第102話 増援

「『くらま』に敵艦載機の体当たり攻撃が命中し、現在炎上中。現在応急作業中ですが、大量の浸水が発生中!」


 大塔はCICのモニターを見ながら、歯噛みする思いだった。

 迎撃艦隊は大きな被害を出していた。

 『くらま』が炎上大破しているほか、『あられ』が攻撃機による雷撃を受けて被雷している。


 ゆき足の止まった艦艇が敵の攻撃の的になるのは火を見るよりも明らかだった。

 『しらね』とて、既に多くの攻撃にさらされている。今のところ命中弾こそないものの、いつまで無事でいられるか分かったものではなかった。 


「6時方向より、敵雷撃機の魚雷接近中!」


「シースパロー、残弾ゼロ!」


 矢継ぎ早に飛び込んでくる報告に、緊迫感という言葉では足りないほどの緊張がみなぎっている。


「2分後、面舵いっぱい。敵の魚雷は無誘導だ。かわせる!」


 副長の指示通り、きっかり二分後に艦橋の操舵員が面舵を切ると艦ははっきりと傾斜が分かるほどに転舵する。

 液晶モニターに表示されている魚雷のアイコンは、『しらね』の艦尾後方をすり抜けていく。

-わかってはいたが、ここまで苦戦するとはな…。

 トラック地方隊所属の艦艇はそもそも、対潜水艦戦を主目的として編成されている。対空、対艦装備は『しらね』や『くらま』のように旧型だったり、『かすみ』型のように新しくはあるが廉価版だったりと、一線級の装備とは言い難いものがあった。

 そのため、戦闘に突入する前から損害を覚悟せざるを得なかった。とはいえ、実際に僚艦に被害が出ているという報告が飛び込んでくると、冷静さを保つには努力が必要だった。

「艦隊針路および速度、このまま保て。敵の空母に対しての攻撃を優先する。追随できない艦は置いていく」 大塔の命令に副長は戸惑いの表情を隠そうともせずに、意見具申する。

「『くらま』と『あられ』を見捨てるのですか」

「敵の母艦をこのままには出来ん。今は僚艦の救助よりも敵艦隊の発見と攻撃を優先する。脅威をこのままにすれば、トラックの市民に被害が出かねない」

「わかりました。各艦へ通達します」

 納得しかねる感情を職業倫理で封印し、副長は引き下がる。

「対水上レーダーに感あり。これは、大きい。タンカー級の反応です」

「敵の増援か。数は?」

 対空戦闘に忙殺されている時に、敵の増援が現れるなど考えたくもないことだった。

「いえ、通信が入っています。友軍です。我、連合艦隊旗艦『武蔵』以下四隻。貴艦隊を支援する。以上です」

「『武蔵』だと?たしかにレーダーの反応からして、そのクラスの大型艦でおかしくはないが。『大和』と『武蔵』はインド洋から帰ってきていたのか?」

 大塔は戦闘中とはいえ、狐につままれたような思いでモニター画面を見つめた

 大和型戦艦二番艦である『武蔵』は時震当時、他の連合艦隊主力艦艇と同じくトラック泊地に停泊中だった。 

 日本政府による帝国海軍吸収計画によって本土へ呼び戻され、『武蔵』とその乗組員は国防海軍へと再編成された。平成日本への反発が大きかった帝国陸軍と異なり、帝国海軍は比較的スムーズに平成日本政府の指揮下に入ることとなった。

 政府は最悪反乱の発生にも備えていただけに、日本人同士が相撃つ事態を避けられたことは僥倖だった。

 その背景には影に日向に平成と昭和の両日本人の融和に心を砕かれた皇室の存在が大きかったとも言われている。

 ともあれ、『武蔵』も国防海軍へ編入され、佐世保での近代化改修のあとインド洋作戦へ投入されることになったはずだ。インド洋作戦は太平洋に比べ、戦力的に劣る英国東洋艦隊が相手であったから、旧式艦艇でも問題あるまいという判断なのだろう。

 旧式艦艇とはいえ浮いてるフネは艀船でも使いたい国防海軍の事情が透けて見える。 

 ともあれ、インド洋にいたはずの『武蔵』が何故このトラックにいるのか。

「まあいい、友軍には違いない。支援に感謝すると伝えてくれ。そして、行動は任せると」

 大塔は新たに現れた『武蔵』を含む四隻の艦艇を無理に指揮下に入れるよりは遊軍として扱ったほうがいいと判断した。

 敵の航空機に追い回されている現状で、連携を訓練したこともない相手と艦隊行動を取るのは無謀だと判断したからだ。本土やトラックからの通信で何も言及が無かったのは気になるが。

 とはいえ、米航空隊の攻撃をいくらかでも吸引してくれればこちらの艦が一隻でも生き残れる確率が高くなる。一瞬そんな冷酷な考えも浮かんだが、流石に表情には出せなかった。

 心のどこかで前世紀の遺物そのものである『武蔵』を友軍として認識できないところがあるのだろうか。

 「敵攻撃機隊接近!雷撃を企図するものと思われます」

「対空射撃を続行だ。射撃位置につかせるな!」

- 前世紀の遺物のことなど考えている余裕はない。まずは、この戦闘を生き残りトラックを護ることだけを考えよう。

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