君の涙
ヒロカワ
君の涙
『その涙は誰の為?――…』
昔、付き合った男に言われた。なんで泣いていたのかもよく覚えてない。 ただ、その日はクリスマスだった。雪が降る公園のベンチにふたりで腰掛けて、私はただただ泣いていた。彼は困った顔をしていたっけ。それがきっかけでその男とは別れた。恋愛なんてそんな物。そう思ってからは仕事に打ち込んだ。もう恋愛なんてしないと決めた。
けれど、最近職場で妙に絡んでくる男がいた。
「ねぇ、
「いいえ、帰って猫に餌をやらなきゃいけません」
「え、猫飼ってるの!? 俺、猫好きなんだよねー。ちなみに種類は?」
「はぁ……スコティッシュフォールドですけど……」
「え、めちゃくちゃ可愛いじゃん! いいなぁー、ちょっと見させてもらうのもダメ?」
「いや、そんな可愛い言い方されても無理なものは無理です」
「ちぇ、ちょっとくらいイイじゃんー」
本当に猫が好きなんだろう。私の隣でブーブー文句を言っている。目の前の席の課長が苦笑いしながら松谷さんに話し掛ける。
「いくらお前が猫好きでも、年頃の娘さんの家に行くのは感心しないぞ」
「えー、そうですか? そうかぁー……あ、じゃあ職場に連れてくるとか」
「無茶を言うな、松谷」
「はーい…」
課長に言われ、しょんぼりする松谷さん。なんだか可哀想になってきた。
「帰ってから一緒に外で遊ぶのでその時で良かったらご一緒しますか?」
「え、ホント!? いいの!?」
キラキラと目を輝かせる松谷さん。まるで少年の様だ。可笑しくなり、少し笑ってしまった。
「あー、何笑ってんだよ。猫好きは昔からなの! しょうがないだろ」
「ごめんなさい。じゃあ、仕事終わったら私の家の近くの公園まで一緒に行きましょう。そこでしばらく待っててもらえますか?」
「おぅ、了解」
*****
「お待たせしました」
「おー、お前が永江さんの猫かー可愛いなぁ」
「あんこです」
「またなんと言う名前を……」
「この子を飼ったときに、丁度お饅頭が食べたくて。私、こし餡派なので。あんこです」
「そっかー。お前そのうち食べられないように気をつけろよー、あんこー」
松谷さんがあんこの首を撫でる。あんこは気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。
「この子、滅多に人に懐かないんですけど松谷さんが猫好きって分かるんでしょうか?」
「だろうね。俺、野良猫にも大体好かれるからさ」
自慢げに語る松谷さん。そこ、自慢するところじゃない気が……。
暫くあんこと遊んでいた松谷さんだったが、急にこちらに向き直り真剣な表情を作った。
「ねぇ、永江さん。俺と付き合ってくれませんか?」
「え……?」
「俺、ずっと松江さんが好きでした。付き合ってください」
真剣な瞳で松谷さんはそう言った。誰もいない公園。吹き付ける風は冷たくて耳がジンジンと痛くなるくらい。あんこは気持ちよさそうに松谷さんの腕に抱かれている。私はーー……。
「ごめん、なさい……今、恋愛って考えられなくて……」
「…………」
「あの、松谷さんの気持ちはすごく嬉しいです。だけど、私、怖くて……」
「怖い? 恋愛が?」
「はい……一昨年のクリスマスに昔付き合ってた人と別れたんです。その別れ方がなんと言うか……お前の考えていることはよく分からない、と言われまして、それから恋愛が怖くなりました……」
「ねぇ、永江さん。その人はどうしてそんな事言ったのかな?」
「私、クリスマスにいい思い出がないんです。だから、その時も泣いちゃって……どうして涙が出たのか覚えてないんですけど……」
「じゃあ、俺とその答え見付けない?」
「え……?」
「ほら、あと一分でクリスマスだ。俺と一緒にその答えを見付けよう?」
「っ…………」
「何で泣くのー? もうー」
そう言って松谷さんが涙を拭ってくれる。その優しさが嬉しくてまた涙が出た。
「あれ、なんか止まらなくなりました…」
「もー、可愛いなぁ」
松谷さんはあんこを地面に下ろし変わりに私を抱きしめた。松谷さんの温もりが体を包む。暖かい。
「ちょっとずつでいいからさ、どうかな……?」
「……良いんですか? それで」
「いいよ。いくらでも待つさ。俺は君が大好きだから。猫よりもね」
「ふふ、松谷さん面白い」
「やっと笑った。ねぇ、一応確認するけど俺はもう君の彼氏?」
「そう、なりますね」
「じゃあ、キスしていい?」
可愛くねだる松屋さんを見て断る事は出来なかった。私は小さく首を縦に振った。
「好きだよ、
唇が重なる。待っている間にコーヒーを飲んだのだろう、少し甘めのコーヒーの匂いがした。
「今日はとびきり楽しいクリスマスにしてあげる。だから、もう泣かなくて良いんだよ」
「はい、お願いします……」
あんこが私たちを見上げてニャー、と鳴いていた。
私はもう、クリスマスに泣くとしても貴方の為に泣くだろう。でもそれは、悲しい涙なんかじゃない。
きっとーー……。
君の涙 ヒロカワ @hirokawa730
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます