第117話 『しらね』反撃

 『しらね』は一言で表せば、満身創痍といった言葉に相応しい状況だった。

 後部飛行甲板は爆弾が命中したことで穴だらけになっており、ヘリコプターを収容していた航空機格納庫も半壊している。

 艦橋付近にも敵戦闘機の銃撃による弾痕だらけで、航行に支障がないことが不思議なくらいだった。

 後方には戦闘可能な『かすみ』、『おぼろ』、『たけ』が続いている。

 どの艦も空母艦載機の襲撃で少なからぬ損傷を負っていたが、士気は旺盛だった。

 その理由はやはり目の前でキノコ雲を見せつけられた事にあるのだろう。

 「敵駆逐艦、主砲射程内に入りました」

 一応は復旧したものの未だに調子が悪いレーダーをなだめつつようやく運用していたレーダー担当士官が報告する。

「使える兵装は魚雷と主砲だけだったな」

「いまだにVLSは使えません。復旧に努めてはいますが、何分洋上では…」

 砲雷長の歯切れの悪い返答に、大塔艦長はつとめて明るい表情で応じた。

「なに、主砲と魚雷の使用が可能となっただけでも大したものだ。旧式兵器も捨てたものではないな」

「そう言っていただけると」

「艦隊各艦へ達する。『我に続け。敵の駆逐艦に魚雷を撃たせるな。旧海軍の連中に、俺たちの技量を見せつけてやれ』」

 大塔の命令を通信士が復唱し、軽快なブラインドタッチでキーボード入力すると各艦へ通信文として発信する。

「主砲発射準備完了、いつでも行けます」

 砲雷長の声に、艦の指揮を任されている副長が頷く。

「主砲、射ちィ方はじめ。目標、敵駆逐艦D1

 副長の命令を砲雷長が複唱し、主砲の射撃ボタンが押される。

 73式5インチ速射砲二門が、射撃指揮装置から受けとったデータで仰角を修正すると、主砲弾を発射する。

 射撃時間はわずか一分にも満たない。

 その発射速度は毎分三十発に達するからだ。

 これでも故障を抑えるためにあえて速度を落とした運用である。

 発射された5インチ砲弾は、約18000メートル先の米駆逐艦の船体を包み込むように着弾した。

 三十発を超える砲弾はブリキ缶とさえ呼ばれる薄い装甲のほとんどを貫通した。

 一瞬で穴だらけになった駆逐艦は、程なくして火災と大規模な浸水が発生して傾斜を始める。

 大塔が幻視したその光景は、非常灯の赤い光が鈍く光るだけでほの暗いCICからは見えるわけもない。

 ただ、レーダー画面の輝点の移動が止まったことから明確にダメージを与えたことが判明するのみだ。

 敵の姿を目視することなく戦闘が終わる、これが平成の戦争だ。

「D1、D2撃破。ただしD1は直前に魚雷を発射した模様」

「『武蔵』に警報を送れ。」

「了解、打電します」

 レーダー画面から判断するに、後続の米駆逐艦はこちらに応戦する構えを見せていないようだった。 

 先頭を行く二隻が一瞬で無力化されたにも関わらず、味方の窮地を救うために魚雷攻撃を試みようとしているのだ。

「それが牧羊犬たる駆逐艦乗りとはいえ、な…。ならば、こちらも牧羊犬としての

役割を果たそう。本艦はD3を魚雷で攻撃。D5とD6は後続に任せる」

「良いのですか?故障していない魚雷は数が…」

「D1のように魚雷を撃たせるわけにはいかん。確実に仕留める」

 副長に大塔は明確に答える。

「了解、97式魚雷発射用意。目標D3、D4。一番から四番まで、発射シュート!」

 砲雷長の声とともに、舷側部に搭載された68式短魚雷発射管から、四発の97式魚雷が発射される。

 海中に投下された97式魚雷四発はクローズドサイクル蒸気タービンを始動させると、ポンプジェット推進で移動し始める。

 搭載されているソナーで指定された米駆逐艦を探知すると、その機関が発する音を頼りに音響追尾ホーミングを始める。

 魚雷をソナーで探知したらしい米駆逐艦は慌てて回避行動をとろうとしていた。

 しかし、ソ連の原子力潜水艦を念頭に開発された97式魚雷は、米駆逐艦の必死の回避行動など見透かしたかのように追尾する。

「T1、T2、ともにD3に命中。T3、T4追尾中」

 レーダー画面に目をやると、D3と呼称されている米駆逐艦の輝点が消滅したのが確認できた。

 二発の97式魚雷が、米駆逐艦の喫水線下で成形炸薬弾頭を作動させた結果だった。

 潜水艦の復殻式船殻ですら貫通するように設計された魚雷の炸薬は、防御力に乏しい駆逐艦を一瞬で海面下へ葬り去ったのだった。

「D4撃破を確認。D5、D6レーダーコンタクト反応消失ロスト

「各艦に通達。これより、増派艦隊の支援に向かう」

 大塔は連続する戦闘によるストレスが原因であろう頭痛に辟易としていた。

 もちろん表情には出さない。

 指揮官たるもの、部下に余計な不安を与えない演技も芸のうちである。

 腕にはめている無骨なアナログ式腕時計の文字盤を見れば、まだ十一時にもなっていない。 

 だが、徹夜した翌朝のように身体に疲労感がまとわりついていた。

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