第100話 冷たい方程式が支配する
この時トラック泊地にいた国防海軍艦艇は元標的艦の『しらね』と『くらま』、1型戦時急造艦である『かすみ』型護衛艦の『かすみ』、『おぼろ』、『あられ』、2型戦時急造艦の『まつ』型護衛艦の『まつ』、『たけ』の7隻であった。
トラック地方隊司令部はこれらの艦艇をかき集め、臨時に迎撃艦隊を編成して来襲する米艦隊を撃退するべく準備を整えようとしていた。
従来型護衛艦の大半は本土近海の防備に振り向けられており、トラック泊地には泊地防衛というよりは対潜水艦戦や商船護衛の任務をこなす艦艇ばかりが振り向けられていた。
事前の作戦計画では偵察衛星や空中警戒管制機によって米軍の来襲を早期に探知し、必要な戦力を急行させれば十分とされていたからだ。
その計画の前提は太陽嵐と米軍の複数目標同時攻撃という戦術により根底から崩れることとなった。
ともかくようやくのことで、各地に散らばっていた艦艇が集合して艦隊陣形を組み終えた途端、迎撃艦隊は米軍の偵察機に発見されることとなった。
偵察機を探知したのは、『しらね』に搭載された比較的旧型の対空三次元レーダー、OPS12であった。 艦長を兼ねて臨時艦隊司令をつとめる大塔はすぐさま撃墜を命じたが、VLSの不具合ですぐに対空ミサイルが発射できずに位置情報の打電を許すこととなった。
その偵察機はかわって発射した『くらま』の対空ミサイルで撃墜したものの、米機動部隊にこちらの位置を把握されてしまったのは痛すぎた。
データリンクシステムが満足に動かないために敵艦載機の詳細な動きはわからないが、レーダーサイトからの無線連絡でおおまかな位置は把握している。
トラック泊地や市街地を攻撃させるわけにはいかないため退避することは許されず、このまま迎え撃つほかはない。
迎撃艦隊の司令官を任された大塔は、CICの艦長席で対空レーダーが捉えた艦載機群を示す輝点を睨みながら、思考を巡らせていた。
今のところ対水上レーダが母艦を捉えていないところを見ると、米海軍は相当遠い距離から艦載機を発艦させているらしい。レーダーサイトとのデータリンクが生きていれば母艦の位置まで把握できるだろうが、現状では難しかった。
本土は装備が無事だった早期警戒管制機を急派するということだったが、それもこの戦闘に間に合うかどうかは怪しいところだった。
迎撃艦隊はデータリンクシステムと、早期警戒管制機という重要な要素を奪われた状態のまま、戦闘へ突入しようとしていた。データリンクシステムは艦と艦、そして陸上司令部などと有機的に連携するのに不可欠であり、また早期警戒管制機はレーダーで戦場全体を見渡す目であり司令塔でもあるからだ。
「米母艦航空隊、シースパローの射程に入ります」
砲雷長の淡々とした声に、大塔は思考を目の前の現実に戻す。
こちらの優位は完全に消えたわけではない。こちらは敵より優れた武装が数多く装備しているのだから。
「データリンクの復旧まだか」
「残念ながら一部の艦以外は使用不能です。戦闘中の復旧は厳しいかと」
「仕方ない。各艦へ通達。作戦通り担当空域の航空機を順次攻撃せよ。難しいが、出来るだけミサイルの無駄遣いはするなと伝えてくれ」
「了解。対空戦闘はじめ!」
通信士官によって各艦へ戦闘命令が通達される。
同時に、艦隊の指揮を執る大塔に代わって『しらね』の指揮を執る副長の号令で、ついに『しらね』は戦闘を開始した。
ミサイル発射機としては旧型化した短SAM発射機からシースパローが発射される。
空中に射出されたミサイルは空中で翼を展張すると、猛烈な白煙を吐き出しながら空へと駆け上がっていく。
-さて、この数の艦載機を相手にどこまでやれるか…。
大塔は頭皮が蒸れて暑いのを感じ、制帽を取る。
この臨時編成の艦隊はお世辞にも防空能力が高いとは言えなかった。
『しらね』の主な対空武装は個艦防衛用対空ミサイルであるシースパローを発射する短SAM発射機3型という旧式装備しかない。
『かすみ』型護衛艦はより先進的な
つまるところ、自分の艦を個別に守ることはできても、艦隊の他の艦を守るシステムとしての運用は厳しいものがあるのだった。そもそも、米艦隊迎撃は想定されていた任務の範疇にないのだから当然と言えるが。
艦隊防空を担うイージス艦『あたご』型のようなフネがいればと思う。
何故『しらね』がシースパローという旧型しか装備していないかといえば、それは以前と比べれば比較にならないほどの国防予算が許されるようになったとはいえ予算には制約があるからだろう。艦の数を揃えることを優先で対空ミサイルは旧型の在庫処分で手を打った、詳しい事情が公表されている訳ではないが、おおかたそんなところだろう。
国防予算はフリーパスになったような印象を与える報道が横行してはいる。が、実態は違う。
財務省は増税にかける情熱と同じくらいの情熱を傾けて、国防予算に切り込んでくることが多かった。ただ、以前ならばけんもほろろに切り刻まれていた予算要求の通る確率が上がっているだけで、戦時予算といえど削れるものは削るという狂気めいた緊縮財政主義をおおいに発揮していた。
そうした財政上の詳しい事情まで大塔が知る由もないのだが、漏れ伝わってくる嘆きからおおよそのところを察してはいる。
液晶画面上に表示されたシースパローを示す赤い矢印は画面を早い速度で移動し、輝点と交わった瞬間に消滅した。こちらが撃ったミサイルが、直接目にすることはない敵の航空機を撃墜した瞬間だった。
「本艦の
大塔は画面上で他の艦がほぼ同時に放っているミサイル群が敵編隊へ到達し、その多くが命中弾となっていることを確認する。
しかし、敵の編隊は数を減らしてはいるものの、むしろ仇を討つとばかりに艦隊上空へ猛進してきていた。こちらもシースパローをはじめとする艦対空ミサイルの次弾を発射するが、決定的な打撃へは至っていない。
目標までミサイルを誘導する『イルミネーター』が旧式の悲しさで、一度にシースパローを二基までしか誘導できないという制約がある。そのため、次弾として発射されたのもまた二発のみであった。
数で勝る米軍航空隊に対して、まさに蟷螂の斧のようにも感じられる。確かに撃墜はしているものの、空中進撃を食い止めるまでには至らない。
「敵編隊、艦隊上空に到達しつつあり!急降下爆撃、来ます!」
「主砲、
気づけば甲板上からでも敵編隊を視認出来るであろう位置にまで、母艦航空隊の接近を許していた。
CIWSや主砲の発砲に伴う振動が、CICの中にいてすら感知できる。
米機動部隊と国防海軍艦隊の戦いは最高潮へと達しようとしていた。
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