第39話 運命の対決
城門に現れた王国最強の騎士。その威風堂々たる姿に、王国騎士達は戦慄する。
このような存在に、我々は立ち向かわなくてはならないのか――と。
「無茶だ……やっぱ無茶だよ、ヴィクトリア様と戦おうなんて!」
「バルスレイ将軍が敵わないのに、帝国騎士団だって負けたのに、俺達がどうこうできるはずないじゃないか!」
その威圧感に屈してか、戦う前から彼らは尻込みしてしまっている。その姿を一瞥するヴィクトリアは、深くため息をついた。
「……ここまで性根が腐っていようとはな。父上が健在だった頃とは、まるで正反対だ。やはり、私が血を代償に創り直すしかなさそうだな」
次いで、瓦礫の上に乗った体勢から、弍之断不要の構えを見せる。――この瓦礫全てを弾丸に変え、ぶつけるつもりなのか。
「いけないッ! 騎士団よ、引きなさい! 逃げなさいッ!」
ようやく追い付いたダイアン姫は、その光景からヴィクトリアの行動を読み、悲鳴にも似た声色で叫び出す。石畳を砕くだけでも相当な威力だったというのに、巨大な瓦礫や木片で同じ技を発揮したら――どれほどの被害になるというのか。
少なくとも、多くの騎士が集まっているこの状況で破散弾を使われるようなことがあれば、王国騎士団が全滅する恐れがある。……恐らくはそれこそが、彼女の狙いでもあるのだから。
「――砕け散れ、跡形もなく!」
そして、姫騎士の予感に沿うように――ヴィクトリアの剣が振り上げられた。
それを目の当たりにした誰もが、悲劇の到来を悟った――その時。
「血の代償なんか、いらないッ!」
けたたましい少女騎士の叫びが王宮内に轟き――青い髪の少女が、騎士達を掻き分けてヴィクトリアの前に立つ。
かつてダイアン姫と共に指導したこともある、先代騎士団長の忘れ形見を前に――ヴィクトリアは初めて、剣を止めた。
「ロークか……。腐った騎士ばかりだと思っていたが、お前は違うようだな。立派な顔付きになっている」
「ヴィクトリア様! 確かに、今の王国騎士はダメダメかも知れねぇよ! けど、だからって王国人同士が傷付け合うなんて間違ってる! アイラックス将軍が、そんなこと望むもんかよ!」
「望むはずは、ないだろうな。そんなことはわかっている。だが、今の惰弱な王国をそのままにしていては、遠からず次の侵略に屈してしまうだろう。それを避けられるならば、誰にどれほど忌み嫌われようと、蔑まれようと私は構わん」
「そんなっ!」
「――さぁ、そこをどけ。お前という芽まで摘んでしまっては、再興も何もあったものではない。私達で力を合わせ、どのような力にも屈さぬ王国騎士団を創り上げるのだ」
ロークにとって、ヴィクトリアは師匠であり母でもあった。そんな彼女からこれほど買われているとなれば、両手を上げて喜んでいたに違いない。――彼女の手に、勇者の剣がなければ。
「違う……違うよ、そんなのっ……」
「そこまで拒むというなら……お前にも一度、味あわせておくべきか。真の力が、如何程のものかを」
ダイアン姫の説得にも耳を貸さなかった、とは聞いている。もとより説得で解決できるとは期待していなかった。それでも、かけがえのない存在であるヴィクトリアの変わり果てた姿には、ショックを隠し切れないでいた。
――すると。
「どく必要はないさ。彼女に破散弾が当たることは、万に一つもない」
澄み渡る青年の声に、ロークはふと顔を上げる。見上げた先には、月明かりを背に浴びながら穏やかに微笑みかける、美しい黒髪の騎士がいた。
吸い込まれそうな黒い瞳に見つめられ、少女騎士の鼓動が微かに高鳴る。次いで、それを感じた彼女自身は彼に悟られまいと、慌てて視線を逸らしてしまった。
「……おせぇよ、いつまでチンタラしてたんだ」
「悪かったよ。ちょっと、忘れ物を取りに戻っててね」
「忘れ物? ……あっ!?」
すると、彼女の前に愛用の短剣が差し出された。それは本来、戦いに出向く騎士が必ず携行しなければならない得物であるはず。
今の今まで、自分が丸腰だったことに気づかなかったロークは、らしくない自分のミスに驚愕していた。
「剣なんかに頼らなくたって、ヴィクトリア様ならきっとわかってくれる。心のどこかでそう信じていたから、無意識に剣を持たずに飛び出しちゃったんだろうね」
「オ、オレは……」
「――ジブンも、叶うならそれが一番だと思っている。残念ながら、君の思うようには行かなそうだけど……安心していい。決して、君の剣をここで振るわせたりはしない」
家族のように育ってきた少女騎士の切ない願いを、容赦なく踏みにじる勇者の剣。その刀身に纏われた邪気を睨み据え、黒髪の騎士――ダタッツは静かに、剣を抜く。
「ついに現れたな。とうとう、この日がやってきた」
「……」
「――帝国勇者。貴様さえ討てば、父とこの国の無念も晴らされよう。そして姫様やロークも、お喜びになるに違いない。……諸悪の根源を、今ここで絶たせてもらうぞ。かつて貴様が振るった、この勇者の剣でな!」
そんな彼の姿を見据えた瞬間、ヴィクトリアは瞳に炎を滾らせ、勇者の剣を再び振り上げる。今度こそ、容赦のない破散弾を放つつもりだ。
それを察した王国騎士団は悲鳴とともに武器を投げ捨て、方々に退散して行く。まるで、蜘蛛の子を散らすように。
だが、ヴィクトリアはそれに気を留める様子も見せず、ただ静かにダタッツを睨みつけていた。もはや彼女にとって、帝国勇者以外の敵など眼中にないのだろう。
「……一つだけ間違ってるよ、ヴィクトリア。ジブンを討てば、確かに無念は晴れるかも知れない。けれどもう、この国の人々は血など望んではいないんだ」
ダタッツは後方で倒れ伏しているバルスレイと、不安げに自分を見つめるロークの方に振り返る。そして、心配いらない、と励ますように微笑み――凛々しい面持ちで、ヴィクトリアの方へと向き直るのだった。
「ダタッツ様……!」
一方。とうとう始まってしまった二人の戦いを前に、ダイアン姫は息を飲む。黒髪の騎士の凛々しい姿に、思わず頬を染めながら。
「――姫様。今、目を覚まさせてご覧に入れます」
「……!」
そんな彼女の様子を一瞥し――ヴィクトリアは迷うことなく、再び弍之断不要を放った。剛力のまま垂直に振り下ろされた一閃は、大量の瓦礫を一瞬で破片に変え――ダタッツを襲わせていく。
もはや、さっきの破散弾とは次元が違う質量であった。大砲さえ容易に凌ぐ破壊力を孕んだ瓦礫が、雨のようにダタッツに迫る。
「……」
だが、ダタッツは決して逃げない。避けようとする気配もない。ロークやバルスレイを庇うような立つ彼は、一歩も引くことなくゆっくりと盾を構えた。
「む、無理だよ帝国勇者! そんな鉄の盾で防ぎ切れるわけが――」
そして、ロークの言葉が終わる前に……一つ目の瓦礫が、ダタッツの盾に触れた。
刹那。彼の盾は瓦礫の表面を撫でるような軌道を描き――側面にたどり着いた瞬間、押しのけるような力を加えた。
すると、ダタッツを押し潰すはずだった瓦礫は川のように流れを変え、地面に激突していった。
(……!?)
(なにが……起きていますの……!?)
その光景にダイアン姫もロークも目を見張り、硬直してしまう。それが偶然による現象ではない、ということがすぐに証明されたからだ。
――同じように、彼に向かっていく瓦礫の全てが、盾で弾かれて行ったことによって。
(あれは、予備団員用の簡素な盾でしかないはず! 普通、あんな巨大な瓦礫を受け止めようとしたら盾の方が一瞬で壊れるはずなのに!)
(どんなカラクリで破散弾を凌いでるんだ、こいつは!?)
ヴィクトリアは足元から瓦礫がなくなるまで、幾度となく弐之断不要を放ってきた。その都度、瓦礫は砲弾となってダタッツに迫ったのだが――彼に命中した瓦礫は、一つもなかったのである。
――そう。瓦礫が一個もなくなり、ヴィクトリアが攻撃を止める瞬間まで。
ダタッツは、擦り傷一つ負っていなかったのだ。
「……全弾、パリィしたのか。さすがだな」
「ジブンもまだ、討たれるわけには行かなくてね」
破散弾を立て続けに撃ち続けていたヴィクトリアも、それを防ぎ続けていたダタッツも、涼しい表情のまま互いを見つめていた。
だが穏やかなのは彼らだけであり、城門周辺は戦いの余波で、甚大な被害を被っていた。あちこちに隠れていた王国騎士団も、揃って腰を抜かしている。
ダイアン姫とロークも――二人の余裕を残した態度に、驚愕していた。
「パリィ……!? 相手の攻撃を盾で受け流す、あのパリィ!? それで破散弾を全て打ち落とした、とでも言うの!?」
「こ、これが……勇者と勇者の末裔の……超人同士の、戦いなのか……!?」
そんな彼女らの様子を尻目に、ダタッツとヴィクトリアは再び剣を手に睨み合いを始める。先ほどの凄まじい攻防など、なかったかのように。
「貴様のしたことは風の噂で聞いている。ババルオを、倒したそうだな。……何を望む? 帝国を裏切り、王国に取り入り、畏怖と憎悪を浴びてまで、貴様は何を望んでいる?」
「……贖罪」
「贖罪、か。ならば大人しく、この剣にかかるがいい。命を差し出せば、もう罪の意識に苛まれることもなかろう」
「――死ぬことが許されたなら、ジブンはすでにそうしていた。苦しみから逃れるための死など、逃げ以外の何物でもない。だからジブンは、生きて君達に償い続けなくてはならないんだ」
そして――ダタッツの強い眼差しに射抜かれた女騎士の眼光が、鋭さをます。刹那、彼女の籠手がギリギリと柄を締めつけた。
「そうか、それはご苦労だったな。――ならばその旅、私が終わらせてやろう」
「終わらせるのは君じゃない。――ジブンだ」
その問答が、合図だったのか。ヴィクトリアが剣を振り上げ飛び掛かる瞬間、ダタッツも剣を翳して迎撃に入る。
双方の剣が交わり、激しい金属音が響き渡ると――二人は幾度となく互いの得物をぶつけ合いながら、王宮の中へと戦いの場を移して行く。
ある時はヴィクトリアが攻め、ダタッツが守り。またある時は、ダタッツの攻撃をヴィクトリアが凌ぐ。
休むことなく続く、剣と剣の攻防。それを見守るダイアン姫とロークは、不安げな面持ちで彼らの行方を追う。
一抹の不安を覚えながら――それでも、ダタッツの勝利を信じて。
……一方。
王宮の最上層で、病床に伏していた国王は。
遥か下の階層で繰り広げられている剣戟の音を、微かに感じ取っていた。
「……始まってしまったか」
そして、蚊が鳴くような小さな声で呟き――窓から伺える満月を見上げる。弱った身体に似合わぬ、力強い眼差しで。
――まるで、今夜が見納めであるかのように。
「……今や、頼れる者は貴殿しかおらぬ。……頼んだぞ、勇者ダタッツ」
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