第123話 たけみかづち


1944年8月16日 航空宇宙軍種子島基地



JAXAの支配する場所であったこの種子島宇宙センター。

 本来宇宙開発の基地であったそこは外見こそさほど変わっていないものの、まったく別の場所に変貌していた。

昨年末に特段の説明もなくひっそりと改称された国防航空宇宙軍基地と、戦略偵察局SRAが幅を利かせている。

本来の主だったJAXAの職員たちは片隅へと追いやられていた。

 もっとも島民でさえも疎開命令が出ており、鹿児島の仮設住宅での生活を余儀なくされているのだが。

 JAXAから航空宇宙軍へと出向しているため、軍属身分となっている財部たからべ卓司たくじは落ちくぼんだ目をしばたたかせながらモニターを見つめていた。

外部カメラの映像が映し出されているそこには、超大型倉庫の扉が開きつつある風景があった。

 しかし、特殊車両によって引き出されているそのロケットは、かつてH2Aなどのマトモな宇宙開発のためのロケットではなく、禍々しいする外見をしていた。

 それはロケットではなく、ミサイルと呼ぶべき代物だった(もっともロシアにおいては、その二つは区別されることなくロケットと呼ばれている)。

 かつて、ロケット開発といえば予算の無さを呪いながら、血反吐を吐くようなコスト管理の下で運用していたものだ。

 財務省に予算を絞りに絞られた結果、諸外国に比べれば雀の涙ほどの予算に苦悶しながらも、宇宙開発の最先端に追いつくべく悪戦苦闘していた日々が懐かしい。

 今や、何度失敗しようが咎めだてされることもなく、敵国を攻撃するための兵器開発に邁進させられていた。

 このミサイルの実験にどれだけの国費を費やしたか、もう計算するのも馬鹿らしくなるほどの時間と費用が費やされてきた。

 何十回ともなく打ち上げが行われ、大気圏再突入に関するデータを収集してきた。

 時震直後に接収した米軍基地からもたらされた技術情報が無ければ、開発はもっと時間がかかったかもしれない。

 こんなに状況がろくでもなくなっていても、ロケットにかかわることを止めないのは何故なのか、財部はいつも自分自身が不思議だった。青年時代にこんな現実を突きつけられていれば、反発の一つでもしたかもしれない。

 映画であれば技術の軍事利用というのは、だいたいが悪役がすると相場は決まっている。

 だが、財部は腹の出っ張りが気にならなくなって幾年も立つ年頃だったし、大学二年生の息子と、たまに顔を合わせても口も聞いてくれない高校生の娘を抱える父親でもあった。

 そして、それ以上にロケットの虜だった。

「つまるところ、俺はフォン・ブラウンのしっぽという奴なのかもしれないな」

 そう言って苦笑しながら、目の前の端末のキーボードを叩いて、ロケット各部の状況をモニタリングする。

 トラブルの気配は見当たらない。

 小憎らしいほどにオールグリーンだった。

「主任、どこぞのオールド・ロボットアニメじゃないんですから。言いたいことはわかりますがね」

 細面の若者が苦笑を浮かべながら、顔だけをこちらに向けている。

 彼と同じくJAXAから航空宇宙軍へ出向している、若き技術者だった。

 なんでわかったのかと言いかけたが、そう言えばつい最近リメイク版が『皆様の公共放送』とやらで放映中だった事を思い出す。

「我々は所詮フォン・ブラウンの末裔。ロケットを飛ばせるならJAXAだろうが、軍だろうが構いやしない。そんなところですか」

「前の史実通りに日本中焼け野原になったら、ロケットどころか飛行機の開発すら十年以上出来なくなる。そんな羽目に陥るくらいなら、軍に協力したほうがマシ。そんなところだろうな」

「さすがは主任。まあ、おててが汚れるくらいなら民間の方がマシという連中も、いないわけではなかったですが」

 露悪的な笑みを浮かべる若者に対し、財部は共犯者の笑みを浮かべる」

 時震以降のJAXAでは学術調査や商用利用を目的としたプロジェクトのほぼすべてが凍結され、技術者や研究者のほとんどが軍か戦略偵察局への出向となった。

 そうした状況に嫌気がさした者たちは民間企業へ転職したが、そうした人間は少数派であった。

「負ければ俺たちは戦犯だからな。気持ちは分からないでもないさ」

 そんな呑気なやり取りをしていられたのも、軍服を着た一団が管制室内に入ってくるまでの事だった。職業軍人だけあって、財部のような民間からの中途採用技術者とは明らかに毛色が違う。

「『たけみかづち』は全基使用可能か?」

 軍服の階級章が未だに覚えきれない財部だが、その将校の顔は覚えていた。

 玄葉穣大佐、種子島基地の実質的指揮官を務める男、の筈だ。

 なにか仰々しい名前の役職名があったはずだが、財部は覚えていない。

 三白眼に骨ばった四角い顔、軍人というには線が細すぎる体型と航宙軍の軍人らしくないタイプだった。

 どう考えてもプライベートではお付き合いしたくない類の男だ。

「『イプシロンS』、全基問題ありません」

 あえてかつての部内コードネームで財部は答える。

 少しばかりの意趣返しのつもりだった。

「『たけみかづち』だ、財部主任。通称とはいえ、一応は公式なものなのでな」

 玄葉は感情が動く気配のない声色で応じた

「了解です、大佐。以降気を付けます」

 財部はふてぶてしい態度で応じるが、玄葉大佐は意に介する様子もなく財部の横を通り過ぎ、前方に設けられた椅子に腰を下ろす。

「作戦開始に支障はない。よって、作戦開始時刻である14時30分、つまりあと15分後に我が種子島基地は予定通り『屋島作戦』を開始する」

 そこで言葉を切ると、玄葉は周囲をいわくありげな視線で見渡す。

「了解、各基最終セルフチェックプログラムを開始します。終了まで450秒」

 財部は自分の端末の前に腰を下ろし、キーボードを操作する。

 イプシロンロケットの血統を引き継ぐこの『イプシロンS』、軍での制式名称『たけみかづち』は、宇宙軍の主力固体燃料ロケットICBMであった。

 各機体にはAIが搭載されており、管制には本来一基につき一台のコンピューター端末で十分なほどに簡素化されている。冗長性確保や既存機材活用などの理由で端末は複数台で運用されてはいるが、自律化の影響は人員を大幅に削減する省力化につながっている。

 冷戦時代のように攻撃に備え、サイロでミサイルを防護する必要がないため、発射台などの仕様はイプシロン運用時のままだ。

「最終チェックプログラム終了。作戦に支障なし」

「管制より通信。ウェザーリポートに変更なし。作戦に支障なきものと認む」

「作戦開始時刻のカウントダウン開始」

 玄葉は黙したまま、モニターを見つめている。

 財部は自分の端末の液晶モニターの表示を切替え、全基の状態を一覧表示し、異常がないことを確認する。

 カウントダウンが次第にゼロへと近づいていく。

「駆動用電池起動」

固体モーターサイドジェット、イグニッション」

「作戦開始時刻だ。発射開始」

発射開始リフトオフ。予定通り、90秒間隔で発射」

 固体燃料ブースターから黒い煙があがったかと思うと、『たけみかづち』は次の瞬間には白色に近い高温の炎を吐き出して猛然と空へ駆け上がっていく。

 その後の発射は淡々と進み、なんのトラブルなく終わった。

 かつての打ち上げのように管制も拍手もあがることはない。

 この兵器で確実に人が死ぬのだから。 

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