第63話 進撃

 催涙ガスが撒き散らされている中を、兵士たちは進む。

 降りたところはターゲットの最上階。資料庫として使われていた部屋だった。

 徐々に薄れてきてはいるが、視界の大半はまだ催涙ガスの白煙に包まれている。

 篠塚少佐は冷静に周囲の音に耳を澄ませるが、彼女の聴覚がとらえた中に警戒すべき要素はなかった。彼女の「眼鏡」も流石にこのガスの白煙を見通す力はないが、訓練で研ぎ澄まされた聴覚は状況を把握している。

―この部屋に敵はいない。この先の扉を開けて廊下に出る。

 ハンドサインで素早く支持する篠塚少佐に、前衛を任されている兵士二人は無言で頷くと、音もなく前進して扉の前へ陣取る。

 一人が扉の施錠を解除し(「内側」に降りたため簡単に解除できた)、僅かに隙間を開けてポーチから取り出した自在に折り曲げられる細い棒状の物体をその隙間に差し込む。その機器の先端に取り付けられているのは高感度CCDカメラであり、つまるところ内視鏡と大差ない。

 「棒カメラ」が捉えた映像は自動的に少佐の「眼鏡」へと転送される。

「出て左側に兵士が二人、その奥にバリケードが設置されている。右側には敵影なし。催涙弾で無力化の後、制圧しろ」

 篠塚少佐の指示に、無言で頷くと兵士は突入準備を始める。最初に突入する役割の兵士が白い円筒形の催涙手榴弾を構え、後続の兵士達は小銃を構えて突入に備える。

 扉がゆっくりと開けられると同時に催涙手榴弾が投擲され、もう一人が廊下に向けて小銃の引き金を引く。ろくに照準を合わせる暇がなかったにも関わらず正確に二人の足首をプラスチック弾頭の小銃弾で打ち抜いていた。

 炸薬の無いプラスチック弾頭とはいえ、ハンマーで音速に近い速度で射出された弾丸は軽く足の骨を粉々に粉砕する程度の威力はある。

 悶絶する二人の兵士に対し、扉を開けた兵士はほとんど音も無く接近する。そして、腰のポーチから引き抜いたプラスチック製のフレックスカフと呼ばれる特殊手錠で素早く兵士の腕を拘束する。

 その間にも後続の兵士たちはそれぞれの任務を果たしていた。

 後方警戒チームが小銃を構えて警戒にあたり、制圧チームが各部屋の扉を片っ端から開けて音も無く制圧していく。

 怒鳴り声をあげつつ、派手な音を立ててドアを蹴り破るアメリカの特殊部隊とは対称的に、日本の特殊部隊は無言で音をほとんど立てずに任務を遂行する。特殊部隊にも微妙な文化の違いがあるのだ。

「ディアブロ2より、1へ。前方にバリケードを確認。排除しますか」

 ヘッドセットに入った通信に対し、篠塚少佐の判断には躊躇がなかった。

「今回の作戦は速度が命だ。グレネードの使用を許可する。各員、安全距離を取れ」

 先頭の兵士が18式空挺小銃の銃口に素早く06式小銃てき弾ライフルグレネードを専用アタッチメントで固定する。近距離の固定目標のため、ほとんど照準は必要ない。

 引き金を引くとてき弾が発射され、信管が作動した瞬間成形炸薬弾が爆発して木製の机や椅子で作られたバリケードをプラモデルのように粉砕する。

 爆煙が立ち上るなか、小銃弾の飛来する音が響く。

 グレネードの音に気付いて駆け付けた関東軍兵士がいたのだろう。

 照準をろくにせずに発砲しているらしく、見当違いの方向の窓ガラスが割れる音がする。

 割れたガラス窓から外気が入り込んできたことにより、急速に煙が薄れていく。

 恐怖と驚愕に目を見開く少年のような年齢の兵士の顔がはっきりと視認出来た。

 敵の兵士の数は5人。

 応戦する態勢から見て、敵の襲撃が来るは思っていなかったらしいことが分かる。

「制圧しろ」

 篠塚少佐は自らも小銃を構えつつ、先行する兵士へ短く命令を下す。

 18式空挺小銃の射撃音と、三八式歩兵銃の射撃音が交錯する。

 廊下に乾いた銃声が響き、リノリウムの床に空の薬莢が落ちる音が甲高く響く。

 近距離遭遇戦は、短時間で決着した。

 練度と機先を制した篠塚少佐率いる部隊が、敵の兵士を一瞬で制圧していた。

 プラスチック弾頭の小銃弾は非殺傷兵器と分類されてはいるが、正確には低殺傷兵器である。当たり所が悪ければ運が良くて後遺症、運が悪ければ絶命する。

 幸いというべきか、五人の関東軍兵士に死亡したものはいなかった。空挺団の兵士は、後処理として敵兵たちを素早くフレックスカフで拘束し、念のため歩兵銃を割れた窓から外へ投げ捨てる。「損害を報告しろ」

 短くそう言った篠塚少佐は、その作業を見守ることなく廊下の前方を警戒したまま小銃を構えている。

「ディアブロ6、ボディアーマーに一発食らいました。出血はありませんが、肋骨をいかれたようです」

 そういって手を挙げて自己申告した兵士は、恥ずかしさで顔をしかめていた。

「貴様はすぐに下がってCPの指示を待て」

「ディアブロ6、了解。降下ポイントまで後退します。ご迷惑をおかけします」

「馬鹿か、貴様は。戦場に損害はつきものだ。貴様一人にいくら血税がかけられていると思っている。借りは次の戦場で返せ」

 篠塚少佐は不快そうに鼻を鳴らすと、整った顔だからこそ恐ろしい鬼の形相を浮かべる。

「了解。下がります」

 ディアブロ6のコールサインの兵士は恐縮しきった顔で、降下してきたポイントへ戻っていく。「先を急ぐぞ。時間がない、一秒でも早く敵のHQを押さえる。他の地点に降下した部隊に先を越される間抜けをさらしてくれるなよ」

 手ごろな距離にあった不運な兵士の尻を蹴り飛ばしながら、篠塚少佐の顔は楽しそうにわらっていた。敵軍を血祭りにあげた後の魔王のような表情だった。この表情は旦那には見せられないな、とは彼女の部下たちの誰もが思っていたのである。。   

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