第133話 ナッシュヴィル・カーニバル

 1944年10月26日10時15分(現地時間)


 ナッシュヴィルの市街地は、お祭り騒ぎになっていた。

 戦時とはとても思えぬ規模の人が繰り出して、中心市街はごった返している。

 カンバーランド川沿岸に位置するこの町は古くから水運交通の要所として栄えた。独立戦争の英雄フランシス・ナッシュを名前の由来としているこの町は、南北戦争の激戦地としても知られている。後に鉄道輸送の要衝ともなったこの街を押さえることが、勝利におけるキーポイントの一つとなったからであった。

 内戦で有名になったこの街は、対外戦争を戦う今選挙戦の要衝として合衆国市民に記憶される街となっていた。

投票日である11月3日まであと一週間のこの日に、この街で最後のラジオ討論会が行われることになっているからだ。

 そのうえ、無風と思われていた選挙戦が最後までもつれそうな雰囲気とくれば、盛り上がらない訳がない。とはいえ、郊外からベルモント大学へと通じる道路はラッシュアワーですらここまで混まないと思われるほどに、車でごったがえしていた。

 大統領専用車を先導するオートバイや、警備車両がひっきりなしに警笛を鳴らしている。あまりにも自動車が多すぎるために、避ける場所が確保できない。

 そのため、本来なら道を空けさせるはずのSPたちも、弱りきった表情で肩をすくめるばかりだった。

 そんな状況でも、さすがに討論会会場の大学の敷地近くでは検問がもうけられている。歩行者はボディチェックを受け、自動車はトランクからシート下に至るまで念入りにチェックされていた。

「バンシーよりグレイハウンド、予定通りターゲットが沼にはまった」

 その様子をグレゴリー・G・キムラは、古いアパルトマンの一室の窓から眼鏡で確認している。

 左右の耳にはワイヤレスイヤフォン、そして胸元にはピンマイクを装備している。

 胸元に会社のロゴマークが入った作業服を着ており、一見したところでは工場労働者にしか見えない。

「これで討論会へ大統領専用車の会場への到着を1時間遅らせることは可能だろう。理想を言うなら2時間以上拘束したいところだが」

 グレゴリーはそう答えながら、周囲を単眼鏡で観察している。

「ターゲットが討論会を中止する可能性もある。無理は禁物だろう。予定時刻まで監視、その後に合流地点まで移動する」

「グレイハウンド、了解」

 交信はいつものように、唐突に打ち切られる。

-さて、ここまではなんとか予定通り。あとはこちらの意図通りに向こうが動いてくれるかどうかだな。

 そんなことを思いながら、グレゴリーは手元の情報端末をチェックする。

 アパルトマンの各所に仕掛けておいた超小型カメラからの動体検知アラートはない。

-しかし、このドッペル計画とやらは、誰が思いついた計画なのだろう。

 きれい事になれてきた日本人にとって、他国の選挙に介入するなど思いもよらないことだろう。同じ民主主義国家の人としては後ろめたいことこの上ないし、へまをすれば、戦争継続のいい口実を与えてしまう。

 これまでの政府首脳であれば、きれいごとを言って却下するだろう。そこまで日本が追い込まれているとはいえ、いやだからこそ、こういう時に平時の感覚でものを言う莫迦はどこにでもいるものだ。

それがどういう経緯でか裁可され、今ここに結実しようとしている。

「まあ、うまくやるさ」

 グレゴリーはそう呟きながら単眼鏡をケースに収め、粗末なテーブルに置いてあった革鞄を肩にかける。

 彼は振り返ることなく、部屋を後にして合流地点へと急いだ。

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