第75話 武装解除

「武装は取り上げさせていただきます。なにしろ、誰が敵で誰が味方か、分からない状況なのでね」

見慣れない軍服で日本語を話す、指揮官らしき男が小銃を構えながら、部下に保之の拳銃や銃剣などの武装を取り上げさせる。

「姫殿下、申しわけない」

 両手を拘束されながら、保之は面目ないといった顔で項垂れている。

「多勢に無勢よ、仕方ないわ。それに、彼らはさっき保之が戦った相手とは違う。そんな気がするの」

 満洲語で話しかけてきた姫殿下こと美生に、保之は疑念が拭えないという顔で応じる。

「どうですかね。どちらにせよ、不用意に正体を明らかにしないほうがいい。」

 二人が拘束されたのはワインセラーへの階段を降りようとしたところだった。

 遅れがちな美生を気遣って後ろを振り向いた一瞬の隙をついて、階段の下の方から狙い撃たれたのである。

 右肩を撃ち抜かれた保之は激痛で反撃することも出来ず、背後から伸びてきた手に捕まってあっという間に拘束されたのだ。

 問答無用に射殺されなかっただけマシだが、謎の武装集団に拘束されたことは大きな痛手だった。

「貴方たちは何者なのですか、見たところ日本人のようですが」

「我々は日本国国防軍。そして私は国防陸軍安西中尉です。もし宜しければ、あなた方のお名前を聞かせていただきたい」 

 安西と名乗った男は紳士的な態度で敬礼をして見せる。

 その態度に美生の顔つきから、それまでの怯えが一瞬で消えた。

 目線で制してくる保之に対して、美生は心配するなとでもいうようなぎこちない笑顔で応じる。

「私は満洲帝國皇弟、溥傑が第一皇女。愛新覚羅美生です」

 姿勢正しく背を伸ばして日本語で宣言する彼女に対して、慌てたのは安西中尉とその部下の兵士たちだった。

 慌ててその場で直立不動の姿勢になり、彼女に対して敬礼を捧げる。

「本物のプリンセスなのか?」

「だが、事前の情報にそんな人物は掲載されていなかったぞ」

「だが本物だとしたら、保護すべき重要人物だ」

 さしもの兵士たちも、敬礼しながらひそひそ声で噂しあう。

「馬鹿もん、コソコソするな!外交問題になるぞ!」

 それに対し、安西中尉の反応は素早かった。動揺する部下たちを一喝し、改めて美生に丁寧に敬礼する。

「申し訳ありません、殿下。我々が事前に把握していた情報に貴女の記載が無かったもので。それで、彼は貴女の護衛ですか?」

「ええ、彼は満洲国軍所属、唐澤保之大尉です。わが父、溥傑が護衛としてつけてくれた軍人です」

「名前から分かる通り、元々は日本人だ」

 保之は不承不承という顔でそう付け加えた。

「それで、国防陸軍というのは何だ。帝国陸軍ではないのか」

 保之の当然の疑問に、『国防陸軍』の兵士の誰もがげんなりとした顔になる。

「残念ながら、それを悠長に説明している暇はありません。我々は…」

 安西中尉の言葉を遮ったのは、ワインセラーへと通じる階段を切羽詰まった表情で駆け上ってきた彼の部下であった。

「失礼します、小隊長!階下で大尉の推察どおり、爆発物を発見しました!アナログ式時計を改造した時限装置で工業用ダイナマイトが爆発する、いわゆる時限爆弾です」

「クソッ、やはりか。まさか、こんな場所にまでとは思っていたが」

「爆発するまでの猶予はあと8分。爆発物処理をしている時間は無いと考えます」

「爆弾が地下のものだけという保証もない。液体窒素もない、か」

 現代における爆発物処理の基本は、液体窒素を用いて瞬時に爆発物を凍結させ起爆出来なくするというものだ。一昔前の刑事ドラマでよくある、工具を用いて時限装置の回路のリード線を切って爆発を止めるという演出はフィクションに過ぎない。

 爆発物を解体、あるいは無力化するために必要な装備がこの場にない以上、取りうる手段は一つしかなかった。

「分かった。小隊はこれより屋外へ脱出する!」

 安西中尉は素早く決断して指示を下す。

 中尉の命令に対して兵士たちの反応は素早く、指示を待つことなく唐澤大尉と美生の拘束を解いた

「殿下、唐澤大尉。動けますね。一刻も早く安全な場所へ移動します」

 その言葉に美生と保之は否応なく頷いた。

 脱出がはじまった。

 

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