第106話 ワレ菅野一番
三十式軽戦闘機は練習機T-7を原型としているだけあって、操縦性は素直な機体であった。
ロールスロイス社製ターボプロップエンジン「250-B17J」を採用している。
正確にはライセンス生産していたエンジンの改良型だが、さすがにこの世界のロールスロイス社にライセンス費用は支払いようがないらしい。
単座化と炭素繊維等の複合素材の使用による軽量化、エンジン改修によって最高速度は優に時速650キロを超える。
武装は12.7ミリ機銃二門、三十式対空誘導弾を翼下の
軽戦闘機と名づけられてはいるが、1944年時点の大抵の戦闘機と互角に渡り合うことが可能である。
既存の練習機の改造型とはいえ、製造を依頼された真田航空機がこのような戦闘機を開発することになったのには理由がある。
国防空軍の装備するF-35やF-15は、米軍のレシプロ戦闘機に対して技術的優位に立ってはいたが、なにぶん数が足りなかった。
質的優位でカバーするにしても限界はある。
あくまで本土防衛軍であった自衛隊時代とは違い、広大な太平洋に加え大陸、東南アジアへ地域へ戦力を展開せねばならないからだ。
パイロットも機体も戦闘をせずとも戦地に張り付けているだけで消耗していくから、定期的に休養や修理で後方へ下げる必要がある。
戦争とは「なにもかもが面倒になっていく作業の連続」である――そういうことであった。
既存の零式艦上戦闘機や隼といった帝国陸海軍の戦闘機では、米軍の新型戦闘機に対して性能が劣り穴埋めには適さない。
そして、パイロットの養成も多くの時間とコストがかかる。
戦闘機とパイロットの不足を解消するには、(様々な問題は抱えているが)旧帝国陸海軍のパイロットを活用するのが近道だった。
機種転換の時間短縮にはジェット戦闘機ではなく、旧軍のパイロットが慣れているレシプロエンジン機に近い特性を持つターボプロップエンジンを採用することが求められた。
そんな事情で誕生したのが、急ごしらえの三十式軽戦闘機、正式通称『雷光』であった。
ちなみに、軽戦闘機との名称はジェット戦闘機と区別するための名称である。
これが初陣となる菅野少尉にとって、三十式軽戦闘機は申し分ない戦闘機だった。
―
これなら米軍機とも十二分に渡り合える。
自身の能力を十二分に引き出せる戦闘機に乗れるというのは、戦闘機乗りにとって僥倖だった。
「飛行隊長より各機へ。これより武蔵艦隊の直掩につく。味方の対空射撃に誤射されんように注意せよ」
明瞭な音声で伝えられる飛行隊長機の命令を聞きながら、菅野は妙な気持になる。
これまで訓練機に搭載されている無線機といえば雑音が酷く、とても積極的に使いたくなるような代物ではなかった。
なかには重量増加を嫌って勝手におろしてしまうパイロットもいたと聞いたことがある
空中での通信手段といえば
とはいえ、慣れてみると隣にいるかのように音声で会話できるというのは思っていた以上に悪くない。
手信号では伝えきれない内容を素早く伝達できるのは便利この上ない。
太陽嵐とやらで瑞鳳艦内の電子機器も多くが故障してはいたが、格納庫に収納されていた『雷光』の電子機器は大半が無事だった。
この通信の便利さが失われずに済んだのは僥倖と言える。
菅野は油断なく対空見張りをしながら、編隊の隊形を確認する。
飛行隊長機が先頭となり、三十式戦闘機の編隊は雁行隊形で武蔵艦隊上空へ僅かな時間で到達した。
ちなみに「瑞鳳」航空隊は四機で一個小隊を形成しており、六個小隊二十四機編成である。
菅野は少尉として第六小隊を率いており、僚機三機とともに編隊の最左翼を担当していた。
「あれが武蔵か。さすがに大きいな」
上空から見下ろす武蔵は、さすがに巨艦だった。
46センチ主砲を撃った直後らしく、甲板上に濛々とした煙がとどまっている。
「8時方向に敵戦闘機発見。米空母艦載機と思われる。その数、およそ40」
その通信とほぼ同時に、電子音が鳴り操縦席の一角を占める液晶画面がレーダーに輝点を表示する。
SN―9対空レーダーが、接近する米軍の戦闘機を捕捉したのだった。
菅野は風防越しに抜けるような南洋の空を猛禽類のような鋭い視線で食い入る様に見つめる。
おそらく視力の高い人間にしか視認出来ないような、ゴマ粒のような黒い点を捉える。
――この距離でも敵の戦闘機をとらえることができるのか…もはや目視に頼る戦闘の時代ではないな。
菅野は内心の衝撃を隠さずにはいられなかった。
事前に米軍の戦闘機にも夜戦型のF6F戦闘機には同じようにレーダーを搭載した戦闘機があるとは聞いていたが、自分の機体にもそれがあることの意味を自覚する。
戦闘は敵を先に見つけた側が有利。古今東西、いつの歴史でも永遠不滅の原則だ。
「敵の護衛戦闘機をまず排除する。数ではこちらが劣勢だ、誘導弾で遠距離から仕留めることに専念せよ。また、別方向からの増援も予想される。常に背後にも気を配れ」
飛行隊長の落ち着いた声が、初陣に逸る菅野の心を落ち着ける。
確か飛行隊長を務めるのは、台南空からラバウル基地へ進出していた部隊の笹井とかいう大尉だったか。
彼の副官的な立場の坂井少尉に、沖縄で散々しごかれたことを思い出す。
時震とかいう妙な現象で帝国海軍が文字通り消滅し、故郷も変わり果ててしまったことは将兵の誰もが複雑な思いを抱えていた。
菅野とて郷里のことを思い出さないでもなかったが、自分の居場所は既に軍にしかないと思い定めていた。
-あれこれ思い悩むのはこの戦争を生き残った後に考えればいい。
若さ故の思い切りの良さで、菅野の思いは定まっていた。
敵戦闘機との距離は相対速度が早いせいか、あっという間に縮まって来ていた。
「あれが米軍の新型
菅野機は率先垂範とばかりに斜め上へ上昇しつつ、一気に敵戦闘機との距離を詰める。
敵戦闘機編隊を見下ろす位置へ移動する小隊長機を見て、僚機が慌ててその後を追う。
「機銃なら届かない距離だが…」
この『雷光』に搭載されている三十式対空誘導弾ならば4キロ以上離れた場所から敵機を狙える。
少なくとも技術屋の触れ込みではそうなっていた。
三十式対空誘導弾は不要な機能を削除し、生産性向上とコストダウンを実現した短距離空対空ミサイルである。
ステルス機能を備えた第六世代戦闘機ではなく、1940年代レベルの航空機を想定した調整が施されているのも特徴だ。
「第六小隊、勝手に突出するな!編隊を保て」
「あー、どうも無線機の調子が悪いですなあ」
菅野は乱暴に無線機を切ると、照準器を距離が一番近い敵戦闘機に合わせる。
―固定機銃同士の戦いならともかく、誘導弾を使用しての戦闘なら先手必勝だ。もたもたしていると戦機を逃すのではないか。
火器管制レーダーが敵機を捕捉したことを示すブザーが鳴り響くとともに、躊躇なく菅野は誘導弾発射釦を押し込む。
翼下の固定位置から切り離された誘導弾は、猛烈な勢いで固体燃料ロケットを燃焼しつつ敵機の熱源反応を追いかけて移動を始める。
「さすがにレーダー警報装置とやらは搭載していないと見える」
もし、F6Fに警報装置が搭載されていたら、敵の
だが、流石に誘導弾の存在を前提とした装備は搭載されていなかったようだ。
あくまで機銃の射程を前提とした一撃離脱戦闘を考えていることが見て取れる。
「悪く思うなよ、こっちは初陣なんだ」
ミサイル
全方位捕捉能力を持つシーカーはジェット戦闘機に比べれば小さなエンジンの熱源で、正面からという不利な条件もものともしなかった。
誘導弾はエンジンカウルにぶち当たった瞬間、指向性弾頭を炸裂させた。
エンジン部分が一瞬にして吹き飛ばされ、燃料や機銃の弾薬などが誘爆して機体のすべてがバラバラに粉砕される。
パイロットは脱出をする余裕もなかったはずだ。
座席射出装置もないF6Fでは、仮に脱出しようとしても無理な相談だったが。
機銃が届かない距離、しかも攻撃の難しい相対戦でいきなり一番機を撃墜された敵戦闘機隊は明らかに動揺していた。
「まずは一機。このまま編隊をかき乱してやるぜ、コノヤロー!」
操縦席で吠えた菅野は首を巡らせつつ他の小隊機が追随していることを確かめる。
「初陣だろうが関係ない、出来るだけ撃墜数を稼いでやろうじゃないか」
菅野は魔王のような形相で不敵に笑った。
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