最終回 星空へ……。

「ウワアアアア!! 」

全身がひき切られるような痛み。

隙間なく責めさいなむ剛熱!

合体黄金怪獣同士のテレパシーで押し付けられる苦しみだ。

決して逃れられない。

部隊が降伏したあとも続く。

「敵だ! 敵だ! 敵だ~!! 」

 それぞれの視線が、脅威の情報を重ね合わせ、まったく意味のないものにしていく。

 ここは敵地、しかも夜。

 故郷へ帰る術の全くない地球のハテノ市だ。

 自分自身も名もなき怪獣に成り果てて、恐ろしかった。

 しかしそれを、恥ずべきことだと抑え込む。

 これこそが、望ましい。

 この激戦こそが、祖国爆縮作戦実行委員会にふさわしいと、自分に言い聞かせながら。

「来い! 叩き切ってやる! 」

 黄金に輝く、その手から生えたカギ爪を振りかざす。

(そうだ。これさえあれば良い。

ほかの体がどんな形になろうと、移動できて、敵より巨大ならそれで良い! )

「私は合体を繰り返し、究極の進化にたどり着いた者だ! 」

 敵の砲火が向かってくる。

 その光が、やけにゆっくり見える。

 何か特別な、とても素晴らしいことに思えて仕方がない。

 わき腹に榴弾が刺さり、爆発した。

 よけられなかった。

 砲火がゆっくりに見えたのは、単に自分が激しく興奮したから。

 その結果おかしなレベルまで集中力があがったから。

 たった、それだけのこと。

 そんなことさえ分からなくなっていた。


 そして増したはずの集中力は、次に起こったことを全く認識できなかった。

 時がめぐり返した。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


「ウワアアアア!! 」

 そこが、どこかもわからない。

 それでも視界は安定した。

 ただ明るく、暖かい。

 とっさに手をつく。

 チクチクと、しかし突き刺さるほどでもない痛みが、手のひらに。

(なんだ!? これは……、草か? )

 ようやく開いた目に映るものは、そうだ。

 そんなバカな、と思った。

 合体黄金怪獣になっている間は、そんなことはあり得ない。

 だがそこにあるのは、とがった葉を持つ草と、黒味のある関節のしっかりした自分の手。

 それに、緑のセーターだ。

「セーター。セーターだって!? 」

 それだけで、疑う心を吹き飛ばし、怒りをふたたび燃やすのは十分だった。

「どうしたの? あなた」

「パパ、悪い夢を見たの? 」

 なんだ、妻と娘じゃないか。

 なんだ、すべて悪い夢だったんだ。

 そんな平和的思考は、彼にはなかった。

「逃げるぞ」

 二人とも、同じ色のセーターを着ている。

 青い空。

 時間は正午過ぎ。天の頂点からわずかに南に傾いたところに、黄色い太陽が輝く。

 あたりは、緑の草原だった。

 間違いなくチェルピェーニェ共和国連邦の、のどかな丘の上だ。

(そうだ。忘れもしない! )

 ここは地球によく似た惑星スイッチア。

 1年半前、いや、もう2年に近くなるか。

 この星を侵略した異星人、ペースト星人が次元湾曲兵器を発射した。

 弾頭は、小型のブラックホール。

 いかなる物質も破砕して飲み込む、超重力兵器。


「今日が、この星のほとんどを滅ぼされた日なんだ! 」

 急いで家族を車に乗せ、逃げだす。

 走り、丘を下り谷をこえ、走り、街を抜けた。

日は完全に落ち、夜になった。

 ……砲撃はなかった。

 車を止め。彼は家族に振り向いた。

「いったいどうしたの」

 妻に尋ねられる。

「今日、今日はね、この星を襲った恐ろしい砲撃が行われるはずだったんだ」

早口で話しだす。

信じてもらえない事でも話す。

それは、この2人を失ってから身についた物だった。

「目標は、巨大火山。

 噴火はマグマと同時に二酸化流黄ガスを放って、酸性雨の雲となった。

 酸性雨の毒で植物は枯れ、コンクリートも解け始めた。

 さらに雲は空を覆って、太陽光線を反射した。

 たちまち機構は激減し、夏に晴れの日はなくなり、冬は信じられない猛吹雪になった。

 大勢が死んだ

 その中にはお前たちも……」

 男は、それから起こったことも話した。

 再び異星人の侵略を受け入れたこと。

 その中でスイッチアの科学者が勝手に、地球という星から異能力者たちを召喚したこと。

 そしてさらなる混乱が巻き起こったこと。

 自分がそんな祖国チェ連が嫌になり、宇宙へ逃げだしたこと。

 そこで祖国爆縮作戦実行委員会という、スイッチアの生命を改造した兵士で構成された部隊に入った。

つまり、人間を捨てたことを話した。

「その最後の戦いの最中に、ここに帰ってきたんだ。

 何がどうなったかは、わからないけど……」


 子供は呆然として聞いていた。

 妻は、水筒からの茶を飲んだ。

「不思議な話ね」

 妻は微笑んだ。

 それを見た娘も、安心することだと思ったのか、笑った。

 ようやく男は、微笑みと自分を取り戻した。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


ハテノ市の戦いから2ヶ月がたった。

「それが"物質文明からの誓い"。

神獣ボルケーナと、その一派の力の根源……」

 シエロ・エピコスがこの言葉を聞いたのは、チェ連の首都チェルピディアにある自宅。

 口にだして確認した。

かつてのチェ連では覚えることはなかっただろう言葉を。

シエロがいるのは年季が入ったが、まだまだ丈夫な大きなアパートだ。

高級住宅だけあって部屋は多い。

壁はコンクリートで、床は薄い絨毯という質素な作りになっている。

季節は夏。

この星では珍しいクーラーは、ありがたく使っている。

『そうだよ。銀河列強は、そういった』

 カーリタース・ペンフレットが語ってくる黒い固定電話。

廊下に細い机があり、そこに置いてある。

話が長くなるそうなので、椅子を持ってきた。

今日は明るいレッドのポロシャツと、ベージュのスラックス。

左手首には腕時計。赤い牛革ベルトと文字盤という、なかなか派手なものだ。

(赤い派手なものを見ていると、真脇を思いだす)

地球と出会った証は、タイムパラドックスにより物的には失われた。

復讐を捨てるという、シエロ達新世代の勇気と、まさかのコラボレーションを果たした神々の秘儀によって。

この腕時計は、あの日々を思いだす証として買い求めた物だ。

 達美が親友につけたカーリというあだ名も証の1つとなった。

カーリは見習い科学者という立場を飛び級した。

今やチェ連で最も謎の部分に踏み込んだ第一人者となった。

 マルマロス・イストリア書記長とともに駆け回る、この星になくてはならない人だ。

『わかっていると思うけど、異能力に目覚めた人間と、そうでない人間との間には、どうやっても軋轢ができる。

 一人当たりが扱うエネルギー量は、目覚めたほうが明らかに大きいから。

 いったん戦いが始まると、どうやっても目覚めていないほうが被害が大きくなるんだ』

 シエロは思った。

 カーリの声は、本当にためらいながら、迷いながらの言葉なのだと感じた。

(それも当然だな)

 仲間と認め合った相手の、恐ろしい部分を語っているのだから。

少なくとも銀河列強には、つまり普通の宇宙にはそう思われている部分を語っているのだから。

『"物質文明からの誓い"その物は、大した量じゃない。宇宙全体でいえばね。

 銀河列強が躍起になって恐れるのは、それが彼らの力の根源である、超時空テクノロジーに相反する、というより、憎しみを抱いているからなんだ。

 要するに、異能力者に滅ぼされた、無能力者の幽霊だから……』

「……そう言えば真脇が言っていた。

ボルケーナが守ることができるのは人の限界だと。

未来や進化ではないのだと」

『だから、スイッチアを封鎖するわけだ。

 もともと無能力者だらけの星だから』

 達美たちの地球から離れてから、すぐに銀河列強がやってきた。

 そして、これまでほったらかしだった救難に乗りだした。

 見返りはいらないと言っていた。

 ただし、この星から出てはいけない。それだけが条件だった。

『シエロ、確かにこのままでは列強の都合に振り回されるだけの可能性もあるよ。

 このままじゃ、僕たちのいる意味がなくなるのもわかる。でも……』

「カーリ、意外に思えるかもしれないけど」

 今度は、シエロがためらう番だった。

「スイッチアの復興をしてくれるなら、これ以上ないほどの好条件だと思う。

 今も苦しんでいる人は確実にいる。

 その人たちをほっておいてまで軍備を増強したいわけではないよ。

 兵隊なんて、それ自体は何も作りださないんだから」

 沈黙が流れた。

 電話の向こうから荒い息が聞こえてくる。

 落ち着こうと、深呼吸をしているのだろう。

『じゃ、じゃあさ。

 何も使わず、僕らの意思を宇宙に伝える方法があったら、どうする? 』

「そんなものがあるなら、聴きたい!

 でも……なんで、そんなことを俺に言う? 」

『言いだしたのは書記長だけど、ヒントをくれたのは君だよ。

 聴かせる理由は君が地球人たちと、そして一緒に来た宇宙人たち。

 つまり僕たちが知らなかった世界の人に一番接しているからだ。

 君がいいと判断したことなら、彼らにもそう感じてもらえると思ったからだ』

 この言葉によどみはない。

「彼らは、だいぶ宇宙の普通とは違うよ」

 シエロは信じた。

 さっきのカーリの言葉にためらいはない。

つまり本気で信じた言葉だと。

「言ってくれ」


 3日後、チェ連政府は彼らが伝えることのできる、すべての人に対して声明を発表した。

 これまでの約50年間の間、スイッチアに対して侵略行為を行ったすべてに対し、賠償責任を求めないことにした。と。

 当然、反対意見が続出した。

 だが、シエロたちの勇気がハイパーボルケーノの噴火を防いだのも確かだ。

 多くの人々が、あの犠牲者が続出した2年を覚えていた。

 そして、これで地球人を含む多くの人に平和を望む心があることは示せる。

 何より、祖国爆縮作戦実行委員会になるはずだった人々から、それを望む声が上がった。

噴火に端を発した大混乱から生まれた組織のメンバーが。

 また、三種族からの攻撃がなくなった。

 彼らにもまた、合体したことでつながりが生まれたのだ。

 少なくともシエロとカーリ、そしてに祖国爆縮作戦実行委員会なるはずだった人々は信じた。

 それが人々に信じあう心を増やした。

 これまで収容所にとらわれていた異星人たちも、次々に帰還が始まっている。

 シエロは、士官学校に復学することにした。

 父のヴラフォス・エピコス中将が見ているものを、自分も見たいと思ったから。

 カーリは、平衡世界の研究を専門にすることにした。

 自分たちが滅んだあとのスイッチアが、さらにほかの世界を傷つけるなら、同じ過ちに進みつつある世界を救うこともできると考えたからだ。

 サフラ・ジャマル、ワシリー・ウラジミール、ウルジン・パンダエヴァたちも、復学したり、一歩先に現場に出たりと、各地に散っていった。

 世界は変わる。

 思いもよらぬ方法で。

 その事実を、伝えるべき未来への勇気の証として。

その勇気を誇れるようになろう。

 たとえ彼らが達美たちの地球と再会する事が永遠になくても。

 そう誓いあった。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


ポルタ・プロクルサトル社。

 所在地はハテノ市。

 退職した自衛官や魔王を集めたセキュリティー企業。

 または、退職した警官や聖騎士や、専門のハンターを集めた、怪獣を狩る会社。

 それが一般に広がるポルタ社のイメージだ。

 だが同社のお嬢さま、真脇 達美は知っている。

(お兄ちゃん真脇 応隆が、愛するボルケーナとイチャイチャするために作った会社)

その達美は今、ポルタ社の持つ多次元急襲揚陸艦、ファイドリティ・ペネトレーターの中にいる。

ペネトの通称で呼ばれ、全長241メートル、排水量50,142トン。

その格納庫に入った人は、だいたい広さと明るさ、そして静かさに驚く。

一般的に空母や急襲揚陸艦のような巨大で人や物を積みまくる艦船には、ひかりが届かない広さの格納庫、巨艦を動かすうるさすぎるエンジン音、というイメージがある。

だがここでは、明かりはすみずみまで、影が最小限になるよう真上から照らす。

音については、機械音は消せないが、音楽を流せないほどじゃない。

ただし気温は、ちょうどよくいかない。


左舷には格納庫から巨大なメカを一旦外に出し、飛行甲板に上げるエレベーターがある。

そのシャッターは開けっ放し。エレベーターは下りていた。

暑い潮風が流れてくる。

いまは8月。

スイッチアの事件から2ヶ月が過ぎていた。


戦車が全力でスラロームできる格納庫が、今日はほぼ空っぽだ。

並ぶのは、黒地に黄色いイナヅマラインの走った自衛消防隊の消防車や、クレーンなど、航行に必要な最低限の車だけだ。

そこを、鼻をヒクヒクさせながら達美は歩く。

今日はミントグリーンのトッパーカーディガンに、白のブラウス。

くるぶしを出したグレーで細身の夏パンツ。

ベージュのパンプスという、いで立ちだ。

彼女は、どんな動物より鼻がきく。

そして、黒地に黄色の消防車のそばで止まった。

「オイ。お義姉ちゃんの荷物を運んでくれる約束でしょ」

車のかげには、1人の男子高校生が膝を抱えて丸まっていた。

達美に呼ばれてあげた顔は、何とも平均的な日本人だった。

大きくも小さくもなく、覇気を感じさせない眠たげなひとみ。

そこに今は、恐怖の色が浮かんでいた。

「あの異能力者、恐い……」

「そんなの当たり前だよ」

もう直ぐやって来るのは、ボルケーナが地球へと来る前にいた星の人。

グラーサ星人だ。

ボルケーナはその星で、神になる最終試験を行っていた。

ただし、グラーサ星は以前、近づくボルケーナを大量破壊をもたらすナニモノカとして見た。

だから攻撃した。

「さあ、立って」

達美はフーリヤの手を引っ張り連れて行こうとするが、少年の体がひかりに包まれて。


ドシーン


足が巨大なタコの足のような機械、二本に変わった。

その足で消防車にグルグルと巻きつく。

フーリヤ本来の足だ。

装備品を含めて2トンある消防車がグラリとゆらしながら。

「ほ、本当に、私服は地味なんだね」

示威行為、とすら言えない、精一杯の自己主張。

ともにスイッチアを戦った機械生命の文芸部部長だ。

「普段はこんなもんです」

達美は手を引くのをあきらめて腰を下ろした。

「お義姉ちゃんの結婚式に参加した神様たちだけど、みんな減給処分になったって」

突然話を変えられたフーリヤは、信じられない気持ちでいっぱいになった。

「何だって?」

あの、スイッチア宇宙を書き換えた神々が!

達美は語る。

「夕方にはニュースになるけどね。

タイムパラドックスの余波を広げるのは、神々の秘術ってヤツなのよ。

それをバラした罪でね」

「それで減給? 」

「下手人のお義姉ちゃんは、最終試験が延期。

神さまにはあんまり長い期間じゃないけど、私たちの寿命より長い延期よ」

フーリヤは愕然として悟った。

「僕らが生きてる間は、永久欠番、だね」

「だね。でも、刑罰としてはまだ軽い方よ。

アレルギーのこと、知ってるでしょ」

達美の声は明るかった。

フーリヤはうなずいた。

スイッチアではそれを利用され、大勢の敵軍の自死と引き換えに、全身を灰のようにされたのだ。

そのせいで“ボルケーナが関わると敵の自殺率が高まる”という噂が広まりつつある。

「最後の試練も、それで受けられないんだよね」

「これまでみたいにガンつけられたり、閉じ込められる試練から逃れられたんだから、成功じゃないかな」

達美は、それを信じて疑わない。

「力の封印とか無いって。

そうそう、ユニさんの結婚式は盛り上がったね〜」

彼らの生徒会長ユニバース・ニューマンと副会長の石元 巌は、戦いの終わりにプロポーズ。

挙式はハテノ市で1番大きな海辺のホテルで行われた。

帰還から一週間後、可能な限り豪華に、華やかに。

「クミくん、誇らしげだったね」

ユニが1人で育てていた息子ちゃんも、これで父親ができるわけだ。

「うん。それに、川田とサンクチュアリの引っ越しに間に合ってよかった」

空気中のチッ素を自在に操る川田 明美と透視能力のスバル・サンクチュアリは、実家に帰ることになった。

川田には幸いにもタイムパラドックスで帰ってきたとはいえ、心労で死んだ祖父がいる。

サンクチュアリには、姪っ子が生まれたばかりだ。

こういう別れは、きっとこれから増えていく。

そう漠然とだが、思った。

「ボルケーナさんたちも、華やかな式をやり直せばいいのに」

フーリヤの顔もほころぶ。

「それがね、2人とも、私たちが心をこめてくれた式に変わりはない。って。

せめて何か新しいことを、パパ、とママ……お兄ちゃんの両親の方ね。その2人を呼ぶとかするまでは、しないみたい」

そのパパとママという言葉には、まったく言い慣れていないたどたどしさがあった。

「でもね……」

その顔が引きしまる。

ネコ耳が不機嫌でペタンと下がる。

「銀河のみなさまは、結婚をお義姉ちゃんを、この星に封印する事だと思ったみたい」

達美は銀河列強のことを一まとめに銀河のみなさまという。

「このペネトのワープエンジンなんかも、返還が求められてる。

そうなったら地球製と交換になるだろうけど、使い勝手は悪くなるだろうなー」

うっとうしそうに顔をしかめる。

「スイッチアは、銀河の皆さま主導で復興するそうだけど、こっちと同じ状態だよ」

「それって、通信や人の行き来は禁止ってこと? 」

達美はうなづいた。

「そんなの、さみしいよ。

あの神さまたちは、何も言ってこないの!? 」

「彼らは、基本的にこっちの世界に手も口も出さないんだよ。

あんまり神の力を使うと、人はバカになるって」

「そうなんだ……」

「で銀河の皆さまは、それを利用した。

絶対、私たちがみんな死ぬまで待つつもりだよ。

みんな忘れ去るまで。

運良く残っても神話扱いになって、学者の解釈もマチマチになって」

あまりに容易に想像がつく。頭をかきむしりたくなる。

「あーヤダやだ! 」

そんな達美に向けられたフーリヤの目に、光が宿った。

それは、強い意志を宿し、しっかり見開かれたためのようだ。

足を人間のものに戻す。

「真脇さん。少なくとも僕は忘れないよ」

2人はエレベーターに乗った。

改めてフーリヤの擬体が光に包まれる。

大ガラスにタコの足をつけたような、飛行形態にもどる。

全長は40メートル。

そのうち、タコの足の部分半分くらいは、海側に垂らした。

達美の体が、マグマのような赤い光に包まれる。

「Welcome to crazy time」

クレイジータイム。

達美、レイドリフト・ドラゴンメイドの最強形態になったのだ。

だが、やる気のない声だった。


エレベーターが上がりきる。

聞こえてくるのは近くからも遠くからも報道ヘリの音。

この時の達美の姿を短く表すならば……。

翼のある、4本腕の赤い怪人。

手足も胴体も、衝撃に強い大ぶりな装甲でおおわれている。

背中の翼とサブアームが大きくなり、頭はシンプルな丸いマスク。

両目はひとつながりの黒い複眼カメラで覆われている。


ペネトの甲板は特徴的だ。

241メートルの全長いっぱいまで平らになった灰色の広場。

その真ん中80メートルをトンネル状におおう、巨大なアイランド。

もし毒ガスなどが巻かれたときは、甲板にいる人を一気に入れ、シャッターを閉めて守ることができる。

今アイランド下には、なにもなかったし誰もいない。


その手前に、神獣はいた。

『良かった。まだ来てないよ』

ボルケーナがかけた声は、にこやかだった。

スピーカー越しの声だ。

「そうですか。でも、本当にその格好を要求されたんですか? 」

フーリヤが驚愕する、神を信じる獣の今日のいでたちは。

『向こうの安全基準を満たしたら、こうなるんだよなぁ〜』

達美は、このにこやかな声が勘違いならいいな、と思った。

こんなイヤな拘束は、許せない。

足元は、8つのタイヤをもつ無人車両。

全長1メートルほどで、人が5人ほど座れる大きさだ。

様々な地形に対応できて、約900キログラムの荷物を運搬する。

それに乗る、灰色の犬小屋を思わせる金属の箱。

つなぎ目はない。

大まかに、箱に三角屋根を乗せた形を作り、あとはハンマーで叩けるだけ叩いて形を整えた。

そんな感じがするほど、表面はデコボコだった。

窓はあるが、出入り口はない。

ガラスではない、指が切れそうなほど、ささくれ立った青いのぞき窓。

向こうで、緑色の目が見えた。

ボルケーナの目だ。

明らかな閉じ込めるための檻、ケージだ。

タブレットを持つ社員が、そばにいる。

無人車両を操作するためのだ。

増加装甲を施したパワードスーツ、ドラゴンマニキュアをまとっている。

防弾仕様のマスクを外したその人は、ボルケーナの夫の応隆だった。

「やあ、フーリヤくん。来てくれてありがとう」

「は、はい。というか、いつも僕の方が助けていただいて、これで恩返しができたらいいです。ところで……」

重装甲ドラゴンマニキュアを着た社員は、他にも3人いる。

そのうちの1人は、達美の恋人の鷲矢 武志。

だれも、マスクはつけていない。

皆、ボルケーナを拘束する必然性を感じないのだ。

それぞれの手に持ったのは、消火器を思わせる金属製のボンベだ。

「そのボンベは何ですか? 」

「……液体窒素だよ。

妻が暴れたときは、これでマイナス196度まで冷却する」

社長の答えは、切なげだ。

「乗せている無人ロボットからは電磁パルスもだせる。

どちらもボルケーニウムを不活性化させる。

このケースは、ボルケーニューメタル。

窓はボルケーニュージュエル。

どちらもボルケーニウムを限界まで圧縮して、極限の硬さを追求して作る。

組み合わせれば、セーブ態の妻なら30秒は押さえこめる。

他世界から分身を召喚しても、それ以上はかかるだろう。

それだけあれば、彼らは逃げられる」

皆、スッキリしない気持ちで聴くしかできなかった。

『そうさせるモノなのよ。

宇宙怪獣ってヤツは。

……来たみたい』


艦の前方から、雲を抜けてくる影が見える。

達美たちは知っている。

あれが、ボルケーナが前にいた惑星グラーサからの物。

ペネトより巨大な、直径500メートルほどの白い球体だ。

その天頂部分からは、四方に水平に伸ばした突起がある。

まるで、そういう花が音もなく迫っているように見える。

飛ばしているのは、背中から白鳥のような翼を羽ばたかせる、白い馬だ。

天馬の群れが、無数の鎖を引いていた。


『ブルー・ドウジョーが到着しました。

これより本艦は受け取り体制に入ります。

手すりなどにつかまり、振動に注意してください。

くり返します……』

落ちついた男の声。

ペネトのAIが直接ながす艦内放送とともに、舳先がブルー・ドウジョーと呼ばれた球体に向かっていく。

反動で皆の体がゆれた。

その舳先に折りたたまれた、長さ100メートルはある巨大な4本腕が伸びあがる。

艦内からワープエンジンの出力が上がったことで、振動が湧きだす。

生みだされた次元を湾曲させる力は、4つの手のひらに集められる。

手のひらは4つから増えていく。

次元を振動させ、複数の場所で同時に存在させるからだ。

さらに増えると、ブルー・ドウジョーを囲んで支えるリングとなった。

(あんな事も、もうできなくなるのかな。できたとしても、スムーズにできるかな)

達美はワープエンジンを返還したあとを考えると憂うつになった。


球体が近づくと、表面が網目になっているのがわかった。

間に透明な板がはめ込まれ、窓になっている。

青空と海に映える、美しいシーンだ。

遠巻きに並ぶのは、取材陣を乗せた漁船。

ペネトの腕が目標地点へ導く。

球体が海を押しのけ、沈んでいく。

その瞬間、網目の底がほどけ、広がった。

海底に根をはるように支えるためだ。

そのうちの一本が陸に向かって太く伸びる。

あれは海底トンネルにかわる。


陸をむくと、海にけずられた岩だらけの海岸。

ハテノ市の山は300メートルがせいぜいの、なだらかな物だ。

だが、ここは荒々しい。

切り立ったガケの間に、わずかな平地から無理やり建つのが、ポルタ社の社屋だ。

海岸ぞいに広がる港湾施設、航空施設。

中心に立つのは、幅300メートルほど、高さ120メートルほどの丸い屋根の円筒形の建物。

100メートル級のロボットでも受け入れるシャッターが並ぶ、組み立て工場だ。

居並ぶビルは、中小の軍事企業や研究機関。

灰色の空間だ。

ここ以外の人の気配は遠い。

切り立つ山を挟んで小さな平地に、より合うように家が建ち並ぶ。


天馬の群れから2頭が離れ、甲板に降りてくる。

風切り音が重なった。

羽に干渉しない前足の上とお尻のところに、しっかり大きな箱をくくりつけていた。

帰ってきたボルケーナの私物だ。

「おお! 神獣ボルケーナさま! 」

降りてきたのは若い女性が2人。

惑星グラーサからの使者だ。

とてもハイテンションに喜びながら飛び降りると、後ろで髪をまとめていたシュシュをはずし、豊かな髪を下ろした。

そのままかけ寄り、ボルケーナの前にひざまずいた。

「おひさしぶりです! プリエです! 」

1人は、深い海のような藍色の髪。

2人とも服装は、シンプルだ。

プリエと名乗った女性は、白いドレスにゴールドのベルト。

肩を膨らませ、腕全体をだしたノーブルドレス。

3段に見える光沢のあるベルト。後ろには大きなリボン。

足まわりは裾の広いパンツだった。


もう1人は春の森林を思わせる、明るい緑の髪を垂らしている。

「ギャージュです。おひさしぶりです。

ボルケーナさま」

ギャージュの服の色は、すべてピンクだ。


「はっ! あなたが真脇 達美さま!? 」

ギャージュに気づかれた。

突然呼びかけられ、「そうです」と答えた。

「それと、失礼ですが、お名前は? 」

「フーリヤです」

「そう、フーリヤさま! あなたにも感謝しています! 」

ギャージュもプリエとともに居住まいを正し、改めてひざまづく。

「あなた方のスイッチアへ召喚されてからの戦いぶり、感服いたしました」

上目遣いに達美とフーリヤを見る。

プリエが語りだす。

彼女の方が年上に見えた。

「わが国からボルケーナさまが地球へと向かわれた時、われわれは騒然となりました。

われわれには宇宙の法則を開発する力がある。

そしてボルケーナさまは立派な女神になる修行中の身。

対して、あなた方の戦いは宇宙の法則を消費するだけの戦い。

そんな文明同士の戦いでは、行きつく先は破滅だけではないか? と」

そうだ。

ボルケーナは魔術学園の大学を卒業したのち、プリエとギャージュのいる星へ旅立った。

だが、達美は知っている。

彼女らのスケールでおさまり切る神獣ではないと。

(2年間もデッカい図書館に閉じ込めただけで、よく言うよ)

予定では、それは100年続くはずだった。

そして達美は悟った。

プリエたちは、そのことを失敗とは思っていないことを。

「その悩みに答えを与えてくださったのが、あなた方です! 」

(そうか、ちゃんと見てたんだ)

「あの激戦からお友だちを救うためならば、ボルケーナさまの介入もやむなしと、結論づけました」

達美も見ていた。

(スイッチアの宇宙で静観していた艦隊は、この人たちだ。

近くにいたのに、助けに来なかったんだ)

怒りが湧き上がる。

それをぎゅっと抑えて、マスクで顔が見えないのを感謝して。

ギャージュが語りだす。

「実は、あなた様が地球へと向かわれて以来、周辺諸国から嫌がらせのような小競り合いを起こされていたのです」

だんだん早口になってきた。

「それがこの度、お呼び出しくださったことで、ピタリッと止まったのです! 」

「貴方様との絆が、抑止力となったのです! 感謝しています! 」

「そう! まことに感謝していま……ウッ」

緑の髪が不気味にゆれて、顔が下を向いて落ちた。

ゴボゴボと水音がする。

ギャージュが吐いた。

武志たちが「大丈夫ですか?! 」とあわてて介抱にくる。

だが達美は知っている。

(根性がついえたのね)

「ウワッ」

つぎは藍色の髪がゆらぎ、プリエも吐いた。

(意外性も何もなかったね)

あきれた。冷え込んだ視線で達美は見下ろした。

それはもう、兵器とは思えない、必要ないほどの視線で。

その目で見られた異世界からの客人は。

「こ、殺さないでくだ、さい……」

まるでギャグ小説に転向したかのような、消えそうでふるえる声になった。

(ああ、そうか)

命乞いをしたのは、顔をドレスの裾で拭って見上げてきたどちらだったのか。

(私ももう、宇宙怪獣という扱いなのか)

義姉と同格という誇りと、義姉が歩んだ道を自分が歩むかもしれないという不安。

どちらを感じるかというと、胸を熱くする誇りが上回った。

(この熱さも、"物質文明から生まれた誓い"のおかげだね)

達美は手をのばす。

「おふろと着替えを用意してあります」

キツい胃酸のにおいを、顔にださないようにして。

必死に吐瀉物をドレスで拭き取っている2人に。

彼らの世界に近づく義姉を狩ろうと、自分の星を生態系ごと激変させた2人に。


ボルケーナへの捧げもの。

着水した球体の上部から水平に伸びていた、たくさんの突起は、浮き桟橋だった。

一行はポルタ社のボートでそこに降りたつ。

ギャージュとプリエも風呂と着替えをすませてきている。

今着ている服は、応隆の母のものだ。

達美は初めて、この母に感謝する気持ちを抱いた。

今までは何の関心もなく、兄から止められていたから捨てなかっただけなのだが。

(やっぱり、変わってる)

今までの自分と、変わってる。

今までなら家族のことなど、兄のことも含めて関心がなかったのに。

スイッチアへ迎えに来た時も、それほど感激しなかったのに。

(パパとママに関心を持って、そのあとを追う。

そういう事件を防ぎたかったのかな? 仕組んだのは、お兄ちゃん? )

人間体となったフーリヤをふくむ8人の足音と、8輪の電動駆動音。

一行は球体中央を貫くエレベーターに向かう。

小さな教会を思わせる、波うつ彫刻が施された円錐形の建物がそれだ。

緑色の金属製のドアを開けると、全員が入ることができる透明なドームがあらわれた。

それがつぼみが花を押しだすように、真っ平らな絨毯の様になるまで広がる。

これから最下層に連れて行ってくれる。


「ね、気づいてる? 」

エレベーターが降りだしたので、達美は語りだした。

「何について? 」

聞き返したのは武志だ。

「私の機能が書き換わってること〜」

視線が一斉に達美をむいた。

特に新キャラ2人は目をむいている。

今はママのおさがりの夏映え美脚パンツだ。


まわりは一気に暗い空間になった。

まだ、海水を日光が通り抜ける深さなのにもかかわらず。

日光を遮ったのは、ブルー・ドウジョーに詰め込まれた物があまりにも多いからだ。

まず、大きな箱が詰め込まれたフロアを通った。

テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの家電らしい。

次のフロアは、パソコンや携帯電話だろう。

ブラウン管の奥行きのあるモニターを持つパソコンや、手のひらサイズのスマホまで、あの星の様々な時代の物が一堂に会している。


("物質文明からの誓い"。

直訳すればMechanical Civilization Oath。

略してMCOってとこかな)

「お義姉ちゃんの神力の根源は、"物質文明からの誓い"だよね」

銀河列強にとっては、放射性物質を食べるゴジラ。

公害を食べるへドラと同類ということだ。

『祖父母の代からそうだよ』


どの世界にも、異能力を一切使えない人間はそれなりにいる。

"物質文明からの誓い"というのは、その魂の固まり。

どんなに僅かでも、いじらしいまでに集まった人の遺志。


「地球にそれを大量に持ち込むのは、力の根源が怨みを言い続けるんじゃ、親や祖父母にふさわしくないから。

地球で良いことに使って、ありがとうと言われて、満足した気持ちで親たちの元に行って欲しいんだよね? 」


誓いの中には、様々な理由で滅んだ人たちのものもある。

異能力者と大規模に戦争して、滅ぼされたり。

自分たちが生んだ公害を止められなかったり。

降りかかる自然災害を止められなかったり。


『そうだよ。

私たちに捧げられる誓いは、自分たちが理解できるもの、つまり機械に最も強く作用するから。

地球はとっても効率が良いの』


次のフロアは、なんだか分からなかった。

偶然、ピアノやギターに似たものが見えたので、楽器のフロアかもしれないと思った。


「それが変なの。

 "物質文明からの誓い"が私の地球製の部品に作用して、いろいろ強化される。

それはわかる。

でもそれ以外にも、彼らにとって興味を引く私の要素。

意志についても、強化するみたいなの。たとえば……」

武志にピトッと抱きついた。


ガン!


「タケくんのことが、ますます好きになりました! 」

「ええっ!? 」

強大なはずのアーマー同士がぶつかり、動揺してゆれた。

ボルケーナを囲む内の2人は、「はあ、やっぱり」とか、「それって今までと、どう違うの? 」という感じで目をそらした。

ただ、応隆だけは、姿勢を乱すこともなく、まっすぐ見てた。

ギャージュとプリエは、理解できず困惑していた。


次のフロアには、絵画が並んでいた。

その次は彫刻、書物、まだまだ続く。

同じ箱がどこまでも並んでいるフロアは、スーパーコンピュータによるアーカイブ。

1つの文明はここまで様々なものを作りだすのか。

そう思わせる凄まじい量だ。


「ほかにも変わったよ。

家族のことに関心を持つようになった!

ママやパパがどこに行ったかも知りたいし、お兄ちゃんお義姉ちゃんたちの生活がいいものになって欲しいとも思ってる」

『へえ。それはうれしいね』

達美は右拳を振り上げた。

ギャージュとプリエの息を飲む声がした。

 だが、その拳には殺気も敵意もない。

ただ、振り上げただけだ。

「だから、もっと仲良くなれるよね」

『もちろん! 』

ケージからカシャと金属が腰れる音がした。

そして、赤く細長い紐状のものが、ゆっくり伸び上がっていく。

ボルケーニウムだ。

液体窒素を注ぎ込む穴から、普段なら考えられないほどのわずかな量しかでていないが。

『オーイ。180度回転させて』

「わかった」

応隆が答えてロボットのタイヤが左右逆に回転し、ボルケーナを達美と向き合わせる。

伸び上がったボルケーニウムが先端に、丸く拳の大きさにたまっている。

達美の拳と向き合う。

『ちょっと待って』

ささくれ立ったボルケーニュージュエルごしに、2つの目が視線をずらした。

『これから私はグータッチというあいさつをする。

その際、達美のボルケーニウムを奪って君たちを襲う可能性を考えたかもしれないけど、そんなことはありませんからね』

「そんなことは疑わないですー! 」

叫んだ! あのプリエが!

「そうです。グータッチは、グータッチです」

ギャージュもみとめた。

怯えてはいるが、それは彼女らがしめした初めての共感だ。

(お義姉ちゃんがした、これを気配りというのかな? )

達美は、義姉の行動を尊敬をもって見つめた。

(私も、兵器としてのアナウンスじゃなく、あんな気配りがしたいな)

2人の拳は、優しくゆっくりぶつかり合った。


エレベーターはブルー・ドウジョーの最も太いところに来た。

これまでより何十倍も天井の高いフロアに並ぶのは、船。

白亜の豪華客船。

ひときわ巨大なオイルタンカー。

それよりはるかに小さいボートやクルーザーがある。

どれも船体を支えるクレーンとともに隙間なく並ぶ。

そして船体に大砲やミサイルとわかる巨大な筒が並ぶ、軍艦があった。


カンカンカン カンカンカン


次のフロアが目に入るあたりで、そんな音が聞こえた。

飛行機やヘリコプターなど、航空機のフロアだ。


ボルケーナがケージの蓋で遊んでいるかと思ったが、関係ないところから聞こえてくる。


カシャカシャ キー


そこからは、トラックやバス、自家用車が並ぶのフロアだった。


「これは、周りの機械の音でしょうか? 」

フーリヤが言った。

「あ、ありえません」

ギャージュが勤めて低い声で言った。

「ここに収められた道具は完璧に検査と修理をしました。

勝手に動くなど、ありえません! 」

突然、光がさした。

周りの海水は、すでに日光を飲み込む深さになったはず。

エンジン音が響く。


そこは戦車や建設機械など大型車両のフロアだ。

今はそのどれもが唸りをあげ、ライトを輝かせている。

 地球人にはカテゴライズできない兵器もあった。

 大小さまざま人型ロボットもある。

それらは手拍子をする始末だ。

見上げれば、あの戦艦たちも砲塔をうならせ振り回し、全身のライトを順番に光らせる。

 まるでスタンドオベーションだ。


「分かりました。

ここにある機械は、ボルケーナさまに捧げられた物だから」

確信に満ちた、ギャージュ。

「異能を持たない者たちの幽霊が暴走したのです! 」

怒るギャージュとプリエの手に、力が宿る。


次のフロアで目立つのは、わずかな光でさえも鋭さを反射でしめす、刀剣。

むき身のまま、壁に何百、何千と固定されて並んでいる。


「すぐ、やめさせましょうか? 」

ギャージュとプリエの手に宿る光は緑と青。それぞれの髪と同じ色だ。

「違うね」

その光は、すぐに消え去った。

「これは、歓声だよ」

穏やかにつかんだ、達美の手に飲み込まれて。

まるで穴に落ちる水のように、見えなくなっていく。

(これも、神獣の神獣たる力か)

達美自身が、それに驚いている。

「歓……声……? 」

プリエが、やっとそれだけ口を開いた。

歓声の数に驚いたのか、自分たちの力を飲み込む達美に恐怖したのか。

やがてエレベーターは最下層についた。

ふたたびドームが解放され、彼らは小さな空き地に立たされた。

見慣れた鈍い影が上下左右を埋め尽くす。

銃だ。

エレベーターの周りだけが開けていて、そこからブルー・ドウジョーの最上部まで見上げられる。

フーリヤもおっかなびっくり。しかし知る義務感、未来への責任感ゆえか、視線を進める。

「達美ちゃん、もう手はだいじょうぶなの? 」

武志に言われて、達美も場の空気に圧倒されたことに気づいた。

 グラーサ星人のふたりは、力をだすのも手を離すことも忘れたようだ。

ただ、周りのただならぬ様子に目が釘付けになっていた。


(そうだ。お兄ちゃん夫婦を呼んでる)

達美は確信した。

 誇らしい気持ちで胸が高鳴る。

 不思議だ。そんなところに心臓などないのに。

 ポンプの振動が体に伝わるような、そんな構造ではないのに。

脳の隣にあるコンピュータが、検索してくれる。

(ゴーストペイン。体の失った部分を、脳が勝手にまだあると判断して、痛みなどの感覚を感じさせること。

じゃあ、この高鳴りは"物質文明からの誓い"になった人が感じる物だ)

そう確信すると、つないだままの手に違った感情が湧く。

やってきたのは、胸を締め付けられるような切なさだ。

「私、あなたたちに、ここに来たことを過ちだとは思って欲しくないな」

今までギョッとするばかりだった2人の目が、達美に向いた。

(ああ、やっぱり嫌なものだな。

でも、どうすれば良いかは、まだわかんないな)

とりあえず、手を放す。

 ひとしきり考え、振り向く。

今だから見られるものを見ることにした。

目の前で起こっていることを喜ぶことにした。

(お兄ちゃんとお義姉ちゃんは、栄光にたどり着いたんだ)


ドン ドン カーンカーンカーン

ブー ブー ブォーブォーブォー

ガン ガン ズゥーズゥーズゥー


肌を叩くような轟音が鳴りやまない。

ブルー・ドウジョー全体がゆれる。

歓声は、一定のリズムをとり始めた。

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