April 11, 2129 at 16:37~

 透視、浮遊、霊媒に気功…超能力というのは概して否定されがちなものだ。

 しかしながら、ここコーカサスには政府お墨付きの超能力者達がごまんといる。

 インフィニタスinfinitous。『無限の者』を表す造語で呼ばれる彼らは、自他の体内に流れるバイオエナジーを変換、或いは媒介として個々が持つ様々な‘能力’を行使する。否、彼らはどちらかといえば『特殊能力者』というべきだろう。

 例えば、四島小櫃もまたインフィニタスだ。インフィニタスの能力は、一部の有識者達の尽力によって系統付けられ、上位・下位互換も含めて五十種類以上が発見・命名されているが、小櫃の持つそれは『スキャニング』とよばれるものであった。

  通常バイオエナジーは、ある一定以上の密度を持たねば視認できず、体内を流れるものも勿論見えない。だがスキャニング能力者はその限りではない。眼球周辺のバイオエナジーが特異な流れ方をしており、その作用によって、たとえ壁越しであろうとバイオエナジーが視えるのだ。しかも副次的効果として、鷹並みの視力と蝿並みの動体視力、角膜表面のモスアイ構造と、網膜組織の瞬間的再構築による異常な暗視能力も持ち合わせる。

  この能力を以ってすれば、部屋にいるクリスティールの取り巻きが一斉に殴りかかってこようと、それを見切るのは赤子の手を捻るようなものだ。

「おらあっ!」

「きえええええい!!」

「しねっ」

小櫃は全員のバイオエナジーの流動パターンから、自分のどこに向けて放たれる攻撃なのかを瞬時に割り出した。迫る拳を手品さながらにすり抜け、一人の背中を無造作に後方へ足蹴にする。窓枠に正面衝突したその一人が鼻血を出しながら倒れたのに数人が驚き、振り向いたが、その時にはもう遅い。

「悪いが格闘には付き合えん」

小櫃の右腕が、彼の肩の高さまで素早く持ち上がる。それは当然、右腕に嵌めるような形で装備された武器が、今にも牙を剥かんとすることと同義である。自分の言葉の意味を理解する暇も与えず、小櫃は部屋の中を水平に‘薙ぎ撃った’。青白い何かが武器先端から亜音速でばら撒かれ、その全てが取り巻き達に直撃、意識を刈り取る。

 アームキャノン。Gアームズが製造販売している、バイオエナジーを用いる筒型携行兵器だ。バイオエナジーを腕から体外に取り出し、それを様々な形態に変化、形成及び射出を行なう精密機器であり、正確には銃器という定義ではない。具体的には、銃口から弾丸化したバイオエナジーを撃ち出す、刀身化したバイオエナジーを展開する、バイオエナジーの盾を作り出す、というものである。

 Gアームズがバイオエナジーの取り扱い技術開示を頑なに拒んでいる関係上、その根幹を成すとされる『マルチシューターマシン』は完全なブラックボックスだが、バイオエナジーを使用する性質故、唯の銃として見ても、弾切れしない、弾詰まりジャムが起こらない、威力の調整が可能(つまり非殺傷兵器としても使える)などの利点もあって鳴り物入りで売り出された。だがその独特の形状はかさばる上取り回しが難しく、二つのトリガーと三つのダイヤルを操作するという扱い難さ、そして銃に付き物の照準器すらないという不便さから、お世辞にもポピュラーとはいえない代物だ。

 そして小櫃の持つ『アームキャノン・ビツケンヌカスタム』は、そんなアームキャノンに独自の改造を施した、世界に二つとない携行兵器である。オリジナルなアームキャノンをベースに、銃身を短く切り詰め、消しゴム大の超小型ミサイルを格納し撃ち出すマイクロミサイルシステム、生体電位を増幅しコンデンサーに貯めるネオ・トランジスター、空気中の窒素を集めて液化させる圧縮チェンバー、荷電粒子を加速する超小型シンクロトロンなどのハイテク機器を多数搭載している。

 従来のアームキャノンの構想であった、大柄なピストルとしての携行性とハンドリングの良さ、バイオエナジーの性質を利用した強大なストッピングパワーの両立に加え、それまで実用化できなかった兵器――指向性高圧電流銃、液体窒素銃、小型荷電粒子砲――を極限まで小型化して装備しており、その全てが規格外とされる。

 「……マムシは脅かさなければ人を咬まない。悪いのは、貴様の方だ」

気絶した取り巻き達が死屍累々と横たわる惨状。その中で、小櫃はクリスティールに向き直る。彼女は辛うじて被弾せずにわざと外されていたが、何故かその場にへたり込んでいた。

「……くっ、バイオロケーション……!」

 そもそも、小櫃はインフィニタスの中でも極めて異質な存在である。

 インフィニタスの能力は使われる度に進化し、更に強力になっていくが、複数の能力を持つことは極めて稀だ。理論上、インフィニタスの全種類の能力を持つ、即ちバイオエナジーをあらゆる形で完璧に扱うことのできる存在『バイオプライム』が提唱されているが、前例はない。

 小櫃は、『スキャニング』『バイオロケーション』『バイオブースター』の三つの能力を持つ。この地球上で唯一、複数の能力を所持するインフィニタス。バイオプライムに片足を突っ込み始めているのである。

 今小櫃が使用しているのは、バイオロケーション。周囲にバイオエナジーを断続的に放射して、その反射を感じ取ると同時に、半径一キロメートル以内に、指向性を持たせることの可能なバイオエナジーの力場フィールドを発生させ、その乱れを感知することで、視覚に頼らずとも周囲の状況を探ることができる能力だ。

 発生させた力場は、半径四十メートル以内であれば、バイオエナジーの濃度を自由に調整できる。それはインフィニタスを除いた生物の神経系統に対して多大な影響を及ぼし、最早気迫や殺気と呼んでも過言ではない。最大出力ならば、百戦錬磨の老兵士すら泡を吹いて気絶してしまう。

 「投降しろ、クリスティール・フランケンシュタイン。貴様は俺の射程範囲内にいる時点で既に敗北している」

「ふふ……わ、悪いけど、私はしぶとさにかけては……一級品なのよっ!」

若干ふらつきながらも、クリスティールは立ち上がり、懐中に隠し持っていた『それ』を展開、小櫃の喉元に突き立てようと突貫した。

「無駄だ」

その抵抗も徒労に終わる。アームキャノンの銃口からバイオエナジーが刀身化されて飛び出し、青白い光芒を引いて、目にも留まらぬ速さで弾き返してみせた。ボタンのついた小さな筒が宙を舞い、タイルの上に転がる。

「バイオロジカルファングか。マルチシューターマシンの小型化は開発当初から行なわれ続けていると聞くが……どうやらそいつが完成形のようだな。自分の親父に黙って最高機密そんなものを持ち出したのか」

得物を失ったクリスティールは小櫃の前で立ち尽くす。それでも尚彼女の目は、自分より年下のその少年の一瞬の隙を見つけ出さんとぎらついている。美少女らしからぬ目だ。

「……ふん、いつもやりとりしてる癖に、意外と肩入れするじゃない。ついこの間も、コンウェイ秘書からの社長護衛依頼を断ったのにね」

 コーカサスに於ける賞金稼ぎ――バウンティハンターは、現在のそれとは体系が異なる。

 警察組織だけでは犯罪率の上昇に歯止めがかからず、その対策として打ち出された、年齢制限の存在しない民間個人武装警察制度、及び職業。それがバウンティハンターである。ハンターは依頼人クライアントから、指名手配犯の調査・捜索、強盗やバスジャック犯の取り押さえ、マフィアの取り締まり、要人警護、その他様々な依頼を受け、それに見合う報酬を要求。成人のハンターには報酬分の一定割合を納税する義務が発生し、依頼人の口座には後日報酬分の金額が政府から振り込まれる仕組みになっている。

 「……俺達フリーランスバウンティハンターは、貴様らのような政府や企業の道具ではない。俺自身、戦うことでしか自己の正義を実現できなかったが、……いつも自分の意思で戦ってきた」

「ハッ! よく言うわ。私も貴方も同じよ。決してマムシみたいなハンター捕食者じゃない。大きくても、所詮はハゲタカ。治安の悪さにつけ込んで、報酬という名の腐肉恩恵を貪るスカベンジャー腐肉食者に過ぎないわ」

だが近年、多額の報酬金を実質政府が負担すること、そして殆どのハンターが特定の企業と専属契約を交わしていることに反対する勢力が現れ、反バウンティハンター運動が勃発。それに便乗し犯罪率は更に上がっている。今や小櫃のようなフリーランスはマイノリティーである。

 「……」

固唾を呑んで見守るアルカ。彼はこの場の空気こそ一触即発というのだろうと考えた。バイオロケーションの影響を受けても尚立ち上がり、攻勢に出るチャンスを窺うクリスティールというこの少女に、アルカは脅威を感じていた。先のは小櫃の戦闘能力の片鱗にも満たない、しかしひょっとすると、彼女は彼と対等に‘やれる’かもしれない。

 不気味な静寂を、クリスティールの背後に閃く赤毛が破った。

「えいっ!!」

「のっ?!」

振り下ろされたビール瓶。クリスティールの後頭部に直撃し、砕け、その一撃で以って沈黙させた。あっけない。アルカは拍子抜けし、続いてほっと一息吐いた。

 「……帰るぞアルカ」

展開したままのバイオエナジーの刃で手足のロープを切り裂き、小櫃はアルカに告げる。そして大手柄を立てたカナに向き直り、

「依頼人はお前だな。アルカに今度飯でも奢ってやれ」

淡々と、報酬の内容を伝えた。




 ロス高より東へ五キロメートル弱、エリア840郊外に続く緩い勾配の坂道を並んで登りながら、アルカは小櫃への感謝の言葉を模索していた。

 小櫃は自分より一つ年下だ。だが、意思を簡単には曲げない、自分とは正反対な男。血塗られた過去の記憶を糧に、自らの正義の道を、迷わず、恐れず、諦めず、ただひたすらに突き進む。アルカにとっては、小櫃は友人であると同時に憧れの的でもあった。

 「アルカ」

不意に小櫃から声をかけられて、アルカはそれに対応するタイミングを掴み損ねた。

「な、何?」

「あの女……クリスティール・フランケンシュタイン、奴には気を付けろ」

小櫃はまだあの人をフルネームで呼んでいる――アルカは、クリスティールが小櫃にとって何か重要な‘標的’となっていることに気付いた。歩みと共に会話は進む。

「僕にあんなことしたから?」

「それ以前の問題だ。奴は、」

一呼吸置き、小櫃は続ける。

「コーカサスの政権奪取を狙う武闘派バウンティハンターだ」

「えっ……?!」

その言葉に、アルカは心底度肝を抜かれた。

 現大統領アダム・イリイチ・マカロフは、二年前の選挙戦以降、エラー対策を主軸に政策を進めてきた。エラーへの大量破壊兵器の不使用を元軍人の有識者やタカ派から弱腰と非難されつつも、マカロフはむしろ強硬的に政権を維持してきた。だが、農業政策の失敗で立場が危うくなってきた上、半年前、エラー対策本部内で過去に研究されていた「非倫理的な」対エラー用兵器の数々の資料が外部に流出してしまった。ある意味で最大の切り札を破られ、マカロフの足場は急速に崩れ始めている。

 そしてこれを機に、前大統領選に敗れたラダム・ノルキフィやロイ・アームストロングを担ぎ、反マカロフ派を糾合して現政権を覆し、権力を奪取しようと画策する一派がある。その急先鋒が、ロストプス工科大学附属高校生徒会長にしてバウンティハンター、クリスティール・フランケンシュタインである――小櫃はそう説明した。

 「奴は自分の親父ハルベルトが経営するGアームズと専属契約を結び、後ろ盾にしている。しかもそれには飽き足らず、奴はエラー対策本部が導入しようとしているお前のバイオドライブの情報を盗み出し、権力奪取の切り札にせんと企んでいるらしい」

アルカは戦慄した。自分の姉の関係者の娘、それ程近い場所に悪意が忍び寄っていたことに(無論クリスティールが‘ハルベルトの娘である’ことに対しても同じ気持ちがなかった訳ではない)。

 小櫃からの情報で推し量れば、ハルベルトは娘の悪行を見逃している――本人が認知しているか否かはともかく――ということになる。そして社長と大統領の威信が賭かっている、という姉の言葉は、クリスティールのような存在を予見、或いは既に気取っていたのではないだろうか。リディアを疑いこそしないが、それでもアルカが忘れかけていた危機感を取り戻すには相応であった。

 「奴らがベーシスミッション中に行動を起こすという情報を、三日前に奈菜子が掴んでいたんだ。今回お前をすぐに助けられたのは、依頼を受けた受けない以前にお前についてきたからだ。万一の場合には、クリスティールやその部下を殺すことも視野に入れていた」

バウンティハンターは、殺した対象が犯罪者であるという証拠が揃えば罪に問われない。本来なら殺さず捕まえる方が困難で、報酬金も多いが、小櫃は友人の為躊躇なしにその特権を振りかざすつもりでいた。小櫃はアームキャノンを握っていない左手でアルカの右肩を掴み、生まれつきハイライトのない赤い目を、アルカの視線と合わせた。

「今回の作戦の成果を対策本部の職員に通達したなら、悪いことは言わん、すぐにソルボターリから出るんだ。ただし、あの女の件については報告を控えろ。俺はまた奈菜子と情報を集める」

 小櫃の手から解放され、アルカは僅かに後退りした。そして彼特有の、自信なさ気な顔で小さく首肯する。それを見て、小櫃は先程までの厳格な雰囲気を崩した。

「リディアが暁風荘で待っている。のどかと談話中だ。今日の夕食は俺が作ろう」

久し振りに、一緒に食べよう。小櫃はアルカを労うように、穏やかな笑顔でそう付け足した。

 峠を越えた先に、道を挟んで二軒の家が見えてきた。

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Bio Force 影のビツケンヌ @ReBitCanenu2

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