第61話 愉快な少佐とたのしいなかまたち

                 12月31日14時30分(現地時間)


ヘリボーン作戦というのは基本的に、敵の戦力の配備が手薄な場所、つまり後方などの地点に向けて行われることが多い。今回の新京市市街地に対して行われる降下作戦も、基本的にはその範疇に入る。


 通常のヘリボーンは対空陣地を徹底的に潰したあとに行われる。


 しかし、今回は関東軍兵士を多数殺傷することに対する事後の政治的影響を重視して空爆は行われないことになっていた。そもそも潰すべき対空陣地そのものが数少ないということでもあったが。


 とはいえ、他国の空挺部隊に、仮にこの作戦の評価を聞いてみたとしたら皆一様に「クレイジー」と評するに違いない。しかし、それを「ノースウェット」と嘯いてこなして見せる集団が、国防陸軍には存在した。


 千葉県習志野市にその本拠地を置く第一空挺団、畏怖の念をこめて呼ばれるもう一つの名前は「第1狂ッテル団」。


 同じ陸軍の兵士たちにすら恐れられる彼らの発足は、かつての帝国陸軍に遡る。


 石油資源確保を目的としたパレンバン空挺作戦を成功させ、「空の神兵」と讃えられた帝国陸軍挺身団である。


 空挺降下作戦の専門家集団である彼らは、落下傘降下エアボーン部隊の特性上、高い練度と規律正しさをもって知られている。

 

 その第一空挺団から選抜された1個空中機動大隊が「ノックダウン作戦」に投入されていた。


 彼らの指揮をとるのは、第一空挺団始まって以来初めての女性将校となる篠塚静香少佐であった。


 女性に長らく門戸を開いていなかった第一空挺団にあって、「男の中の男」、「キンタマを3つ持つ女」等のろくでもないあだ名を奉られている彼女は、空挺徽章とレンジャー徽章を女性で初めて取得した女傑である。


 女性初という言葉につられて取材に来たマスコミを放送禁止用語連発で追い払ったとか、女性となめてかかった男性兵士を格闘訓練で何人も悶絶させたとか、とかく伝説には事欠かない人物であった。


野郎どもヘイ、ガイズ、キンタマは二つ揃ってるか?」


 『おおたか』の貨物室内で壁に固定されている椅子に座り、降下の時を待っているのは、篠塚少佐率いる直属部隊の隊員である。


 篠塚も女性にしては高い、身長170センチを超える体格の持ち主だが、彼らは最強の空挺に相応しい体格の持ち主ばかりだ。 


「問題なし。いつでもどこにでも突っ込めそうです」


「そうかい。だが、あたしは旦那がいるから諦めな」


 くだらないジョークに爆笑する兵士たちを見て、篠塚は満足げだった。

 戦闘を前にして笑いの出る部隊は強い。


「作戦内容は各自把握しているな。同じ日本人同士とはいえ敵は敵だ。抵抗されたら迷わず撃て。ただし、残念ながら特殊プラスチック弾を使用しろとのことだ。実包の使用は私の許可が出るまでは禁ずる」


「了解です」


「弾倉をくれぐれも間違えるなよ。うちの隊に間抜けはいないと信じている」


 その時、格納庫のスピーカーから音声が響く。


「こちらコンコルド1。間もなく降下ポイント上空に到着する。なお、事前潜入部隊との連絡が着いた。降下開始直後から音波兵器による援護を開始するそうだ」


「ディアブロ1、了解」


 ヘッドセットのマイクに向けて短く答えると、篠塚少佐は格納庫内を見渡す。尖閣紛争で実戦を経験している者もいれば、今回が初めての実戦の者もいる。


 ガムを噛んで緊張を紛らわしている奴がいるかと思えば、鼻歌を歌う余裕のある奴までいる。


 降下前のこの緊張感に包まれた雰囲気を篠塚少佐は好んでいた。


「私は萩原参謀総長である。空挺団諸君、降下前の忙しいところをすまないがそのまま聞け。本作戦は不埒な反乱軍へ日本政府が正義を示すとともに、友好国である満州国の国家主権を取り戻す重要な戦闘である。第一空挺団が世界最強の空挺部隊であることを証明しろ。諸君の奮励を期待する。以上、訓令を終わる」


 衛星回線を通して伝えられた訓令に、篠塚少佐は肉食獣を思わせる獰猛な笑みを顔に張り付ける。


「聞いたな。最強は空挺団にこそ相応しい。アメ公でも旧軍人でもなく、我々だ。そうだな、野郎どもガイズ。最強を今ここに示せ!」


「「「「「了!」」」」」


 野太い声が一斉に同意を示す。ちなみに「了解」を縮めて「了」と略すのは自衛隊時代からよく使われている。


「ロードマスターより、ディアブロ1。降下ポイント到達まで90秒。ハッチ解放」


 モーター音が響き、『おおたか』の後部ハッチが開放され、新京市上空の冷たい空気が舞い込んでくる。肌を切り裂くような渇いた風が頬を叩く。


「当機はホバリング状態へ移行。エクストラクションロープ投下開始!」


「一番機ィ!用意!用意!用意!」


 篠塚少佐はカラビナ金具の固定を改めて確認しつつ、腹から耳を聾するかと思うほどの大音声でがなりたてる。


「用意!用意!用意!用意!」


 それに対して、空挺団の兵士たちは負けじと大声を張り上げる。


 最初に降下する栄誉を与えられた兵士がホイストから垂れ下がっているラぺリング降下用のロープにカラビナを装着する。


「降下!降下!降下!」


「降下!降下!降下!」


 兵士たちはエクストラクションロープと呼ばれる特殊なロープを自分の手足のように使いこなしながら、目標の建築物の瓦屋根へと降下していく。


 兵士は目標の屋根に忍者のごとくロープを降りると、屋根の上を平たんな道を歩くかのように移動する。


 兵士と篠塚少佐が屋根の上に降下し終えるまで、五分とかからなかった。

 少佐は無言でハンドシグナルを送る。


―全周警戒。突入準備急げ。


 そのハンドシグナルに呼応して、兵士たちは武装しつつ周囲を警戒する態勢に入る。


 少佐自身も折りたたまれていた18式空挺小銃の銃床を展開し、マガジンポーチから取り出した弾倉を装着する。こればかりは昔ながらのアタレ表記の安全装置を解除し、単発モードへ変更する。


 そして胸部のポーチに収納されていた「19式眼鏡型AR戦術情報端末」(あまりに長すぎる名称のため、単に「眼鏡」と呼ばれることが多い)を装着する。外見上はフレームの太めな普通の眼鏡にしか見えないが、敵味方の位置や弾薬の残弾数まで視野に透過表示できる優れものである。


 フレーム部分は頑丈ではあるが小ぶりなつくりで、防毒マスクなどの装備との併用も可能になっている。

 

 問題はまだ配備が始まったばかりで高価なことだ。予算上の制約から、特殊作戦群をはじめとした一部のエリート部隊にしかいきわたっていない。

 

 これら装備を整える動作はもはや無意識でも行えるレベルにまで訓練された動作のため、ほとんど無駄がない。


――進入路を啓開せよ。


 それぞれの兵士の武装が整うのを確認して、篠塚少佐は再びハンドシグナルを送る。 


 兵士達は無言で頷くと、事前に計画した地点にC4プラスチック爆弾のブロックを円形状に設置していく。わずかな時間で爆薬と信管の設置を終えた彼らは、距離をとった後にリモコンでプラスチック爆弾を爆破する。


 爆発音はさほど大きなものではなかったが、爆発の効果は明らかだった。

 瓦屋根が吹き飛び、人一人が楽に通り抜けられる大きさの円形の穴が開いている。


 篠塚少佐は無言で手のひらで顔を覆う仕草をする。そのシグナルを受け取った兵士たちは、背嚢から防毒マスクを取り出して着用する。


 全員のマスク着用が終わったのを見てから、兵士の一人が胸のポーチから白色の金属製円筒を取り出し、ピンを抜くと階下へと放り投げる。


 床面に円筒が当たった音と同時に、空気が噴き出す音ともに白色のガスが階下にまき散らされていく。篠塚少佐は無言で階下を指さして頷く。


 クーデター鎮圧を目的とする「ノックダウン作戦」は、こうして始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る