第71話 逡巡

 短機関銃の発射音が軽快に廊下に響き渡る。

 廊下を巡回警備していた近衛兵たちは儀礼用の華美な制服を真っ赤に染めて、為す術もなく倒れた。

 進藤が慣れない短機関銃の反動を、右手で抑えながら連射していると、あっという間に銃弾を射耗する。たどたどしい手つきで弾倉を交換するが、反撃をしてくる余裕のある敵はいなかった。

 小柄な進藤にとって、このMP28とかいうドイツ軍の短機関銃は扱いにくいものだった。

 だが、『下手な鉄砲云々』という慣用句を言うまでもなく、一発撃つごとに装填作業が必要な小銃と短機関銃では勝負にならない。弾丸そのものの貫通力は小銃ライフルの方が上だろうが、数で圧倒できるうえに狭い場所でも取り回しの容易な短機関銃の方が屋内では有利だった。

 あくまでお飾りの玩具の軍隊とされ練度が低い満州国軍にとって、短機関銃は実に厄介な兵器であった。

 後ろ手に前原から弾倉を受取り、進藤は強張った顔で弾倉を装填する。

「その右側の部屋を掃除します。援護してください」

 黙って頷いた前原は、将校用背嚢から新しい短機関銃の弾倉を取り出して左手に持つ。右手には南部拳銃を構えていた。

 とはいえ、拳銃を握ったことなど数えるほどしかない。

 至近距離で長田を撃ったときはともかく、実戦で役に立つかはかなり怪しい。

 射撃の腕は通信将校である進藤と似たようなものだろう。

「施錠されていますね。拳銃で破壊してください」 

 進藤に促されるままに、前原は西洋風の浮き彫り彫刻が施されたそのドアに向けて拳銃を数発続けて撃つ。

 錠前が破壊されたそのドアを蹴り開け、中へ押し入る。

 その部屋の中は赤い絨毯が敷き詰められ、男性用で言えば黒の燕尾服、女性用なら肩が大きく開いた深紅のナイトドレスやら、さまざまに意匠の凝らされた色とりどりの満州の民族衣装である旗袍チーパオ-俗にチャイナドレスと呼ばれる-やらが、衣装掛けに駆けられて並んでいる。

 パーティーなどで用いられる衣装部屋といったところなのだろう。

 短機関銃の銃口を向けながら、進藤は部屋の奥へと進む。

 衣装部屋とはいえ、日本の建築様式で言うならば三十畳にはなろうかという広さがある。

 満州国という国家の威容を保つために必要な舞台装置なのだろう。

 進藤はいくつかの衣装掛けを蹴り倒しながら、奥の方へと進んでいく。

 そして、その乱暴狼藉に怯えたのか、小さな悲鳴が上がる。

 西洋の家政婦ハウスメイドの格好をした女官数人が、衣装の海の奥で凍り付いたように固まっていた。

 その姿に進藤の動きが止まる。

 彼の脳裏にはいつか故郷で見た、悲しげな表情でうつむいた姉の姿が彼女たちと重なった。

 引き金は、引けなかった。

「そのまま動くな」

 進藤のろくに練習していない怪しい満洲語に、女官たちは身を震わせながら発条仕掛けの人形のように何度も縦に首を振ってみせる。

「顔をよく見せてください。あなた達の中に皇帝が紛れ込んでいては困るのでね」

 進藤はそう言うなり、彼女たち一人一人の顔を引き寄せると、仔細に顔を検分する。

 変装した皇帝が紛れ込んでいないことを確認し終えた進藤は、考え込む目つきになる。 

 「殺さないのか。時間が惜しいのだろう」

 前原の言葉に、進藤は珍しく苛立った表情になる。

 銃口を上に向けると、前原の方へ向き直る。

「勘違いしては困ります。単純に銃弾が一発でも惜しいだけですよ」

「ならば、どうする。助けでも呼ばれては面倒だぞ」

「その助けとやらが来る頃には、我々は国境の向こうですよ」

 進藤の言葉に黙り込んだ前原は女官たちから顔を背けた。

「ただ、あなたの心配もわかります。私は廊下への出入り口を警戒しますから、あなたは彼女たちを拘束してください。騒がないように、私が『説得』しますので」

 前原はうなり声をあげて不満を示すが、進藤は意に介する様子も無かった。

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