第105話 三式弾
武蔵の46センチ三連装主砲は意外なほどスムーズに砲口の角度をあげた。
主砲発射
桁違いの威力を誇る主砲のため、主砲発射時に甲板に兵士がいると発射の衝撃波で死傷しかねない。
実際、主砲発射時に甲板にいた兵士の死亡事故が過去に起きている。
ここ艦橋最上部の主砲射撃指揮所では、砲術長をはじめ主砲の射撃を指揮する人員が忙しく働いていた。
「主砲発射準備よろし」
「弾種、三式通常弾。仰角四十八、方位〇七四。交互射撃。」
日本光学製の15。5メートルの線基長をもつ世界最大の測距儀によって計測された基準方位、敵との距離、風速、気温、湿度、砲弾火薬装填量、地球の自転速度などのデータを複合し、アナログコンピュータである九八式方位盤照準装置で処理する。
その数値をもとに、接近する敵艦載機に対する仰角や発射方向などを算定する。
電探射撃も可能なように改修を受けているが、太陽嵐の影響で一部電装系統が故障しているため、旧来のアナログな方法で射撃に必要な算定値を割り出している。
「皮肉なものだな。太陽嵐とやらのせいで、伝声管やら旧式照準装置やらとアナログなものが頼りになるとはな」
砲術長は射撃準備をする兵士たちを見ながら苦笑いする。
「最新式の兵器は、電気がなければ動かない脆弱性を抱えていますからね。我々も日露戦争の頃と同じ六分儀を使う航法訓練を受けています」
国防海軍の大尉は武骨な顔に、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
彼は新たに搭載した電子機器の操作方法を教える技術士官として乗り組んでいたが、今のところ電子機器のほとんどが復旧作業中である。
作業自体の人手は十分足りているため、今のところ大尉自身は手持ち無沙汰である。
機器が復旧すれば、指揮に忙殺されることになるはずではあるが。
「普段は電子海図に
「便利なものがあるに越したことはない。特に米軍のような強者相手にはな」
砲術長は会話をそこで打ち切る。
いつの間にか射撃準備が整ったと報告が入っていた。
「第一砲塔、
その声とともに、射撃を任されている兵士は主砲の引き金を引く。
はっきりと分かる、空気を叩きつけられるような振動が装甲板を隔てているはずの砲術室にまで伝わってくる。
主砲の爆風と砲煙によって甲板上は覆い尽くされ、とてもではないが手動の高角砲や機関銃など操作しようもない有様になっているはずだ。
かつての史実でも数えるほどしか射撃されなかった46センチ主砲の第一から第三主砲までが交互射撃で、引き続き三式弾を発射する。
僅か数分にも満たない時間で数十発の三色弾が発射される。
三式弾とはいわば焼夷主砲弾と言うべき代物であった。
焼夷剤の入った子弾を散弾銃のようにばら撒き、航空機や非装甲目標、にダメージを与えるものである。
反面、戦艦や巡洋艦のような装甲の厚い目標にはさほどの効果は見込めない。
ちなみに戦艦の主砲射撃には一斉発射、いわゆる『斉発』と、『交互撃ち方』がある。
斉発では一気に九門の主砲発射の衝撃が艦に加わり命中精度が低下することから、交互撃ち方が多用される傾向にある。
「防空指揮所より艦長だ。敵雷撃機8機撃墜確実。だが、やはり主砲による対空射撃は現実的ではないな」
「…でありますか」
砲術長は伝声管からの艦長の声に、顔を曇らせる。
「ああ。一度攻撃態勢に入ると容易に方向転換出来ない雷撃機相手でこれではな。この後は米軍も学習する」
「工夫して突入してくる相手には、三式弾では厳しいということですか」
「そういうことだな。米軍の投入兵力から考えて、複数方向からの突入もあるだろう。よって、これ以降は対空機銃や高角砲による邀撃に切り替える」
「了解しました」
砲術長は複雑な顔で伝声管に返事を返すと、制帽のつばに手をかける。。
「艦砲射撃の出番はないか…もはや戦艦の時代ではないのだな」
砲術長は小さな声で、どこか寂し気にそう呟いた。
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