第20話 邂逅

 『おおたか』からタイポ岬へ降りたった御坂二尉は、早速部下に「全周警戒」を意味するハンドサインを送った。


 そのサインに応じて隊員たちは17式小銃を構えながら円を描くように散開し、警戒態勢を取る。ちょうど、御坂二尉を囲むような形だった。


彼らは陸自の機動師団化された陸自第八師団の即応機動連隊である第42普通科連隊から選抜された中隊規模の普通科歩兵部隊である。


 命令一つですぐに派遣できるよう、航空輸送に最適化するべくパッケージ化された部隊である『即応機動連隊』だ。


 特に第42普通科連隊は精鋭と目される人材が多く異動してきている。


 レンジャー徽章持ちなど珍しくもない部隊の中でさらに選抜が行われた結果であるから、精鋭集団といっていい。


 この作戦における呼称は、単純に陸自第一部隊JG1Tとされていた。


 砂浜からさほど離れていない位置には、月明りも届かない鬱蒼とした密林が文明を拒絶するかのようにそびえ立っている。

 

 暗視装置のおかげで視界は夕闇の街中程度には明るく 、各隊員の配置や砂浜に駐機している『おおたか』の大きな機体もはっきりと見て取れる。


 南洋特有の粘り着くような湿気に満ちた大気に、むせかえるようなジャングル特有の雑多な匂い、潮風が運んでくる海の匂いが混ざり合っている。


 大竹はふとここが戦場であることを忘れそうになったが、間違いなくここも戦場の一部であった。


「こちら、ゴブリン・リーダー。予定通り収容予定地点ランデブー・ポイントへ到着した。引き続き『カッコウ』での捜索を続けられたし。こちらも暗視装置による監視を続行する」


 御坂二尉は通信機で『かが』の艦隊司令部FICで指揮を取る櫻井一佐へ報告を送った。


 なお、今御坂二尉が見ている18式暗視装置による映像は、背中に装着されているデータリンク通信装置によって自動的にデータ圧縮され、『かが』艦内へ送られている。


「ゲーム・マスター了解。暗視装置による映像はこちらへ間違いなく届いているわ。思ったよりも綺麗な映像ねぇ、これ。そのまま映画に使えそうなレベルだわ」


「…今のところ一木支隊の接近は確認出来ません。引き続き警戒しつつ待機します。」


 御坂二尉は表情を変えることなく、いつでも射撃可能な姿勢で待機する。


 その一方で、散開して警戒する隊員とは対照的に、何事かの作業を行っている隊員達もいた。


 大竹にとってはその一つ一つの行動にどのような意図があるのかが分からなかったが、小声で御坂二尉に低い姿勢で居るように言われ、小柴曹長とともに砂浜で匍匐姿勢を取る。


 じりじりと時間が過ぎていく。


 警戒にあたる隊員たちは息を押し殺しており、時折何かの作業に当たっている隊員たちの物音がわずかに聞こえるくらいで、あとは波の音と風の音くらいだった。


事前に作戦前ブリーフィングで聞いていた通り、今夜は月齢12.9、月の満ち欠けの通称で言えば小望月にあたる。早い話がほとんど満月に近い明るい夜だった。身を隠す場所のない砂浜で時を待つにはあまり望ましくない夜だった。


「こちらゲームマスター。『カッコウ』が接近する集団を発見。徒歩移動で、車両や重装備は保有していない模様。映像から判断して、日本陸軍一木支隊と思われる。慎重に接触されたし」


「ゴブリン・リーダー了解。これより接触を開始する」


 そう言うと、御坂二尉は背中の固定位置ハードポイントにカラビナで括りつけられているポーチから片手で持てるサイズとしては大型のLED懐中電灯を取り出す。


 場合によっては格闘戦用武器にも使えそうなその金属製LEDライトは、満月に近い夜であっても残る闇を切り裂いて虚空へ向かう。


 予め決められたパターンの発光信号を送るために、ライトが明滅する。

 

 御坂二尉はわずか一分に満たない間の発光信号を終えると、ライトをポーチに戻して、再び17式小銃を立射姿勢で構える。その動作には一部の隙も無かった。


-連中、たいした練度だ。とても実戦が初めてとは思えない。


 小柴曹長は匍匐姿勢のまま貸与された暗視装置ごしに見る、部隊の一連の動きに目を奪われていた。


 第一部隊の隊員たちはほとんど物音を立てることなく、いつでも射撃出来る姿勢を保ったまま、身動ぎ一つしない。


それがどんな困難であることか、大陸での戦闘を通じて曹長は学んでいた。


新兵ならば、些細な物音で恐慌状態になってもおかしくない。


命の危険にさらされるストレスはそれほどのものであるからだ。


 じりじりとまた、時が過ぎていく。

 

金属製の装具が擦れあう僅かな音とともに、月明かりに照らされながらジャングルの中から幽鬼の群れが現れた。


 否、それは敗残兵たちの群れだった。


 汚らしく薄汚れた包帯で顔の半分以上を覆っているもの、四肢の一部を失ったために流木らしきものを杖代わりにしているもの。


一様に顔には生気がなく、月明りに照らされた彼らは冥界から迷い出た死者のような顔ばかりだった。


 大竹少佐は匍匐姿勢から立ち上がると、足音をほとんど立てずに彼らの元へと歩み寄っていった。


「一木支隊とお見受けする。参謀本部第三課の大竹少佐です。夜戦を想定しているため、このように顔を塗っている」


「自分は最先任下士官の日浦軍曹であります。将校で指揮を取れるものがいないため、自分が部隊の指揮をとっております」


 日浦軍曹と名乗った下士官は大竹少佐の敬礼に答礼を返しながら、少佐の背後で銃を構えている陸自第一部隊の面々に無言で視線を送る。


「彼らは新兵器の実戦試験に当たっている特務の者たちだ。軍機であるから、説明については容赦を願おう」


「了解であります、少佐殿。失礼ではありますが、撤退命令とは本当でしょうか」


「そうだ。米軍が一万三千名規模の大兵力をこのガ島に送り込んでいることが判明

し、消耗戦を避けるため、戦線整理のためガ島からの撤退が決定した。これがその命令書だ」


 大竹は胸元のポケットから四つ折りに畳まれた命令書を取り出し、掲げてみせた。


「一万三千…まさか、それだけの規模とは。それでは命令書を確認させていただきます。」


 日浦軍曹は命令書に目を通し、陸軍参謀総長名義の正式な命令書であることを確認する。

 

なお、この命令書は戦略偵察局が戦後の資料と大竹少佐の助言によって制作した、平成日本製の真っ赤な偽物である。


 軍曹という階級から、正式な命令書に普段接することのない日浦軍曹は、特に疑いをもつこともなくその命令書の内容を信じた。


「了解しました。それで、どのように撤退するのでしょうか。見たところ、付近に輸送船の姿は見当たりませんが」


 日浦軍曹は砂浜の先にある、月明かりの下でも真っ黒な海を見ながら言った。


「わが陸軍の新型兵器を使う。そこに鎮座しているあれが、その輸送手段だよ」


 大竹少佐はどことなく、悪童めいたかおで砂浜に鎮座している『おおたか』を指さした。


 小柴曹長は半ば呆れたような表情で、自分の上官を見ている。

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