わたしが紡ぎ、彼が語る物語。 二つは同期し、捧げられる。その帰結は未だ知らない。
1.
それは、記憶だ。
夢の中で再現される過去の映像。
擂り鉢状の野外舞台で、一組の男女が仲睦まじく食事をしている。
手製の弁当から卵焼きをつまみ、男の口元まで運ぶ女性の名は、
陰鬱な瞳をした色白の少女と、彫刻のような貴族然とした顔立ちの青年。少し不自然なコントラストを、午後の陽光と、学生たちの喧騒が曖昧にしている。
世界が揺らぐ。
コマ落ちのような一瞬。その後の世界は、微妙な色調の変化を見せる。それはまるで、プロジェクタが一瞬で取り替えられたかのように。あるいは撮影日が異なる動画を、無理やり編集して繋げたかのように。同じはずの風景が、時を経てまったく違うものに見えてしまうように。微細だが決定的な変化が、そこに生まれている。
「食べて」
そう言って卵焼きを差し出す女性。その顔に浮かぶ柔和な笑顔。だがその目を伺うと、そこには微かな悪意の光が宿っている。
『スナドリ……』
映像に割り込むようにして、彼の声が響いた。映像の彩度がやや落ち、動きがもたつく。彼が意識のリソースを、記憶の参照から記憶の推論に割いたからだろう。
遅延した世界の中で虚ろに響く、彼の独白。
『なぜなんだ、スナドリ。あの時の君は、どこまでが真実なんだ? 僕たちのあの思い出は、どこまでが本物なんだ?』
画面が冒頭に戻っては、仲睦まじい二人の様子を何度も繰り返す。だがその様相は、繰り返すたびに次々に変化した。彼女は時に憤怒の表情を浮かべ、深い諦観に沈み、時には明確な嘲弄の色をその瞳に浮かべる。手に持って彼の口元へと運ぶ食べ物もまた、次々に形を変える。脈打つ内臓。素焼きの皿。大量生産の糧食。千切れた腕。笑う人形――
何度も繰り返される推論と演繹。脳内の機械群が生み出す、夢と言う名の情報処理演算。機械仕掛けの悪夢。
もっとも、その悪夢を悪夢たらしめているのは、他ならぬわたしなのだが。
彼の夢に介入し、演繹を妨げる。
あらゆる推論は収斂することなく霧散し、そしてまた地獄の悪夢が繰り返される。答えに到達することのない、永遠の質疑のループ。
これでいい。
彼の困惑の波動を受け取りながら、わたしは微笑む。
キジマ、君の推論はきっと正しい。だからこそ、それは間違っている。
過去の意味づけと切り分けは、この物語を正しい方向には導かないのだ。
だから、もっと迷え。疑え。憎め。悲しめ。
永遠に解けない過去と組み合って磨り減り続けろ。
その先にこそ、わたしの望む帰結がある。
『スナドリ、スナドリ、スナドリ、スナドリ……!』
虚ろな彼の問いかけに、画面の中の彼女が口を開いた。
「藝術は、意味を失っている」
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