第53話 上田城の大手門

「私も」


 ゆりが緊張した表情で短筒を構えた。


「ゆり、危ない。君は元々関係ないんだ、向こう側に行ってろ!」


 礼次郎が言うと、


「嫌!」


 ゆりははっきりとそれを拒否した。


「何言ってるんだよ! 遊びじゃないんだぞ!」


 四方の真田家の者達は、獲物を狙う猛獣の如くじりじりとその間合いを詰める。


「いいか、ゆり様は傷つけるなよ!」

「城戸礼次郎だけを狙うんだ!」


 と、彼らが一斉に飛びかかって来ようとしたその時、後方より追って来た十数人のうち何人かが悲鳴を上げて倒れた。


「なんだっ!?」


 彼らが振り返ると、そこには得物を構えた二人の大男が全身から闘気を発して立っていた。


「あっ!!」


 その二人の姿を見ると礼次郎は表情を明るくして叫んだ。


「順五郎、壮之介!!」


 その二人は槍の順五郎と錫杖の壮之介。

 二人は礼次郎を探して必死に走り回り、危機一髪のところで追いついて来たのであった。


「間に合って良かったぜ!!」


 順五郎は礼次郎を見るとほっと安心した様子。


「ご無事で何より。今行きますぞ!!」


 壮之介が周りを睨み回した。

 そして二人はそれぞれの剛腕から槍と錫杖を唸らせて真田家の侍達に躍りかかった。


「怯むな! 相手はたった三人なんだ、かかれ!」


 真田家の一人が激を飛ばして順五郎と壮之介に向かって行ったのを合図に、戦闘が始まった。


「よし、こんなところでやられてたまるか!」


 二人の加勢に再び奮い立った礼次郎は、身を低くして飛鳥のように前方の六人に飛び込んで行った。

 だが、その眼前に蔵の上の真田忍者達が飛び降りながら斬りかかって来た。


「危ない!」


 それを見たゆりが短筒の引き金を引いた。

 轟音を上げた銃弾が一人に命中して倒れた。


「すまん!」


 と礼次郎は言ったが、それでも蔵から飛び降りて来た真田の草の者らは合計九人、更にその向こうには五人の武士。いかに今宵の礼次郎の剣が冴えていようと流石に不利かと思われた。


 しかし、彼はここに来て更にその精神と感覚が一段と研ぎ澄まされたようであった。

 礼次郎は相手方の動きの隙を縫って飛び回り、その攻撃を次々に躱しながら剣を縦横無尽に閃かせ、一人、二人と一撃で地に沈めて行った。


 すぐに眼前の真田家の武士達をなぎ倒した順五郎と壮之介が加勢に駆けつけて来たが、


「今夜の若は凄いな。こんなに腕があったっけ?」


 順五郎は驚きに目を丸くした。


「確かに素晴らしいが、そんなことを言っている余裕は無いぞ!」


 壮之介は加勢に走り出す。

 順五郎も慌ててその後を追い、


「ゆり様は後ろに控えててください!」


 と、ゆりを後ろに下がらせて敵の前に飛び出ると、槍を左上段より振り下ろした。

 唸りを上げた槍が数人を吹き飛ばし、更に高く跳躍して襲いかかって来る真田忍者を下から鋭く突き刺した。

 壮之介もまた鋼の錫杖を振り回し敵を叩き飛ばして行く。

 こうしてますます太刀筋の冴えた礼次郎に二人の剛勇が加わり、全ての者を斬り伏せ、あるいは叩き伏せた。


「凄い」


 背後で一部始終を見ていたゆりが驚嘆の声を上げた。


「これぐらい何てことないぜ」


 順五郎は笑った。

 礼次郎は二人に歩み寄って行くと、


「よく来てくれた、危ないところだった」

「うむ、何とか間に合ってようございました」

「上田城から出られる大手門はもうすぐそこだ、急ごう」

「そうでしたか、ではぐずぐずしてられませんな」


 四人は再び走り出した。


 頭上天高く、晴れていた夜空に雲がかかり始めていた。


 四人は段々と広くなる道を走り、突きあたった角を右に曲がった。

 道はますます広くなり、ちょっとした広場の様相を呈している。


「あれだな!」


 礼次郎が指差して言った。

 その方向には大きな門があった。

 間違いなく三の丸から外に出る大手門である。


「そうよ、良かった、まだここには手が回ってないみたい」


 ゆりが胸をなでおろした。


 だがそう簡単には行かなかった。


「がっちりと閉められてやがる!」


 礼次郎は愕然とした。

 非常時以外は開けられたままであるはずの大手門が、その高く重い鉄の扉をがっちりと閉めていた。


「くそっ、どうなってんだよ!」


 順五郎が悔しげに門の扉を蹴った。


「当たり前と言えば当たり前か。今は奴ら真田家にとっては非常時だ」


 壮之介が見上げて言った。


「落ち着いて、かんぬきはどうなってる?」


 ゆりは大きな鉄のかんぬきを触ったが、


「ダメだな、しっかりと鍵がかかってやがる」


 かんぬきを見た礼次郎がいまいましげに言った。

 すると壮之介が、


「むう。ちょっと離れててくだされ」


 と、錫杖を構えた。

 言われるがままに三人は門から離れると、壮之介は気合いと共に錫杖をかんぬきに向かって叩きつけた。

 だが、鉄のかんぬきはわずかにその形を曲げただけであった。


「駄目かあ」


 ゆりがうなだれて溜息をついた。


 その時。


「そこまでだ」


 と、背後から大声が飛んで来た。


 礼次郎らが振り返ると、そこには、十間(約18メートル)ほど向こうに、真田家重臣の矢沢三十郎頼康が十数人の部下を従えて立っていた。


「よくもやってくれたな」


 矢沢頼康は不敵に笑う。


「もう少しだったのにな」


 礼次郎は舌打ちした。


「何、大丈夫だ、相手は十人ちょっとだ、俺たち全員で戦えば負けないぜ」


 と順五郎が笑って槍を構えた。


「そうかな?」


 しかし矢沢がにやりと笑うと、矢沢の後ろ、四方より続々と駆け付けて来る真田家の侍、草の者達。


「あっ……」


 ゆりが驚いた。

 あっという間に集まって来たその数、ざっと見積もってもゆうに百人は超えていた。


「そうか、最終的にはここで待ち構えてればいいんだもんな。」


 礼次郎が悔しげに周りを見回して言った。

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