第3章 硫黄島決戦編

第27話 過去

「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。」

 ――自衛隊員服務宣誓


「どうしても辞める気はかわらんか、桐生一佐」


 舞鶴を母港とする第三護衛隊群司令部で幕僚を務める海将補の問に、桐生正尚は申し訳無さそうな顔で、ただ頭をたれた。

 海将補が背もたれによりかかると、会議室の備品である安物の事務用椅子が、ギシギシと悲鳴をあげる。

 既に22時を回っているため、護衛隊群司令部の中に詰めている職員はほとんど残っておらず、まだ内々の話である段階のこの話を聞かれる心配はほとんどない。


「異例の出世で護衛艦の艦長になってからまだ一年も経っていない。今が貴様の将来にとって一番重要な時期だろう。一番上の息子さんはこれから大学生だというじゃないか。次男と長女も高校生だ」


「いえ、これはかねてから決めていたことですので」


「そうか、だが俺の見立てでは貴様は最低でも海将補、いや上手く行けば幕僚長まで狙える人材だと思っている。その貴様が辞表をだしたから、はいそうですかと辞めてもらうわけにもいかん」


 納得のいかない顔で机の上に置かれた辞表を手に取ると、矯めつ眇めつしながら考える顔になる。


「私も、翻意する気はありません」


「そうか。だが、これからどうする。脅すのかと勘違いしてもらっては困るが、定年で辞めるのと違って、途中での依願退職で民間に行くのは厳しいぞ」


「十分わかっています。妻にも散々反対されましたが、最後には呆れ顔でしたが納得してもらいました。」


「そうか。それでアテはあるのか?」


「細々としたものですが、物書きとして食っていこうかと思っています。既に出版社から引き合いが来ていましてね」


「なるほど。そういえば、君は文筆の才があったな…わかった。だが、もう少しだけ考えてみてくれ。それまで、この辞表は預かっておく」


 海将補は辞表を制服のポケットに丁寧にしまうと、会議室を出て行く。

 その後姿に深々と頭を下げる桐生の表情は、どこか晴れやかなものだった。



 桐生が自衛官を退く決意をしたのは、1999年に起きた能登半島不審船事件がきっかけだった。


 事件は同年3月21日に能登半島沖で不審な電波が発せられたことに始まる。


かねてより政府機関、具体的には自衛隊情報本部、警察庁警備局外事技術調査官室ヤマと米軍情報機関は電波情報解析シギントによって、北朝鮮の諜報員スパイが使用する「A-3」と呼称される無線局に「一定の兆候」が出ていることを察知した。


 そんな中で発振された不審な電波発生源と呼応するかのように変化を見せた「A-3」に対し、日本政府は「北朝鮮の工作船による工作活動」と判断し、小山内馨首相は自衛隊艦艇の派遣を決断した。この時代の政府としては珍しく、まだ国民保護法も施行されていない時代にしては果断とも言える行動であった。


 その指令に基づき、海上自衛隊舞鶴基地から護衛艦「はるな」、「みょうこう」、「あぶくま」の三隻が出撃した。


ちなみに三隻が出港した時点での法的根拠は防衛庁設置法に基づく「調査・研究」としており、法的な制約に苦心した現場の苦労が偲ばれる。


 同時に八戸航空基地から海自のP3-C対潜哨戒機が能登半島に急行していた。


 23日、佐渡ヶ島沖領海内に「第一大西丸」、能登半島東方沖に「第二大和丸」と記された偽装漁船を発見した。

 

漁船にしてはアンテナが多く、漁具を装備していない等の不審な特徴と、地元漁協からの情報で、自衛隊は当船舶を工作スパイ船であると判断、追跡をはじめた。


 海上保安庁も巡視船15隻を派遣し、威嚇射撃を行ったが工作船は35ノットの高速で逃走を開始し、巡視船のレーダー探知距離外への離脱に成功していた。


 この時点で政府は一時追跡打ち切りに傾きつつあったが、日本側が追跡を断念したと判断したのか、「第一大西丸」は日付が変わる直前に機関を停止した。


 その報告を受けた日野勝蔵防衛庁長官は戦後史上初となる海上警備行動を発令する。


 発令を受けたP3-Cは150キロ対潜爆弾を「警告爆撃」として投下する行動に出た。これは同時に水飛沫による「水の壁」をつくることで、水の力で不審船を強制的に停船させる作戦であった。


 しかし、この作戦は経験のない初めての作戦であったことと、現場の指揮系統の混乱によって結果的には失敗に終わる。工作船二隻は高速で逃走して水の壁をかいくぐってみせた。


 この時、護衛艦「みょうこう」では内火艇で不審船に接近して立ち入り検査を行うことになっていた。艦長命令によって航海長を指揮官とする臨検部隊が臨時編成され、備え付けの64式小銃と9ミリ自動拳銃が装備として渡されたが、ボディアーマー防弾チョッキなどは無かった。


 当時の海上自衛隊にはゲリラコマンド対策の装備や訓練を受けた人員はいなかったためである。「防弾装備」として分厚い漫画雑誌を腹に巻いていた隊員もいたというが、短機関銃やロケットランチャーRPG相手では、気休めにもならなかっただろう。


 もし、ゲリラとしての訓練を受けた北朝鮮工作員に相対した場合、自衛隊側に戦死者が出た可能性はけして低くなかっただろうと、桐生は今も思っている。しかし、臨検部隊の士気は極めて高く、いつでも突入できる態勢を整えていた。

 

 しかし、実際に臨検部隊が工作船への立ち入り検査を行うことはなかった。


 高速で遁走を続けていた工作船「第二大和丸」、及び「第一大西丸」が日本の防空識別圏を超えたためである。



「何故ですか、ここまで追跡しておいて何故追跡を断念するのですか!」

 護衛艦「みょうこう」の砲雷長の職にある桐生正尚三佐は、普段冷静沈着で知られる彼にしては珍しく激高していた。


 砲雷長とは護衛艦の武装全般を指揮する立場であり、今回の事件では実際に「第二大和丸」への警告射撃としての艦砲射撃を行っている。

 

 敵の命を屠る武装を扱う立場であるだけに、重い責任を課せられる立場である。


「KB1、KB2ともに我が国の防空識別圏を超えた。これ以上の追跡は不可能だ。これは政府による命令だ。そのうえ、北朝鮮のMIG戦闘機が出撃したとの情報もある」


 艦長は重々しい口調でそれだけを告げると、薄暗いCICの液晶モニターに表示された2つの輝点、そしてその移動する先にある朝鮮半島の地図を睨んでいた。


「そもそも、海上警備行動の発令が遅すぎる…」


 桐生は憤懣遣る方無い形相で、固く握りしめた拳を震わせた。

 

 この時の桐生が知る由もなかったが、海上警備行動を行わないように政府官邸対策室に陰に陽に圧力をかけていたのは、新北朝鮮派として知られ小渕内閣の実力者でもあった野村重則内閣官房長官であった。


 もっとも、北野だけではなく日本の中枢に北朝鮮の勢力が深く浸透しているのは、インテリジェンス関係者には広く知られた事実ではあったが。


「桐生三佐、そこまでにしておけ。艦長とて辛くない訳ではない」


 実直そのものといった風貌の航海長が、やんわりと桐生を制止する。

 先任である航海長に対し、桐生は一つ深呼吸をしてから反論する。


「伊藤三佐、あの動画を見たでしょう。あのフネには我が国の拉致された国民が載っている可能性が高い。いや、乗っている!国民を護れないのに、何が自衛隊ですか。我々は服務の宣誓をしたのではないのですか、国民の負託に応えると!」


 桐生が言ったあの動画とは、画像電送システムによって転送されてきたP3-Cの搭載カメラがとらえた映像だった。威嚇のために対空ミサイルで狙われる危険を顧みず低空で接近したP3-Cが上空からとらえたカメラ映像には「あきらかに『人間大のサイズ』の頭陀袋に入れられたなにか」を捉えていた。


 そして、当時の日本でも、いきなり頭陀袋を頭からすっぽりとかぶせて視界と行動の自由を奪ってから拉致を実行する北朝鮮諜報員のやり口は知られていた。


「だとしても、だ。貴様は官邸の意向を無視して、艦長に独断専行をせよと迫っているに等しいのだぞ、それはわかっているか」


「それは…申し訳ありません。冷静さを欠いておりました。いかなる処分もお受けします」


「私は何も聞いていない。そうだな、航海長、砲雷長。」


「はっ」


 黙り込んでいる桐生とは対照的に、航海長は背筋を伸ばして敬礼を返す。


「ここから先は独り言だ。砲雷長。今は無理でも、いずれ日本国民は立ち上がる。憲法を改正して、必ず拉致された国民を取り戻す時が来る。その時まで耐えてくれ。貴様は優秀だ、だからここでの出来事を忘れるな。胸に刻み込んで、出世しろ。いつかその先頭に立つために、な」


 聞き取ることができるギリギリの小さな声で、艦長は桐生の目を見ながらそう言った。


 この艦長の言葉を、桐生は海上自衛隊を退官して政治家に転身した今も、一字一句忘れたことはない。



 自衛隊を退官してから、あっという間に一年の月日が流れていた。

 

 雑誌への寄稿や小説の執筆、時折ラジオやテレビなどへの「軍事評論家」としての出演でなんとか食いつないでいたところに、当時野党だった保守自由党から政権奪回を狙う衆議院選挙への出馬要請が届いた。おそらくは党の一部に、自衛隊OBとして、現役自衛隊員やOBからの票が見込めると踏んだものがいたのだろう。


 政治家になることなど考えたこともない桐生は、その要請を二度にわたって固辞した。


しかし、無残な形で第一次政権が崩壊した翌日に、伊福部元総理から直接電話で出馬要請が来たのだ。不本意な形で政権を投げ出した人物とは思えない力強い口調で、「拉致被害者を取り戻すために桐生さんが必要だ」と口説かれては、真剣に検討せざるを得なかった。


 伊福部はインテリジェンス界隈にも顔がきく。

 

 内閣情報調査室や市ヶ谷の情報本部から「みょうこう」での一件を聞き出していても不思議ではなかった。

 

 人たらしとして知られる伊福部総理らしい、と言えばらしいアプローチだった。


 その場で桐生は、「しばらく考えさせてください」と言うのが精一杯だった。


 そのうえで、今日桐生は家族にも黙って自宅のある舞鶴を早朝車で出た。

 

 能登半島の先にある宇出津海岸に来ていた。宇出津は天然の良港として古くから知られる港町である。

 

 能登半島を訪れるのは、あの1999年の事件以来だった。

 

 ここを訪れたのは、自分の人生を変えた事件を思い出し、何かのきっかけになればとすがるような気持ちであった


 海岸沿いの国道を歩いていると、海岸に佇む一人の老人を見つけた。


 その老人の孤独な背中に吸い寄せられるように、砂浜へと降りるコンクリート製の階段を降りる。


「誰かを待っているのですか」


 何故、その時自分がその問いを発したのか。

 後年になっても桐生にはその理由が分からない。


「息子を待っているのです。もう30年以上も待っておりますが、いつ息子が帰ってくるかもしれんと思うと、この砂浜から離れられんのです」


 老人は皺だらけの顔に、寂しさとも諦めともつかぬ胸に迫ってくる笑顔を浮かべながら答えを返した。


「そうですか…」


 桐生はなんとかそれだけを応え、視線を陰鬱な表情の暗い空と混ざり合っているか

のような海へと向ける。


「あんたは何で、ここへ来たのかね」


「私は、あの時、何も救えなかった自分を笑いに来たのです。そして、今私にはなにが出来るのか、問いに来たのです」


「そうかい。だが、あんたは既に答えを得ているんじゃあないのかね」


 その言葉にはっとして向き直り、傍らに佇んでいるはずの老人に再び視線を向けると、そこには誰もいなかった。


 ただ、日本海の鋭く切りつけるような風だけが舞っていた。

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