第22話 夜戦-ワンサイド・ゲーム-

 メッシュ状のジャケットに草木や小枝などを貼り付けた偽装用迷彩服ギリースーツで全身を偽装した兵士が、密林の闇の中に溶け込んでいる姿を見つけるのは平成時代のプロの兵士ですら難しい。


 ましてや、組織として密林における戦闘経験の蓄積がまださほどないこの時代の米海兵隊にとって、狙撃小隊を見つけられなかったことを攻めるのは酷というものだった。


 偽装用ネットの隙間からM-110狙撃銃を突き出すと、柴山智香一曹は19式夜間照準装置のレティクルを操作して戦車の前へ出ている兵士に合わせる


「距離1610。風速2.7。湿度58パーセント。」


 相棒の観測手の井上武美二曹がささやくような声で狙撃に必要なデータを読み上げる。


「狙撃を警戒しているようには見えないわね。」


 智香は照準装置越しに行軍するアメリカ海兵隊の兵士を観察する。

 一応、密林の方向にも気を配ってはいるようだが、どちらかというと注意は前方の砂浜に多く割かれているように見えた。


「暗視装置がアメリカ軍で普及するのは戦後ですからね。さすがに月明かりだけで狙撃をしてくるとは思っていないのでしょう」


ちなみに世界で最初に実用化された暗視装置は1945年にドイツ軍が戦車搭載用として開発した「ZG1299『Vampir吸血鬼』」である。もっとも有効距離はわずか100メートル足らずであり、この時代にとって暗視装置は魔法のようなものだった。


「戦車の視界の悪さをカバーする前衛警戒の歩兵部隊ってとこか。やるわよ」


「一応交戦規則を確認します。無人偵察機が射撃を受けたことで、一応正当防衛は成立。『反撃』は許可される、ですよね」


「そういうことになるはず。まあ、マスコミさんたちには内緒の作戦だからできるグレーな運用だけど。『平和憲法キュージョーバンザイマンセーってやつね。さて、始めるわ」


 小声でのおしゃべりを切り上げると、照準装置の中に大写しになる先頭の兵士に合わせる。


 狙撃の基本は面積の大きく多少着弾位置がずれても一撃で致命傷を与えられる胴体部分を狙うのが定石である。しかし、智香が狙うのは下半身であった。それも、大動脈が通っている大腿部は避けて脚部を狙う。


 呼吸を整え、息を吐きだし、トリガーを引き絞る。

 訓練とまったく同じ動作。


 違うのは射撃判定装置が作動するわけでも、訓練弾が発射されるわけでもなく、7.62ミリNATO弾が発射されるところだった。


 ライフリングによって安定した弾道で7.62ミリ弾は空中を音速で進み、先頭を歩いていた若く不幸なアメリカの若者の右下腿部へ命中する。


 悲鳴をあげながら崩れ落ちた青年は神へ助けを求める言葉をわめきながら、砂まみれになっていた。


 M1小銃を構えた後続の兵士二人が、青年を担いで後方へ下がろうとする。

 それを無視し、ほかの兵士へM-110を指向する。


 武美三曹からのありがたいサポートを受けて、再度発砲。


 今度は少し年かさに見える兵士の右肩に弾丸が命中。M1小銃を取り落としながらも、痛みを懸命にこらえながら戦車の方へ下がろうとする。今撃った目標は階級章からして分隊指揮官だろうか。


 下半身を狙ったにも関わらず、肩に命中したのは浜風の影響か。

 

 うーん、少し修正しなくては。

 

 再び発砲。


 今度は無事に背の高い兵士の膝の皿を破壊した。

――名誉の負傷で後方へ下がれる運のよい兵士だ、君は。


 一連の狙撃で、戦車の前方警戒にあたっていたライフル分隊は、負傷した兵士の収容に追われて戦闘を諦めたようだ。


――さすがはアメリカ、人命尊重の軍隊だ。強いなあ。

 

 想像だが、昭和の陸軍や海軍陸戦隊なら負傷した兵士を捨て置いて突貫してくるかもしれない。


 治療すれば再び小銃を握れる兵士を諦めて戦力を減らすなんて、なんともったいないことか。


「後方の戦車がこちらへ向かっています。たぶん私たちを潰すつもりでしょうね。」

武美二曹はスコープをのぞきながら、淡々と告げる。


――さすがはわが相棒、頼りになる。胸の大きさと柔らかさは国宝級だし。大丈夫、私はノーマルです。


「次の地点に移動します。戦車の相手は専門家に任せましょう」


 その言葉を聞く前に、準備のいい相棒はすでに移動の準備を始めていた。



「予定通り、先頭の歩兵部隊が排除された。敵戦車はこちらの狙撃小隊を排除するべく動いている。弾種、弱装榴弾。目標、敵先頭車両。」


 薄暗い16式機動戦闘車の車長席で、碇優也三尉は淡々と命じた。


 元来淡白な性格で、何を考えているか分からないと評されることの多い彼だが、実のところは緊張と興奮に包まれている。

 

 射撃手が暗視装置で処理された車外映像をもとに主砲を指向する。

 かすかなモーター音とともに主砲塔が旋回し、ついで仰角を調整したのちにすぐに止まった。


 ほどなくして装填手の了解という低い声と、この作戦のために用意された、あえて威力を減少させた対戦車榴弾が52口径105ミリ砲に装填される音が響いてきた。


 その動作は訓練通りの無駄のない動きであり、碇はほかの人間には滅多に読み取られない程度のかすかな笑顔を浮かべた。


 初めての実戦で、いつも通りのものは貴重だ。


 この16式機動戦闘車は一見戦車に見えるが、無限軌道ではなく八つのタイヤが装備されている。そのため、装輪装甲車と呼ばれる区分に属する戦闘車両AFVである


 タイヤで移動するため戦車よりは障害物走破能力は低いが、反面幹線道路や路外でも比較的平坦な地形での移動速度は高いために、緊急展開能力に優れている。


 今回の作戦で十六式機動戦闘車が火力支援部隊投入されたのも、夜間に陸軍部隊を素早く収容して撤収する作戦の必要性を考慮してのことだった。

 

 今、機動戦闘車の角ばったフォルムが特徴の車体にはバラクーダネットがかけられ、ヤシの葉などの偽装素材によって徹底的に偽装されている。


 昼間ならともかく、夜間では暗視装置や赤外線探査 などの手段が無ければ見つけることは困難であろう。

 

 十六式機動戦闘車2両で臨時編成された機動戦闘車小隊は、輸送艦「おおすみ」から発進したホバークラフト輸送艇LCACによってこのタイポ岬へと送り込まれ、救出部隊の火力支援を命じられていた。

 

 計画立案時にはもっと多くの機動戦闘車を送り込む意見もあったが、あくまで夜陰に乗じての隠密行動を前提とする作戦であることを理由に、2両にまで減らされていた。

 

 基本的には圧倒的な物量を前提とした正攻法の軍隊であるアメリカ軍相手ということを前提としていた作戦計画であるため、そうなった。陸自の指揮官、櫻井一佐もそう判断していた。

 

 しかし、現実は違った。夜間に戦車を動かすことが常識の範囲外であるこの時代に、月明かりがあるとはいえ戦車を行動させる「勇猛果敢無理・無茶・無謀」な指揮官がいた。


―まあ、問題はない。こちらは戦車ではないとはいえ、最新鋭戦闘車両だ。やれるさ。


「履帯を狙え。作戦計画通り、米軍の兵士は可能な限り殺傷を避ける。やれるな」


「ノースエット」

 射撃手は平たんな声でそう返した。


――空自の連中のようなことを言う。意味は汗をかくまでもない、とかいう意味だったか。


「射撃開始!」


 105ミリライフル砲が鳴動し、車体が振動する。


 とはいえ、発砲音に車体の振動は比例しない。

 

 日本の自動車製造技術を応用した制動技術が、発砲の反動を驚くほどわずかに抑えている。


 平成時代の他国の装輪戦闘車と較べてもその制動技術は飛び抜けており、命中精度の向上に寄与している。


「初弾命中。目標、移動能力を喪失」


 射撃手が初弾を敵の履帯に命中させたことを報告してくる。

 

 レーザー測距儀やコンピュータの助けを借りているとはいえ、最初の弾丸を命中させることがいかに困難であることを知っている碇は、射撃手によくやったと声をかける。


「タートル2、初弾命中。履帯の破損を確認。」


 数十メートル離れて密林に潜んでいる2号車から報告が入る。

 あいつめ、興奮で声をうわずらせてやがる。


「タートル1、了解。こちらも初弾命中。予定通り移動しながら射撃を続行する。続行しろ」


 こともなげにそう言うと、碇三尉は移動を命じる。


 すでに発砲炎を見られている以上、この場にとどまり続けるのは危険である。


 機動戦闘車ならば走行間射撃でも、敵を撃破することが可能だ。


 結局、全ての敵戦車の移動能力を奪うまでに、10分もかからなかった。

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