規は遵守せよ、との命令でね。まあ何もかも自由とはいかないだろうがな」
「そう期待するとしよう。しかし、君たちにここまでの暴挙をさせるとは、日本政府はクレイジーだな」
「そういえば、大佐にはまだ話していなかったのだったな」
篠塚少佐はミハイル大佐に「時震」の事を淡々と説明する。
「にわかには信じがたい。だが、君の説明が正しいとすれば色々と辻褄が合いすぎる。いくらEMP攻撃を受けたとはいえ、冗長性が確保されているはずの端末すらバージニアと連絡が取れないのはおかしい」
ミハイル大佐はぐったりと疲れた表情のまま、革張りの背もたれに身を預ける。
急に何才か年を取ったかのような、心底疲れた表情だった。
「時代が違うとはいえ、敵国の軍隊を国内に抱えることは悪夢そのものだ。その点において君たちは正しい。まあ、やられた方としてはたまったものではないがね。
「その点においては同情するほかないな」
言っていることとは正反対に、篠塚少佐の表情は冷淡そのものだった。
「この戦争が一刻も早く終わることを祈るよ。君たちも今さら帝国主義には戻らないだろう」
半ば自分自身に言い聞かせるように、ミハイル大佐は目を閉じた。
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