第30話 ふ号兵器
1942年10月30日16時25分(現地時間) カリフォルニア州マウントシャスタ
カリフォルニア州シャスタの山麓にある田舎町、マウントシャスタ。
その町に住むニコラス少年は、自分たちの「秘密基地」となっている町外れの猟師小屋近くの木に引っかかっている奇妙な物体を見つけた。
よく見ると空気が抜けてしまった気球に見えたが、こんな奇妙な気球を見たのは初めてだった。
気球部分の材質は見た目ごわごわしていて紙製にしか見えなかったし、ゴンドラがくくりつけられているはずの部分には、周りをキラキラ輝く素材でぐるぐる巻きにしたコンテナのようなものがついている。
――日本軍の秘密兵器かもしれない。
ニコラス少年は自分自身が第一発見者として、ラジオのインタビュアーに話を聞かれている光景を夢想する。
大急ぎで猟師小屋に戻ると、革製の鞄から小さな折り畳み式の果物ナイフを取り出してズボンのベルトに差し込む。そして、木の下へ駆け寄っていく。
彼の頭の中には、敵国の兵器が危険であるという認識はさほど無かった。
来年ようやくハイスクールの生徒となる年齢の彼にとって、第二次世界大戦とは大人たちの酒飲み話の一つでしかなかった。
まあ、少なくとも自分が徴兵される頃にはこの戦争も終わっているだろう。そんな暢気な認識がすべてであり、自分が戦場へ駆り出されることなど思いもよらない。
器用に木を登って気球が引っかかっているところまで登りきると、ナイフで気球のロープを切り裂く。猟師の息子である彼にとってナイフは生まれた時から身近にあるものであり、自分の腕の延長だった。
ロープを次から次へと切り裂いていくと、気球にロープでつりさげられていた「コンテナ」が地上に落下して、思ったより派手な音を立てた。
一瞬、爆弾でも入っていたらと思い至り肝を冷やした少年だが、幸いなことに爆発音や火薬の匂いがしてくることはなかった。
そのかわりにコンテナの口が開いたのか、何十枚もの紙があたりに散らばる。
木から降りたニコラス少年は、その平易な英語で書かれた文章の書かれた紙を一枚拾い上げた。
「なんだ、これ。『日本は平和を欲する。今すぐ停戦交渉に応じてください。日本は無条件で戦闘を停止する用意がある』…日本の宣伝ビラか。宣伝ビラのわりには、変な文章だな」
ふつう、こういう宣伝ビラは相手の戦意をそぐ目的でつかわれるものだという程度の知識くらいニコラス少年も承知していた。簡単に言うなら「お前たちの敗北はすぐそこだ。無駄な抵抗はやめろ」といった具合の文章が相場だろう。
わざわざ日本から太平洋を超えてきた気球にくくりつけられた文章にしては、
コンテナを観察してみると、コンテナは二つの部分に分かれていることが分かった。一方のコンテナは蓋が開かれていることから、さっきの宣伝ビラが入っていたのだろうということが分かった。
もう一方のコンテナの中身は落下の衝撃にも耐えて露出していない。
キラキラと光を反射する素材でぐるぐる巻きにされているためだろう。ほぼ正方形のコンテナは、一辺が2フィート以上はありそうな大きなものだった。
ニコラス少年はそのコンテナにナイフを突き立てると慎重にこじ開けはじめる。樹脂製の頑丈なコンテナと格闘すること一時間あまり。
ようやく「中身」と対面することになる。
厳重に梱包材で保護されて中に入っていたのは、見たことのない機械だった。
厚さが1インチにも満たない薄い板状の長方形の物体は、一方の面がガラスか何かでできているらしい。ガラス面の反対側の方には電源を供給するためのケーブルがあり、樹脂で被膜された針金のようなものでまとめられていた。
もうひとつの部品は、丸い皿状の物体と、その支柱になるらしい金属の棒が透明な袋に詰められている。
日頃からハイニ伯父さんがたまに差し入れてくれるパルプマガジンの
そして最後に少年の目を引いたのはニコラス少年でも片手で持てるサイズの数台のラジオだった。ラジオと言えば、少年の常識では子供が動かそうと思っても動かせないようなものというのが常識であり、とてもそれがラジオとは思えなかった。
しかし、その四角く銀色に光る長方形の樹脂製の筐体の隅には「ポータブルラジオ」としっかりアルファベットで記載されている。
よく見ると、それらの電子機器のほかに数ページの小冊子が封入されている透明な袋もあった。その表記されている英文のタイトルからして、その不思議な電子機器の操作マニュアルのようだった。
中身をめくってみるとコミック風のイラストとニコラス少年でも分かるような平易な英語でわかりやすく使い方が解説されている。
「まずはラジオの方をいじってみよう。本当にこんな小さなハコがラジオなのか?」
ニコラス少年は携帯型ラジオ受信機を手に取ると、イラストで図解されている通りに折りたたみ式のハンドルを取り出して数分間まわしてみる。なんでもそのラジオのハコの天面には太陽光を取り入れるパネルがついており、日向においておくだけでも充電が出来るのだという。
しかしその充電方式だと充電に時間がかかりそうなので、ニコラス少年は胸を高鳴らながらハンドルを回した。この不思議なラジオが敵国の製品であることなど、まったく気にならなかった。付属のケーブルを使えば家庭用電源のコンセントからも電気が供給出来るらしい。
数分間ハンドルを回してみて、電源スイッチをオンにする。
「こちらは日本国営ラジオ放送『やまとごころ』です。アメリカの皆さん、こんにちは。我々はアメリカ市民の皆さんに、このラジオ放送で平和への希望を訴えます。日本は平和のためにあらゆる条件を交渉のテーブルに載せる用意があり…」
軽快なクラシック音楽とともに、明瞭に聞き取れる癖のないアメリカ英語を話すアナウンサーが呼びかけてくる。 敵国のプロパガンダの内容はどうでも良かったが、ニコラス少年の心を痛く刺激したのはノイズが少なくはっきりと聞き取れる音と異国の音楽、そしてそのラジオがこんなにも小さく持ち運べるサイズであるということだった。
-もう一つの電子機器についても、こっそり持ち帰って調べて見る必要があるな。ラジオはまだ数があるようだから、仲間達にくれてやるか。大人たちには見つからないように隠す必要があるけど。
さっきは第一発見者として有名人になれるかもなどと考えたがよくよく考えて見れば飛んできた気球がこの一つだけとは限らないと、少年は思い直した。もし、敵国が飛ばしてきた気球に載っていたモノを勝手に持ちだしたことがバレたら、気難しい親父にベルトで尻を叩かれるばかりではなく、刑務所行きなんてこともありえるかも、な。
-だけど、こんな面白そうなモノをみすみす気難しい親父や警察に引き渡すのは面白くないな。もし渡すとしても飽きるまで遊んでから、がいい。
ニコラス少年は一抹の不安を感じながらも、目の前のワクワクする玩具に魅了されて少年らしい楽観的な気持ちで、まあなんとかなるさと結論づけるのだった。
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