第40話 王宮の死闘
幾度となく交わる剣は金属音を響かせ続け、その持ち主達は絶えず戦う場所を変えていく。
廊下。練兵場。庭園。あらゆる場所で剣を振るい、互いが抱える想いのために戦う。そこに他者が踏み入る余地などなく、少女騎士と姫騎士は固唾を飲んで見守るばかりだった。
刃をぶつけ合い、鍔で競り合う。それを繰り返す彼らは、やがて食堂へと戦いの場を移していった。
ヴィクトリアは無数にある椅子の中の一つを蹴り飛ばし、牽制としてダタッツにぶつける。それを盾でパリィしながら接敵する彼は、追撃の一閃を振るうが――彼女は素早く跳び上がり、テーブルに乗ってそれをかわした。
高所を取ったヴィクトリアは好機と見て剣を振り上げ、弐之断不要の体勢に入る。だが、それを読んでいたダタッツは盾を装備している左手で椅子を掴み、彼女の眉間に投げつけた。
その不意打ちを咄嗟に切り払う頃には――すでにダタッツもテーブルの上に飛び乗っていた。
「ちっ!」
「――ッ!」
ヴィクトリアは素早く踏み込んで斬りかかるが、ダタッツは容易に盾で受け流し、反撃の一閃を振り下ろす。女騎士はそれを横に飛んで回避し、隣のテーブルに飛び移った。
すかさずダタッツも、両足に力を込める。その様子から、こちらに飛び移るつもりと睨んだヴィクトリアは、再び牽制のために椅子を投げつけた――が。
「――飛剣風!」
「ぬっ!?」
待っていたのは、飛び移ると見せかけての飛剣風だった。投げ付けた椅子は真っ二つに両断され、その先から剣の切っ先が迫ってくる。
「ぬ、ぐ!」
反射的にその一閃を勇者の剣で受け止めた彼女だったが、手に力を込めるのが遅れたのか――それほど強力な攻撃ではなかったにも拘らず、勇者の剣を取り落としてしまった。
それを目撃したダタッツは間髪入れず、ヴィクトリアに覆いかぶさるように飛び掛かる。こうして取り押さえることが狙いだったのだと悟った彼女は、身を翻して狙いを外し、彼の顔面を強烈に蹴り上げる。
「ぐ!」
重鎧に固められた脚での蹴り上げを喰らい、ダタッツは空中で半回転しながら転倒し、頭を床に強打する。その隙に頭を踏み潰そうとヴィクトリアは足を上げる――が、ダタッツの反応はそれよりも早かった。
両足を上げ、勢いよく振り下ろす。その動作から生まれる反動を使い、ダタッツは仰向けの姿勢から前方へ向かい、弾かれるように転がって行く。ヴィクトリアの踏みつけを間一髪でかわした彼は、そのままテーブルの下を転がってくぐり、その先にある自分の剣を拾い上げた。
先に武器を拾ったのは、ダタッツ。ヴィクトリアもすぐに勇者の剣を拾うだろうが、それよりもダタッツが次の攻撃に入る方が速いだろう。
勝負はついた。誰もが、そう思った矢先。
「ぬぁあッ!」
「……なにっ!?」
ヴィクトリアは少し離れた自分の剣を拾いにいくことが危険であると判断すると、テーブルを縦にひっくり返し――ダタッツに向けて蹴り飛ばしてきたのだ。
それに気づいたダタッツは素早く跳び上がり、迫り来るテーブルをかわす。だがジャンプに専念する余り着地を誤り、尻餅をついてしまった。
そして、その不意打ちを辛うじてかわし、彼が立ち上がる頃には――すでにヴィクトリアも、勇者の剣を拾い上げていた。
……一方。その戦いを見つめ続けていたダイアン姫とロークは、双方の戦い振りに驚嘆している。そして、埋め難いレベルの違いを肌で感じていた。
「す、すげぇ……あいつ、あんなに強いヴィクトリア様が相手なのに、全然負けてねぇ……!」
「……きっと、血の濃さが原因なのでしょう。ダタッツ様は異世界からやってきた――いわば、純血の勇者。ヴィクトリアは確かに先代勇者の末裔ではあるけれど、勇者の血はダタッツ様に比べれば薄い。だから勇者の剣も、本来の性能が発揮できないでいる……」
「じゃあ、あいつは死なずに……済むってことですよね!」
「……ええ。けれど……」
現状、戦いは拮抗している。純血でない勇者の末裔が勇者の剣を握っている今なら、魔物との交戦経験がないダタッツでも、この邪剣に打ち勝ち、ヴィクトリアを救い出せるかも知れない。
だが、ダイアン姫には一抹の不安があった。その原因は、ダタッツが戦いの最中に取った行動にある。
(あれほど危ない状況でありながら、ダタッツ様はヴィクトリアを丸腰で取り押さえようとしていらした。普通なら確実に殺められるような局面でも、仕掛けることはなかった。まさか、ダタッツ様は……)
その先にある、仮説。それを脳裏に描いた姫騎士は、青ざめた表情で黒髪の騎士を見守る。自分の胸を熱く、甘く焦がした、あの凛々しい横顔を。
「……なら」
ダイアン姫の思案を尻目に、ダタッツは鋭い表情のまま次の攻撃に移る。飛剣風の体勢に入った彼は、真正面から技を繰り出す――と見せかけ、水平に薙ぎ払う一閃で椅子を弾き飛ばした。
それを見切っていたヴィクトリアは難なく椅子を切り払う。……しかし、その時すでにダタッツは高い位置にまで跳び上がり、天井のシャンデリアに迫ろうとしていた。
(シャンデリアを背にして私の視界をくらませた上で、高所からの飛剣風――といったところか。安い手段に出たものだ)
ヴィクトリアに動揺の色はない。すでに飛剣風を破ったことがある彼女には、そのような小細工は通じない、という自負があった。
――だが。
「
「ぬッ!?」
ダタッツの小細工は、ヴィクトリアの予想をさらに凌ぐものであった。
シャンデリアに触れる寸前、というところで上昇が止まり、あとは落ちていくだけ……と見られた瞬間。ダタッツは体を上下に半回転させ、両足でシャンデリアを蹴り付けたのだ。
彼に蹴られたシャンデリアは墜落し、テーブルに激突して破片を撒き散らす。それを目くらましに使いながら、ダタッツはヴィクトリアめがけて急降下していくのだった。
女騎士の予測を上回る速さで、黒髪の騎士は彼女に向かい接近していく。なんとかそれに対応しようと、彼女は回避の姿勢に入った。
しかし、ダタッツの真の攻撃は、ただ加速を付けて上空から襲い掛かることではない。
「――
ダタッツは空中で飛剣風を放つと――再び体を半回転させ、今度は片足の前足底で剣の柄頭を押し込んで行く。さながら飛び蹴りの姿勢で、剣に片足の先を乗せるような格好で。
そうして飛剣風の威力にダタッツの体重が加わると――剣の速度はさらに高まり、巨大な矢となってヴィクトリアに襲い掛かるのだった。
「……くッ!」
その一閃は、彼女の想定を遥かに超えている。彼女は悪い予感を覚え、回避に移ろうとするが――稲妻の如き剣の弓矢は、それよりも速く床に激突するのだった。
衝撃の余波でテーブルや椅子は吹き飛び、周囲に撒き散らされて行く。
「うわぁあ!」
「くぅッ!」
その破片の猛襲は、ある程度離れていたダイアン姫とロークにまで及んでいた。ダイアン姫は盾で凌ぎ、ロークは懸命に頭を抱えながら地に伏せてやり過ごしている。
やがて、その余波が静かになり――土埃が徐々に晴れて行くと。二人はハッとして前方に視線を移す。
鍔近くまで深く突き刺さった予備団員の剣と、その柄頭を踏みつけているダタッツの足。それが土埃の中から伺えた瞬間、ダイアン姫達は悟った。
ヴィクトリアは、あの凄まじい一閃を――かわしたのだと。
「避けたってのかよ!? アレを!」
「ダタッツ様、危ないッ!」
それを脳で理解した瞬間、ダイアン姫はヴィクトリアの反撃を予測し、声を上げる。――だが、当のダタッツ本人はそれに気づいていないのか。困惑した表情で、足元を見つめていた。
(馬鹿な……。俺は確かに、彼女の手にある勇者の剣を狙った。狙いは完璧だったはずだ。なのに、なぜ……!)
飛剣風「稲妻」は城内に侵入してきた外敵を排除するために編み出された飛剣風の派生技であり、投剣術の中でダタッツが最も得意とする技でもある。屋内でしか効果を発揮できない不便さはあるものの、条件さえ揃えば無類の威力と速さを併せ持つ技だ。
それを使っていながら……外してしまった。百発百中であるはずの、稲妻を。
そのショックゆえか……彼は技をかわされた危険性を理解していながら、暫しの間動けずにいた。
そして――土埃の奥から。
「ぬぅあぁああッ!」
突如姿を現したヴィクトリアの、雄叫びが轟き。鬼神の如き形相で、その姿が飛び出てくる。
その叫びでようやく我に返ったダタッツは、反射的に深く床に刺さった自分の剣を抜こうとする――が。それよりも彼女の反撃の方が速かった。
「ぐあッ……!」
「ダタッツ様!」
「帝国勇者ぁ!」
脇腹に強烈な回し蹴りを喰らい。予備団員用とはいえ、鉄製の鎧を纏っているはずのダタッツの体が、紙切れのように吹き飛ばされて行く。その衝撃で、手にしていた予備団員用の剣は棒切れの如くへし折られてしまった。
壁を突き破り、王宮から転落する彼が、武器庫の屋根に墜落していく。その様を目撃したダイアン姫とロークは、揃って悲鳴を上げた。
「がぁあぁああッ!」
「やめっ――!」
間髪入れず、ヴィクトリアは勇者の剣を振りかざして壁に空いた穴から飛び降り、武器庫に落ちたダタッツを追う。それを引き止めようと叫ぶダイアン姫の声など、気にも留めていない。
(なんてパワーだ……んっ!?)
一方、ダタッツは墜落して行くさなかで、ヴィクトリアの圧倒的な力に驚嘆していた。少なくとも単純な膂力だけなら、神に力を授けられた超人である勇者すら凌いでいる。
――その時だった。逆さまの体勢で武器庫に落ちて行く彼の視界に、地上の惨状が映される。残骸や倒れた騎士が死屍累々と転がっている地獄絵図の中には――彼の師の姿もあった。
(バルスレイさん……!)
全身を瓦礫に打たれ、力無く倒れ伏している師匠の姿に、ダタッツの体が熱を帯びて行く。
自分に対して無理解であっても。剣を交えた先にある価値観しか持たない、無骨な男であっても。
彼は、アイラックスを殺したショックで錯乱する自分を、懸命に助けようとしていた。自分を独りにさせまいと、赤マフラーを託してくれた。
その想いだけは、今もダタッツの心に確かに染み付いている。だからこそ、今も彼がくれたマフラーを使い続けているのだ。
そう、そんな彼の不器用さも含めて。伊達竜正は、バルスレイを師として――父代わりとして、愛情を抱いている。
「――ヴィクトリアァッ!」
だから彼は――自分の行いを、一瞬だけ棚に上げて。ヴィクトリアへの怒りに、眉を顰めるのだった。
そして、その怒りを帯びた眼差しを浴びる彼女は勢いよく飛び降り、武器庫の屋根に空いた穴に入り込んで行く。
一寸先が見えない、闇の空間に踏み込んだ彼女は――。
「ふん!」
「くッ!?」
勇者の剣を叩き落とそうと、闇に紛れて背後から斬り掛かったダタッツの一閃を、背を向けたままあっさりと受け止めるのだった。
武器庫に保管されていた、正規団員用の剣を握るダタッツは、その手応えから防がれたことを悟る。武器庫内を照らしていた蝋燭の火を全て消し、入念に奇襲の準備をしていたというのに――その目論見は、容易に破られてしまったのだ。
「ぬぐぁあぁあ!」
「くっ……!」
そこから……ヴィクトリアの怒涛の反撃が始まる。絶叫と共に振るわれる斬撃の嵐に、ダタッツは防戦一方となり、彼の足は武器庫から王宮の入り口へ、入り口から階段へと後ずさって行く。
だが、彼女の攻撃の手が緩むことはない。激しい連撃でダタッツを追い詰める彼女は、階段を駆け上がりながら剣を振り続けていく。対するダタッツも、剣と盾で懸命に彼女の猛攻を凌ぎながら、階段を跳ぶように上がって行った。
――もう、戦いの場を選ぶいとまはない。黒髪の騎士は勇者の末裔に追われるがまま、王宮の上層へと上がっていく。
その道中、自分に不安げな視線を送る姫騎士の姿が目に入り――彼の胸中はさらに影を帯びて行った。
やがて、永遠のように続いていた階段の道は終わりを迎え、水平な足場で二人は剣を交えた。階段という不安定な場所から解放されたヴィクトリアは、さらに攻撃の激しさを増し、ダタッツに襲い掛かる。
一方。壁を背に、懸命にそれを凌ぐダタッツは険しい表情で防御に徹していたが……もはや、限界であった。
強烈な斬り上げで盾と剣の防御体勢を崩された彼は、腹に正面蹴りを受けて吹き飛ばされてしまう。だが――今度突き破ったのは、壁ではなかった。彼が背にしていたのは、実は壁ではなく――
「やはり、来てしまったか……」
「国王、陛下……! しまった、ここは……!」
――王宮の最上層に位置する、国王の寝室であった。
床に就く彼の背後に飾られた、アイラックス将軍の両手剣を見遣り……その娘は一瞬だけ眼に光を取り戻すと、闇の中から助けを求めるような声を漏らす。
「父、上……」
『チダ……チガモウスグ……モウスグダ……』
その一方で。勇者の剣に宿る邪気は、狂喜に満ちた声色で、血を渇望するのだった。
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