第5話 国家安全保障会議

  平成32年7月22日 13時50分 首相官邸


「私の息子を返してください!息子が何をしたというんですか!…私の息子はこの国に、そして憲法九条に殺されたんですよ!」


 報道陣のフラッシュがたかれる中、高そうなオーダースーツに身を包んだ父親が、感情で声を詰まらせながら、涙ながらに訴えている。

 先日の爆撃によって我が子を失った遺族による記者会見だった。

 列席しているほかの遺族も、涙をこらえるような表情を浮かべている。


「この国は狂ってる。どうしてもっと早く、犠牲者が出る前に撃墜できなかったのですか!」


 声を張り上げる遺族に対し、遠慮がちに新聞社の記者が質問を始めたところで、官房長官の室井孝蔵は渋い顔をしながら、テレビのスイッチを切った。

 

 それと同時に会議室へ入ってきたのは桐生正尚副総理であった。

 かつて海上自衛隊の幹部として鍛え上げ堂々たる体格は、会議室の中でも異彩を放っていた。眼光の鋭さは、総理番の記者たちですら時に震え上がると噂されている。

 それでいて、いつもは強面を見せることなく物腰はむしろ柔らかであることのほうが多い。


「それでは始めよう。知っているとは思うが、伊福部総理の乗っていた政府専用機との連絡がつかない。内閣法第九条により、伊福部総理が職務に復帰するまでは私が内閣総理大臣代理を務める。また、私が兼務していた防衛大臣は峯山房彦副大臣を昇格させる」


「内閣法第九条、総理大臣が職務不能な場合、副総理がこれを代行する。二年前に改正された内容ですね。」


 羽生田正外務大臣が神経質さを象徴するかのようなメタルフレームの眼鏡を、眼鏡ふきで拭きながら答える。


「防衛大臣となりました峯山です。若輩者ではありますが、よろしくお願いします」


 海千山千の政治家ぞろいの閣僚の中で異彩を放っている峯山は48歳。

 この国家安全保障会議NSCの四大臣会合に出席している政治家のなかでは一番若い。


 それでも、当選回数こそ9回であるが伝統的に革新勢力の強い京都の選挙区で負け知らずという選挙の強さを誇る。そのうえ、商社サラリーマンあがりという異色の経歴、マスコミ映えのする甘いマスクと一筋縄ではいかない男だった。


「なお、法規定によって伊福部総理が一週間行方不明の場合、自動的に私が内閣総理大臣に昇格する。室井さん。まずは現状把握といきたい。報告をはじめてくれ」


「わかりました。我が国全般の現状を報告します。本日未明に発生した中国軍による電磁パルスEMP攻撃と、その後の謎の発光現象によって各自治体との通信が途絶しております。まずJアラートは衛星との通信が不可能で使用不能。また行政専用インターネット回線を利用したEM-NETの通信も、途絶している自治体が全体の54パーセントに上っています。」


「やはりそうですか」

 羽生田は顔をしかめながら、手元の紙資料見ながらつぶやくと挙手して発言の許可を求める。その様子を見ている限りは、市役所の課長職にしか見えない。

 桐生が頷くと、羽生田は資料を指で叩きながら発言を始める。


「外務省でも状況は同様、いやそれ以上ですね。通信の関連でいえば、各国に駐在する大使館と連絡がとれません。衛星回線も、国際電話回線もすべて。いわば、我が国は孤立している状況と言っていいでしょう。由々しき事態、という表現ではとても足りませんな」 


――外国と連絡がとれないのでは、確かに外務省は開店休業状態だろうな。

 桐生はそんなことを思いながら、配られた紙資料から目をあげる。


「疑問なのは、電磁パルスによる回線障害があったとしてもだ。衛星を利用した通信、GPSなどの測位システム、気象観測などほぼすべての機能が利用できないことだな。これについては何か原因はわかっているのか、官房長官」


「原因不明としか言いようがない。ただ、これは宇宙航空研究開発機構JAXAのある研究者の報告だが…『極端な話、衛星そのものが消失したと考えれば説明はつく』とのことだ」


「いや、それはさすがに…だとしたらアメリカのGPS衛星もすべて消失したことになりますよ。中国軍は確かに衛星攻撃ミサイルの実証実験は済ませていますが……さすがにすべての衛星を落とすような大規模攻撃なら、事前に我が国の情報機関インテリジェンスやアメリカの北米航空宇宙防衛司令部NORADあたりが掴んでいるはずです。」


 峯山の発言に、室井は頷いて同意を示す。


「これはあくまで現状での可能性の一つとして示したに過ぎない。ただ、衛星回線が使えないのは痛い。現在各所で復旧作業が行われているが、難航している。」


「しかし、高高度核爆発の影響は事前の想定よりは限定的でしたね。あと、内陸部の被害が沿岸部より少ないのは原因が分からないのでしょうか」


 羽生田外相の質問に、桐生が応える。


「自衛隊は元々対策が施されているし、民間は二年前の太陽嵐で被害が出ているからな。ただ、どこも予算の制約から完璧とはいかなかったようだが。内陸の被害が少ないのは不明だが、原因究明は学者のセンセイの仕事だ。問題は復旧をどうするか、だ。まずは、放送と通信インフラを最優先に復旧させる。さすがにいつまでも伝令頼みという訳にもいかないし、流言飛語が怖い」


「現在自衛隊が行っている各地への通信支援は、復旧まで継続させます。あとは電力ですね」


「原子力発電所はすべて地震発生時と同様に自動停止したままだ。点検作業とストレスチェックを含めてどんなに急いでも復旧まで一ヶ月以上はかかる予想だ。火力や水力、太陽光も一部は無事だが、被害の復旧にかかるだろう」


 室井の言葉に、会議室内が重苦しい雰囲気になる。

 原発事故が起きていないだけ東日本大震災よりはマシだが、日本各地の被害はある意味それ以上といえる。人的被害こそ少ないが、インフラはズタズタなのだ。


「具体的なインフラ復旧計画は、後に復興庁に策定させるが、優先順位は通信放送、エネルギー、物流といった順番だ。意見は?」


 桐生の言葉に出席者全員が頷く。


「よし、それでは各自協力してインフラ復旧に尽力してくれ。さて、次の問題は…峰山君」

 桐生の指名に峰山は頷いて、手元に用意してある紙資料を配布する。


「次は先日東京都お台場、神奈川県川崎、横須賀、名古屋市、四日市、神戸に行われた爆撃機による被害を報告します。爆撃機は残骸や各地で撮影された動画等から判断して第二次大戦時にアメリカ陸軍航空隊が使用していたB-25ミッチェル爆撃機に酷似しております。国籍表示もアメリカ軍が大戦時に使用していたものです。これを見て下さい」


 電源が落とされていた会議室内の液晶ディスプレイに、あきらかに素人が撮影したものと思しき動画が表示される。手元の紙資料に載せられた写真と同一の機体が驚くほどの低空で市街地上空を飛んでおり、搭載武装のM2ブローニング機銃による機銃掃射が行われており、画面端には血飛沫のようなものまで確認できた。


 わずか1分30秒ほどの短い動画だが、一体何が起きたのかをイヤというほど知ることが出来る動画だった。


「これは動画投稿サイトに掲載されたネット動画です。今は通信インフラ破壊のおかげでまだ騒ぎに火はついていませんが、時間の問題でしょう。」


「一体全体、どうしてここまで侵入を許したのですか?」


 軍事にさほど詳しくない羽生田外相は心底不思議そうな顔で言った。


「電磁パルス攻撃によってレーダーサイトが無力化されていた影響です。財政的な都合で電磁パルス対策が関西以西優先になっていたことも災いしました。早期警戒管制機による誘導で迎撃に成功したところもありましたが、一部で被害は出てしまいました。」


 峯山は悔しそうに唇を噛む。


「国土に侵入したB-25は16機で、被害は民間人7名死亡、23人負傷。B-25は1機を除いて撃墜に成功。なお、B-25の搭乗員は現在11名が生存、現在警察によって拘束しております。」


「捕虜への尋問は警察官が?」


「はい。自衛隊の警務隊が協力して尋問を行っておりますが、まだろくに情報は得られていませんね。ただ、気になる名前が。この人物です。」


 液晶ディスプレイに表示されたのは警察署で撮られたと思しき数枚の写真だった。アメリカ軍人を写した正面からの全身写真や側面からの写真、そして身につけていた認識票の拡大写真だった。


「ジミー・ドーリットル。1942年4月18日に日本本土空襲作戦、通称『ドーリットル空襲』を成功させたアメリカの英雄です」


「なにをばかなことを。今は平成、21世紀ですよ」


 羽生田はそう言って鼻白む。


「まだ断定情報ではありませんので、その辺をお含みおきください。彼は米陸軍航空隊の中佐で、この冒険的な空襲作戦を指揮。空襲による被害は微々たるものでしたが、当時の陸海軍首脳に与えた心理的衝撃は大きいものでした。あのミッドウェーMI作戦が企図された遠因ともいわれています」


「日本軍崩壊の原因を作った男、という訳か。だが、手元の資料では1993年に亡くなったとあるのだが?」

「それは、私にもわかりませんが…」


「羽生田君も、峯山君もその辺にしておきたまえ。あくまで今は情報として頭にいれておくだけでいい。評価はもっと情報が集まってからでいい」


 桐生の柔らかいが、有無を言わせぬ口調に二人も黙り込まざるを得ない。


「念のため調査しましたが、ぞの年代の旧式兵器を保有している近隣国では北朝鮮くらいで、その兵器はほとんどが旧ソ連製です。B-25を16機も保有しているとは思えませんね」


 峯山はお手上げといった風な顔をしてみせる。


「タイムスリップ。まさかのまさかだが、そういう事態ということもありえるのかね」


 室井にしては珍しく迷うような口調で言った。


「それは、我々がかね?それとも『向こう』がかね?」


 桐生のといに答えられるのはおらず、沈黙が場を支配する。

 しばらくのち、再び口を開いたのは峯山だった。


「確かめる方法はあります。ラジオ受信です。電離層による反射が望める夜ならば、台湾や朝鮮半島などのラジオ放送が受信できる可能性が高いかと。タイムスリップだとしたら、その内容で今の『時代』がわかるでしょう。言っていて馬鹿らしく思えますが」


「ラジオ放送か。それなら確かに…」


「自衛隊の航空機が動かせれば、偵察機に飛んでもらうこともできるのですが」


「それはのちの手段にしておこう。念のため電磁パルス攻撃の第二撃にも備えなければならない」


「了解しました。各自衛隊の被害把握を急ぎます」


 峯山の返事に頷いた桐生は、何かを思い出したような顔をする。


「そうそう、ドーリットル氏の時間認識はどうなっている?供述には含まれているかね?」


「調書によれば1942年7月25日だと」


「…おかしいな。ウィキペディアの情報ですが、ドーリットル空襲は4月18日のはずですよ」


 羽生田がスマホを片手で操りながら話す。


「彼が日付を間違って認識しているのか、あるいは彼が『7月にドーリットル空襲が行われた世界から来た』のか、ですかね」

 峯山は考えながら話している、という顔をする。


「頭がおかしくなりそうな話ですな」


 羽生田外相はとてもついていけないという顔で深々と嘆息した。


「確かに現状では情報があまりにも少なく、不可解な情報だ。しかし、それでも対応策を考えて手を打っておくしかない。国政を預かるものとして最善の手を打とう」

桐生の言葉は、自分自身にそう言い聞かせているかのように聞こえた。

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