第120話 帰結
「敵重巡洋艦右舷に短魚雷命中!」
砲雷長の報告とともに、レーダーがとらえていた敵重巡洋艦の反応が消えた。
『かすみ』が放った
一瞬で推進機構を奪われた重巡洋艦の右舷部分に、続けて『かすみ』の保有していた作動可能な最後の魚雷が命中した。
右舷中央部喫水線下で成形炸薬弾頭が爆発し、その爆発は一瞬で喫水線下の脆弱な装甲を粉砕する。そのエネルギーは装甲部分を貫通しただけでは飽き足らず、8インチ三連装砲塔と艦橋構造物を基底部から崩壊させた。
真っ二つにこそならなかったものの、推進力と戦闘能力の過半を一瞬で失ったことは誰の目にも明らかだった。
「これで我が艦隊の保有する魚雷もカンバンです。VLSが機能しない以上、主砲で戦うほかないかと」
「先ほどブルックリン級
「サウスダコタ級戦艦、武蔵に接近。このままでは衝突しかねません!」
レーダースクリーンを見ていた航海長が緊張した面持ちで報告する。
「バカな、いつの間に。戦艦同士の砲戦だぞ。誘導兵器ほどの命中率ではないとはいえ」 大塔はレーダースクリーンの映像を見ながら、呆気にとられる。
「仮にこちらが支援砲撃を行ったとしても、米戦艦との距離が近すぎて『武蔵』を誤射しかねん。戦闘配置のまま待機だ。ただ、念のため
大塔は液晶の一つに映し出される偵察用ドローンのカメラ映像を見ながら、腕を組みつつ渋い顔をした。
凄まじい振動と轟音とともに垂水の身体は空中に放りなげられたあと、硬い鉄製の床に叩きつけられた。
身体のどこかが折れているなとどこか冷静に思いながら、火花の散っている視界にまとわりつく血糊を軍服の袖で拭う。
この『武蔵』の中でも厚い装甲に護られた安全な場所であるはずの、司令塔内防御指揮所は、すべてがひっくり返されて酷い有様になっていた。
「被害状況知らせ!」
森下艦長の朗々とした声が響いたことに、垂水は心強く思う。
どんな酷い状況であろうとも艦長が無事であれば、やりようもあるというものだ。
「敵戦艦、本艦右舷後方に衝突!本艦へ向けて高角砲及び機銃で攻撃中!」
「次は接弦斬り込みでも始めるつもりか」
艦長は額が切れて血だらけとなった顔で凄惨に笑う。
「砲術長、念のため聞くが。現時点で主砲での反撃は可能か」
「距離が無さすぎます。こちらもなんらかの損害を被ることは避けられません。せめて距離をあけませんと」
「分かった。機関室、機関出力最大。敵戦艦を引きはがせ」
伝声管を通じた森下の命令に、機関室の返事は素早かった。
ほどなくして『武蔵』の機関があげる咆哮が高まっていく。
「各高角砲分隊及び対空機銃分隊に伝令。敵戦艦へ水平射撃を開始せよ。甲板上であればどこを狙ってもかまわんとな」
艦長の傍らに控えていた少年のような顔の伝令兵は、緊張した面持ちで命令を副唱すると、防御指揮所を足早に後にする。
「敵ながら、この状況下でも敢闘精神を発揮するさまは天晴と言うほかないな。副長、やはり夜戦指揮所へ上がってはいかんのかね」
森下は血糊だらけの顔に似合わない茶目っ気を見せる。
「敵戦艦が零距離にいる状況なのです。自重してください」
垂水は戸惑いながらも、にべもなく拒絶する。
そういいながらも、垂水とて外部の状況を直接目視で確認したかった。
しかし、今は不安と恐怖と戦いながらもこの異常な状況を乗り切るほかないと自分に言い聞かせる。
「砲術長より艦長。あと三分ほどで主砲射撃可能。なお、第一砲塔はやはり旋回機構故障につき射撃不能」
主砲司令塔射撃所にいる砲術長からの報告に、防御指揮所の面々から安堵とも緊張ともつかぬ声が漏れる。
「通信班より艦長。米戦艦と思われる周波数より入電。『ワレ降伏ス』、繰り返す『ワレ降伏ス』」
「高射砲分隊より報告。『敵戦艦からの射撃が停止。白旗を確認した』とのこと」
「艦長より達する。全砲門、射ち方止め。射ち方止め!」
艦長は伝声管に声の限り叫ぶ。
その声で、艦内に満ちていた戦闘の緊張が一瞬で解ける。
「さて副長、そろそろ夜戦指揮所へ上がっていいかね」
今度ばかりは垂水も、安堵とも諦めともつかぬ顔で頷くほかなかったのだった。
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