第77話 愛新覚羅溥傑
小柴英二は伏射姿勢でM249機関銃の引き金を引く。
土嚢を積んだだけの簡易陣地に、銃身固定用の二脚で軽機関銃を固定しただけの応急陣地だ。ベルト給弾式の弾丸が音速を越える速度で放たれ、侵入者たちへ次々と命中する。
火砲というのは残酷なまでに、性能差が命の値段となる。
未来技術で製造されている軽機関銃は、分隊支援火器の名称に恥じない活躍をしていた。
この私邸に突入を試みている雑多な装備の敵兵たちは、その場から動けずに釘付けにしていた。
小柴の陣地から少し離れた私邸内に、大竹は潜んでいた。
「皇弟殿下。貴方は我々が護ります。どうか安心していただきたい」
大竹は撃ち尽くした17式小銃の弾倉を交換しながら、満洲語で話しかける。
発音はどこか怪しいところのある大竹の満洲語は、どうにか伝わったらしい。
くるみ割り人形を思わせるカクカクとした動作で、満洲国皇帝溥儀の弟、溥傑は頷いた。
「あの奇妙な敵は何者なのだ。何故私の命を狙う」
「さて、末端の兵士である我々にはわかりかねますがね」
わざとらしくとぼけて見せる大竹に、溥傑は文句を言う気力も無さそうだった。
豪奢な天蓋付きベッドのあるこの寝室の、ふかふかのベッドに這いつくばって震えているしかない自分の身上を憂えているのだろう。
「もうすぐ増援がやってきます。それまでなんとかこらえれば我々の勝ちですよ」
大竹はそう言ってあやしつけるように言ってみたが、溥傑が聞いているかは微妙なところだろうと思っていた。
溥傑は満洲国軍人であり、将校としての基礎教育は受けているはずだ。
しかし、満洲国皇帝の弟という立場もあり、帝国陸海軍で言うところの『宮様』として「お客様扱い」されてきたのだろう。
-まあ、この人に軍人としての役割を期待するのは間違いというものだな。むしろ、余計なことをしてくれないだけマシというものだ。
大竹は弾丸で穴だらけになっている窓硝子から外の様子を伺う。
小柴の軽機関銃による攻撃でうっかり頭を上げられなくなった敵は、一旦態勢を立て直すために一時的に射程外から逃れたらしい。
「さて、これで撤退してくれればいいんだがな」
大竹は息を長く吐き出し、ポーチから取り出した
続けて首から下げている水筒を開けると、喇叭飲みで水を飲む。
命のやり取りである戦闘をしていると、自分で自覚している以上に消耗するものだ。
大陸での戦闘の経験から、大竹はそれを知っていた。
新京の任務が終わってから、大竹と小柴の二人は、戦略偵察局の
溥傑は哈爾浜で満洲国軍の将軍として軍へ勤務しており、軍務がない時は哈爾浜市郊外の私邸で起居していたからである。。
溥傑の監視要員と接触していた時に二人は、東京から緊急の衛星通信で関東軍の反乱を知った。
猪口局長の判断は素早かった。
その時点で襲撃者の存在は未確認ではあったが、帝位継承権第二位である溥傑の身柄の確保は「敵」の目標の一つである可能性が高いと判断したからだ。
国防軍部隊はすでに新京へ作戦のために移動を開始していたが、その時点で溥傑を保護出来るのは大竹たちしかいなかった。
そして、あの襲撃者たちが予想通りやってきた。
大竹たちはあくまで諜報員であり正面戦闘は主任務ではないが、皇帝溥儀に次ぐ重要人物である溥傑を放ってはおけなかった。
幸いなことに、「敵」の兵士の質はさほど高くなかった。数だけは大竹たちの数倍はいたが、銃をまともに扱ったことのないらしい者まで混じっていたのには驚くというより呆れたものだ。
大竹たちが一息つけたのは、時間にして10分程度だろうか。
敵はいくらか知恵をつけたと見えて、M249の射程圏内に無理押しをかけることはしなかった。
低い姿勢を保ったまま、いくつかの方向から分散して浸透を図ろうとしているらしい。
大竹は窓からわずかに顔を出し、小銃の照準でこちらに接近してくる敵に向けて小銃の引き金を絞る。
運の悪い敵兵が斃れるが、敵はどこまでも愚直で諦めが悪かった。
後続の兵士は、塀などの遮蔽物を利用しながらあくまで私邸へ近づいてくる。
「面倒な手合いだな…」
思わずそんなつぶやきが漏れる。
形勢が悪いからといってあきらめるという選択肢は敵にはないらしかった。
そんな時、床に直に置いてある無線機が音を立てる。
大竹は窓の外から目を離さず、総受話器を取る。
「スカイレーダーより、ラクーンドッグへ。これより地上掃射を開始する。照準は外さないが、破片までは面倒を見きれない。可能な限り頭を下げろ」
「了解した。やってくれ!」
大竹の返事を聞いているのかいないのか、上から耳を聾するローター音が響いてくる。
窓越しの視界に入るような高度に降下してきたのは『おおたか』だった。
後部カーゴハッチがゆっくりと開き、中から機関砲が顔を出す。
乾いた花火のような音が響き、地上を舐めるように機関砲が掃射を開始する。
乾燥しているために猛烈な土埃が巻き上がり、庭の大半が見えなくなる。
「派手にやる。だが、助かった。これで、ひとまずは」
そう言って、胸を撫で下ろした大竹に、油断があったと責めるのは酷というものだろう。
誰もが目の前の派手な攻撃に目を取られて、いつの間にか忍び寄っていた刺客に気づけなかったのだ。
わずかな物音に気付いた時には、既に寝室への侵入を許していた。
小銃の銃口を慌てて窓から室内へ振り向けるが、男が最後の気力でリボルバー式の拳銃を発射した後だった。
「
痛みに歪んだ顔で吠えた男の拳銃から放たれたその銃弾は、溥傑の胴体に吸い込まれる。
「くたばれっ!」
大竹はほとんど照準をつける必要のない距離で、小銃のトリガーを引く。
連射された弾丸で男の身体は奇妙なダンスを強制され、わずかな間その場に立ち尽くしたあと蜂の巣になった身体を絨毯に横たえた。 。
「殿下、御無事ですか」
慌てて駆け寄りベッドの上に大の字に垂れている溥傑を助け起こす。
「貴様の渡してくれたボディアーマーとかいうものが、ゴホッ、役に立ったな。しかし、これはどこかの骨が折れているぞ。進んだ技術の産物なのだ、痛みくらいなんとかならないのか」
「命があっただけで感謝していただきたい。頭を狙われていたらあなたの命はありませんでしたよ。」
大竹は呆れた顔で応じる。
寝室へ増援の国防軍兵士が駆けこんできたのは、それから三分後の事だった。
平成日本が失敗した作戦のなかで得たわずかな、だが大きな勝利であった。
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