376豚 サンサの誤算

 俺がまだ公爵領地にいた頃は、父上の命令で兄姉同士で戦わされたことがよくあった。だけど、勝敗がそのまま外に知れたら、敗者の面子は丸潰れ。だから兄妹同士の戦いは外部に漏れないひっそり行われることが多かった。


「サンサ様!」

「サンサ様の魔法が見られるなんて……!」


 でも今回のこれは見せ物に近い。サンサの奴、何を考えてるんだよ。うわぁ、普段は表に出てこない先生方まで集まって来たじゃん。暇なんだぁ、あの人達。


 あーあ、サンサの奴。呑気にストレッチなんてしちゃって。


 自分が負けた時のこと考えてないのかな。あいつのイメージが崩れるってのに。

言っとくけど、俺は手を抜いたりしないぞ?

 もう一つ言っておくと、幼い頃から俺はサンサに常勝無敗である。


「出るぞ、サンサ様の魔法サンドストーム! サンサ様は戦場で消えるんだ!」


 サンサの足元から砂が舞い、砂嵐と化していく。

 魔法の砂嵐はサンサの姿を覆い隠し、運動場全体まで広がる。


 へえ、サンサの奴。俺が知っていた頃とは戦い方のバリエーションが増えたのかな。サンサは『シューヤ・マリオネット』で、余り姿を見せなかったキャラクターだ。


 あいつの戦い方を詳しくは知らないけど、噂では聞いたことがあった。 

 さっき誰かが言っていたみたいにサンサは戦場で消えるって。


「消えた!」

「サンサ様が消えたぞ!」

 

 ——あんな風にさ!



 そして俺の真ん前に現れたサンサ。


 真ん前に現れた魔法の刃をしっかりと杖で受け止める。


「スロウ―—よく見切ったな、褒めてやる!」


 魔法で強化された杖剣がガキンと金属音を上げた。


「サンサ。昔はもっと攻めてくるまでに時間を掛けてなかった?それに魔法の刃ブレイドとは驚いたな」


「……」


 杖を刃と化して戦うそのスタイル。

 公爵家の直系ってのは幼い頃から戦いの英才教育を受けているスーパーエリートだ。そんな魔法使いが使う魔法の刃ブレイドは騎士が扱う名剣と何も変わらない!


「安心したぞ、スロウ。腕はおちてないようだな」


 サンサと視線が交差する。


「……上から目線、むかつくなあ!」


「スロウ。私はもうお前が知っている過去の私じゃないぞ。ずっと鍛え続け、将軍の地位を得た」


 あー、また砂嵐の中にサンサが消えた。

 確かに昔のサンサはこんな戦い方じゃなかったよ。


 もうちょっと遠距離魔法で手数を稼ぐスタイルじゃなかったっけ? それがこんな風に敵に近づいて近距離戦闘、リスクを取る戦い方になっているなんて。

 

「スロウ。戦場ではお前の噂も幾つか聞いたさ。だが、今の私ならお前に遅れをとるとは思えない!」


 ジンジンとサンサの魔法の刃を受け止めた腕が痺れる。


 公爵家基準で言うと、サンサの長所は速さや魔法の器用さだ。サンサを相手する際は連続して変化する魔法を見極めて、次を予測することが大切。

 それに確かにこの砂嵐、魔法の腕は格段に上がっているようだけど。




 ……てか、俺が名前を挙げた事件ってなんだろ。

 クルッシュ魔法学園をモンスターから守ったことは絶対含まれるよな? あれは真っ黒公爵になって初めて成し遂げた俺の一大事件だからな。

 後は王都ダリスで誘拐されかけたカリーナ姫を守ったこととか?


 迷宮都市での出来事や、サーキスタ大迷宮での出来事は陛下らを除いて、一般市民は知らない筈だし……対してサンサが成し遂げたこと、数えたらキリがない……。

 

「てかサンサ。もしかしてだけど――俺が昔より、弱くなったと思ってる?」


 風の魔法で、この砂嵐サンドストームを一気に吹き飛ばす。


「え」


 砂嵐が晴れて、俺に見つからないよう背後から接近してきたサンサの首を掴んだ。

 

「サンサ、捕まえた」


 砂嵐の中から現れたサンサは、ぎょっとした顔をしていた。

 まさか自分の魔法が生み出した砂嵐がこんな簡単に突破されるとは思っていなかったんだろう。

 

 確かにこの魔法は強力だった。

 砂嵐サンドストームの中心にいる俺たちから距離が離れると分かりづらいけど、中心に行くほどただの砂嵐サンドストームじゃなくて、砂自体が水分を含んで重くなっている。

 突破するには強力な魔法を瞬時に構築することが必要だった。正直、俺の得意分野です。ごめんサンサ。


 唖然とした顔のサンサ、掴んでいた首を離す。


「——サンサ様、してやられましたなあ! 若様を陛下が重用するわけですなぁ!」


 サンサの従者であるおっさんコクトウが声を上げる。

 その後のサンサの意気消沈振りと言ったら家族の俺から見ても、見てはいられないぐらいだった。


 




「……デニング。お前、あれはやりすぎだ。家族に花を持たせてやれよ」


 魔法演習の授業が終わったら俺はすぐにロコモコ先生に呼ばれた。教員用の校舎にある先生の部屋、いつものように書類でぐちゃぐちゃで足の置き場もない。


「お前には情けってもんがないのか?こんな冷酷な弟を持っているサンサ・デニングに同情だな」


 ロコモコ先生は坐り心地の良さそうなふかふかの椅子に腰を下ろして、タバコをプカプカ。


「ロコモコ先生。サンサはあれでいいんですよ。あの後、サンサの周りに集まっていた生徒の数見たでしょう?」


「まあ、な。あれがサンサ・デニングの人徳ってやつか」


「昔からサンサはそうなんですよ。あいつは公爵家の中で才能に溢れている方じゃなかった。だけど、あいつは人に慕われやすいんです」


 サンサは俺の目にもわかるほど落ち込んでいた。けれど、そんな姿が不思議と周りの人間には微笑ましいものに映るらしい。


 大勢の学生に取り囲まれて、なぜかあいつは学園の生徒から慰められていた。公爵家の人間でありながら、負けたら素直に悔しがったりと人間味あるところが好感を生むんだろうか。そう言えば、昔からそうだったな。


 しかも今日は有志の学生が集まってサンサの歓迎会をするらしい。当然俺は呼ばれていない。


「——それでデニング。お前が知りたがってたシューヤの件だが、あいつ、陛下から推薦を受けて王室騎士になるらしいぞ? 真偽は不明だが、デニングお前……一体何をしたんだよ……」


 ドン引きした表情のロコモコ先生だけど、俺もその話は想定外でした。ふうむ、陛下の見返りは王室騎士ときたか。


「デニング。お前、もしかして笑ってるか?」


 おっといけない。

 シューヤの奴が順調に陛下に利用されているようで、王都で困り果てているだろうあいつの姿が目に浮かんだら何故か笑えてしまったんだ。


 まぁ、頑張ってくれシューヤ。俺はもうお前の面倒は見ないからな。王室騎士の苦労が分かる良い機会だろ。


  



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【読者の皆様へお願い】

天は二物を与えました? ートリアの日常、黎明魔法学園にて――

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896506425

女の子が主人公な新作を書いてみました。

ほのぼの新作。良ければご覧になって見て下さい。


     











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