第119話 死闘の果てに
リー少将は駆逐艦隊の全滅の報を聞きながらも、眉一つ動かさなかった。
ただ、砲術長に次弾装填を命じただけだった。
すでにサウスダコタの損害は、まだ戦闘能力を保っているのが不思議なほどになっていた。
艦橋にしたところで砲弾の破片が風防硝子にいくつも突き刺さりっており、割れているところもある。
レーダーアンテナが破損したため、復旧したばかりのレーダーは再び使用不能になっていた。
「右舷後方に至近弾!命中弾はありませんが、今の衝撃で修復したばかりの右舷艦尾A区画に再度浸水発生!」
「第一砲塔付近の火災、鎮火しました!」
艦内通信に次々と舞い込んでくる報告も悲鳴のようなものばかり。
「浮いているのが不思議なくらいですな、司令」
艦長は傷と出血だらけの顔に、凄惨な笑みを浮かべる。
「まるでホームパーティーの厨房のようだな、おい。客の注文も我が儘過ぎて困る」
リーは彼にしては精一杯の冗談を飛ばす。
この八方塞がりの状況で指揮官の余裕たる笑顔を浮かべるリーに対して、艦橋の水兵たちはまさにカエサルを見るような思いだった。
この提督の下でならば、この状況をひっくり返すに足る何かをつかめるのではないか、そう思った。
「まだ機関には損傷はないのだな」
「ええ、まさにまさに奇跡的に」
いささか芝居がかった声で艦長が応じる。
誰かが耐え切れずに笑いを漏らす。
その笑いはたちまちに艦橋の水兵たちに伝染し、大爆笑の渦になる。
次の瞬間、艦橋を大きな衝撃が襲う。
ガラスの破片やはげ落ちた塗装が宙を舞う。
「主砲装薬庫に被弾!爆発により火災発生!。二番両用砲大破、使用不能!」
「応急班、火災消火急げ!海水使用も許可する!」
「敵戦艦との距離、5000を切りました!」
「進路このまま。衝突してもかまわん!」
リーは艦橋の中にも入ってきている火災の煙でしゃがれてしまった声で命令する。
次の瞬間、再び敵の砲弾が艦首部分へと命中する。
距離が詰まってきているため、お互いに外しようがないのだった。
艦首部分が粉砕され、破口部から浸水が発生しているのが艦橋からも見て取れる。
その間にも
16インチ砲弾が発射されたと同時に、敵巨大戦艦の放った砲弾が、サウスダコタへ命中する。
最初の一発目は浅い角度で艦橋構造物の根本付近へと命中すると、装甲を突き破って数メートル進んだところで爆発する。
次の砲弾は急角度で落下すると第三砲塔の天蓋部分を貫通したあと信管を作動させ、内部で次弾を装填するべく奮闘していた水兵たちを肉片へと分解した。
「
「左舷後方に浸水発生!」
「まだだ、まだ進む。このまま進め!」
衝撃ですべてのガラスが割れ、傾斜がきつくなってまともに立っていることすら難しくなった艦橋で、リーは吠えた。
既に制帽も眼鏡もどこかへ吹き飛ばされてしまい、飛んできた何かの破片で額が割れて視界が血糊でべたついている。
損傷で異常が生じているのか、わずかに聞こえる機関音が咳き込むような異音を生じている。
ただでさえ、艦そのものがいつ沈んでもおかしくないほどに傷ついているのに、缶が爆発しかねない速度を発揮させているのだから無理もない。
「ブルックリンより入電!『本艦から見て真方位0-1-9、距離3000に魚雷航走音を探知とのこと!例の追跡型魚雷と思われる』」
アドレナリンで沸騰していた頭から血の気が引いた。
『ブルックリン』のソナーが魚雷を探知できたのは、良くも悪くも敵の巨大戦艦から『後回し』にされているせいだろう。
「追跡型魚雷、か。艦長、その情報は確かなのだろうな」
「何とも言えません。ただ、通常型魚雷だった場合の推定発射位置に敵艦の姿はありません」
リーは一瞬考え込む顔つきになったが、すぐに結論を出した。
「『ブルックリン』に打電。追跡型魚雷の進路を塞ぎ、本艦への魚雷命中を阻止せよ、以上だ」
その非情な命令に、艦長は思わず絶句する。
「それは『ブルックリン』にこの『サウスダコタ』の盾となって沈めということですか」
「そういうことだ。あの
議論など許さないというリーの気迫に、思わず艦長はたじろいでしまう。
そして、同時にこの困難な状況で得難い指揮官の下にいるのだということも感じたのだった。
そして、その破断は唐突に訪れた。
表面上は何事もなく水面を航走していたと思えた『ブルックリン』は一瞬で喫水線下から突き上げるように真っ二つに折れて沈んでいった。
乗員が脱出するような暇があったようにはとても思えなかった。
その瞬間もサウスダコタは、巨大戦艦に向けて唯一射撃可能な第二砲塔で射撃を継続しながら接近していた。
どんな奇跡が働いたのか、両艦は致命傷を負うことなく既に応急作業をしている兵士の恐怖にひきつった顔の表情まで見て取れた。
『サウスダコタ』のB砲塔と、敵戦艦の三基の砲塔がほぼ同時に発砲する。
戦艦同士の砲戦では、ほぼ
足元から突き上げるような衝撃に、リーの身体は空中へ放り上げられる。
先ほどから砲弾が命中と、鎮火が不可能になりつつあった火災のせいで、破断限界に達しつつあった鐘楼はまるで砂上の楼閣であるかのように、崩壊を始めたのだった。
燃えている甲板が急速に近づいてくるのが見え、思わずリーは身体をこわばらせて衝撃に備える。
男たちの絶叫が空しく響く中、リーは何かに激しく叩きつけられ、意識は闇の底へ落ちていった。
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