第23話 鉄砲を作る美少女

 そして礼次郎は別の場所に移され、拷問が始まった。


 礼次郎は小袖を脱がされた後に大木から縄で吊るされ、兵士たちに入れ替わり立ち代わり棒や革の鞭で容赦なく叩かれた。


 身体のあちこちに血が滲み赤くなり、左の瞼は腫れ上がり端正な顔立ちがたちまち傷にまみれた。


 周りに陣幕を張って人を避けていたわけではないので、暇を持て余した徳川軍兵士たちがふらっとやって来てはからかったり、石を投げたりしていた。


 その度に礼次郎の顔が苦痛に歪んだが、それよりも屈辱と怒りが勝るのか、顔は紅潮し、腫れた瞼の下から殺気に満ちた眼をギラつかせていた。


「まだ吐かぬか」


 倉本虎之進がやって来た。


「はい、なかなかしぶとい奴です」


 そう言うと、係の兵士が再び棒で礼次郎の横腹を叩いた。


「うっ・・・」


 礼次郎が苦痛の呻きを漏らした。


 礼次郎は虎之進の姿を見ると、かすれかかった声で、


「だれが言うか・・・源氏の名を騙る・・・薄汚い盗人が・・・!」


 と力を振り絞って叫んだ。


「ふむ・・・」


 虎之進はしばらく見ていたが、


「まだまだお前らは甘いのだ、同情心が心のどこかにある」


「そうでしょうか」

「こうやるのだ、貸せ」


 と、虎之進は棒を取ると、


「城戸礼次郎、早く天哮丸の場所を言ってしまえ」


 と言い、体重を乗せて思いっきり胸を突いた。


「うがあっ・・あっ・・・ぐ・・」


 声にならない苦痛の叫びが礼次郎から漏れた。

 息が一瞬止まり、呼吸ができなくなるほどの痛みが肋骨の中を走る。

 口端からは涎が垂れた。


「わかったか」


 虎之進は再び棒を兵士に返した。


「はい・・・」


 兵士はうなずくと、同じようにして腹を突いた。


「・・・・・・っ!」


 今度はうめき声も出ないほどの痛みであった。

 礼次郎の意識が飛びそうになった。

 しかし、痛みを過ぎるとその眼は再び殺気を放つのであった。


「ふむ、確かにしぶとそうだな。しかしこれでこそ楽しみがいがあると言うもの」


 虎之進は残忍な笑みを浮かべると、どこかへ行った。

 しばらくすると手に何かを提げて戻って来た。


「倉本様・・・」


 それを見て兵士たちの顔が青ざめた。


「城戸、これを見よ」


 虎之進は手に提げていたものを礼次郎の眼下に放り投げた。


「・・・!あっ・・・あ・・・!」


 礼次郎はそれを見て声を震わせた。


 ゴロッと投げられたそれは、父宗龍の首であった。


 礼次郎はしばらく唇を震わせて見つめるや、悔しげに目を逸らした。


「く・・・くそっ・・・」


 両目から大粒の涙がこぼれた。


 一滴、二滴とこぼれ始めた涙はやがて奔流となって溢れ出た。


 涙が宗龍の首に落ちる。


 その宗龍の首を誰かがガッと足で踏んだ。


 倉本虎之進であった。


「ふっ・・・城戸よ」


 虎之進は言う。


「どうだ?自分の父の首を見て?・・・え?悔しくないか?」


 礼次郎は下を向いたまま身体を震わせる。


 しかし虎之進は構わずに続ける。


「城戸の人間を皆殺しにしろと命じたのは俺だ・・・もしかしたらその中にお前の好いた女もいたかもしれんな」


 礼次郎の涙に濡れた目が鈍く光った。


「だが全て俺の命令で殺した、火もかけさせた・・・そして館の中で自害したお前の父、その首を取ったのも俺だ」


 虎之進は残忍な薄ら笑いを浮かべた。

 その冷酷非情な姿に、周りの兵士たちも流石に背筋が寒くなるのを覚えた。


「悔しくはないか?復讐したいとは思わないか?」


 そう言い、虎之進は手で礼次郎の顎を上げた。


 怒りが礼次郎の涙を乾かしていた。

 そしてその両の眼は、先程徳川家康を戦慄させた狂気を帯びた憎悪に燃えていた。


「いい目だ、それでこそ痛めつけがいがある」


 虎之進はにやりと笑うと、棒を取ってその横顔を叩いた。

 そしてもう一発、逆方向から叩きつける。


「さあ、天哮丸の場所を早く吐いてしまえ!楽になるぞ!まあ、吐かなくても俺は楽しめるからいいんだがな!」


 そう言うと、虎之進は棒を振り上げ、非情の一撃を礼次郎の肩に食らわせた。

 そしてその鍛え上げられた腕力によって更に腹に一撃、胸に一撃、と容赦なく浴びせると、


「うぅ・・・っ・・・」


 呻き声を上げて礼次郎の顔がガクッと落ちた。


 周りの兵士たちがどよめいた。


 虎之進は声を荒げて言った。


「大丈夫だ、死んではおらん!気を失っただけだ!水をぶっかけろ!目を覚ましたら再開だ!」


 礼次郎の頭上、天はまだまだ日が高かった。





 信濃国、真田氏の居城、上田城。

 射場で、一人の若い男が弓の鍛錬をしていた。

 男は目を見張るほど背が高く、片肌を脱いだその肩から腕にかけてはよくしまった筋肉がガッチリとついていた。


 男は矢をつがえると、その剛腕をギリギリと振り絞り、気合いと共に放った。


 稲妻の一矢が音を轟かせて的の中央に突き刺さった。


「ふうっ」


 男は満足げな顔で弓を降ろした。

 そして筋肉をほぐすかのように右腕をぐるぐる回すと、その場を離れようと身を返した。

 すると、


「うぉっ!?」


 男は驚いて半歩下がった。


 そこに茶染めの服を着た若い男が跪いていたからだ。


 背の高い大男は、胸に右手を当て、


「千蔵、来ていたなら一言声をかけい!」


 千蔵は頭を上げると、


「源三郎様の邪魔をしてはならぬと思いました故」


 と言葉短めに言った。

 源三郎は困ったような顔で、


「お前は誠に優れた忍びであるが、その無口は何とかならんもんか」

「忍びは余計な事を言わぬものでございます」

「しかし、他の者・・・惣吉、弥三郎など皆普通におしゃべりはするであろう」

「他の者は他の者でございます」


 千蔵は表情を変えない。


「まあ、よいが・・・で、どうした?」


 源三郎は手ぬぐいで汗を拭いた。


「火急でござる」


 千蔵が頭を下げて言うと、源三郎は呆れたような顔で、


「火急なら尚更待ってないで早く言え・・・」


 と、ぶつぶつ言った。


 千蔵は、それが聞こえてか聞こえずか、


「城戸が徳川家康に攻撃されて滅びました」


 と、短い報告をした。


「何だと!?」


 源三郎は驚きのあまり、持っていた弓を落とした。


「城戸が・・・嘘ではないのか?明後日には婚儀の話し合いに城戸から使いが来るのだぞ?」

「無口な忍びがわざわざ嘘を言いましょうや」

「む・・・それもそうだ。では誠か。しかし何故徳川がわざわざ城戸を・・・?城戸にあると言う源氏の秘剣か・・・?」


 源三郎は顎を触って自問する。


「わかりませぬ」

「そうか・・・で、城戸はどうなったのだ?」

「別の者の話では、徳川は城戸家の者だけでなく、民まで全て皆殺しにしたと」

「何っ?本当か?何と言うむごいことを・・・」

「当主城戸宗龍様は自害されたようです」

「そうか、残念だ・・・。で、では嫡男の礼次頼龍殿はどうなされた?」

「わかりませぬ。ただ話が漏れ出て来ぬと言うことは討ち取られたやもしれません」


 そう千蔵が言うと、源三郎は難しい顔で、


「そうか、折角婚儀が決まったと言うのに・・・残念だ」


 と、肩を落とした。


「まずは父上に報告しなければならないが」


 源三郎は呟くと本丸の方を見た。


 源三郎は本名を真田源三郎信幸と言い、真田家当主真田昌幸の嫡男である。

 後の世に真田幸村と言う名で戦国最後の伝説となった真田源二郎信繁は実の弟であるが、今は豊臣秀吉の人質となっておりこの上田城にはいない。


「それよりも、せっかく決まった礼次殿との婚儀。本人に言うのは辛いのう」


 源三郎は溜息をついた。



 

 上田城内の一室。

 窓から射し込む淡い光が、一人の美少女の大きな瞳をキラキラと輝かせていた。


 しかしその瞳に映る物は、およそこの美少女の可憐さに似つかわしくない物騒な物であった。


 年の頃は、16、17ぐらいであろうか。


 美少女は袖を大きくまくり、机の上で夢中になって火縄銃を弄っていた。


「そうか・・・ここが火皿ね・・・そしてここに火薬を入れると・・・」


 少女は楽しそうにぶつぶつと何か言うと、立ち上がって別の机の前に移った。

 その机の上には木炭、黄色い石のような物、白と茶色の濁った石のような物が置かれていた。

 少女は畳の上に広げた巻物とそれらを交互に眺めた。


「えーっと、こっちが7割、これが2割・・・でいいのかしら?」


 少女は書物を参考に火薬を作ろうとしていた。


「姫様・・・」


 障子を開けて、老女が入って来た。


「おみね、どうしたの?今集中してるんだから邪魔しないで」


 少女は振り返りもしない。


「またそんな物騒な物を弄って・・・。医術や薬は人を救えるからいいですが、種子島や火薬などと言う人を傷つける物は女子が弄るものではございませぬ」


 と、おみねはたしなめた。


「そんなこと誰が決めたのよ」

「折角縁談もまとまったと言うのに・・・婿様がどう思うやら」

「相手は源氏の名門、城戸家の嫡男でしょ?種子島に詳しかったら役に立てるじゃない」


 少女は笑って言った。


「そう言うことではございません」


 おみねはため息をついた。

 しかし少女はまるで意に介さない。

 それどころか鼻歌を口ずさみ始めた。


 注ぎ込む光が強くなり、部屋が黄金色に染まった。

 少女はその光の中に包まれ、まるで楽しい玩具で遊ぶかのように火縄銃と火薬を弄り続けた。

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