第11話(最終話)
朝起きると、メールが来ていた。
大平先輩から車でイベント会場まで送るというメールだ。
この日がついに来た。
彰美はメールでイベントには顔を出さないという内容のメール来ていた。
車の音が窓から聞こえると、スマホが振動した。
俺は電話に出た。
「弘樹、わしだ。準備できたら下に降りるといい」
大平先輩からだった。
大平先輩には理奈とのデートが終わったた後で、スカイプからイベントの日時を伝えた。
そのことを聞いて、自分も参加すると言った。
それが少しだけ嬉しかったし、そのおかげで彰美のメールのことは気にしなくなった。
イベントは9時半に始まるので、今のまま行けば20分前には会場に着く。
俺は準備をしてドアを開けると、階段を下りていった。
階段を下りたところに日野さんがいた。
「いよいよだね、頑張って」
それだけ言うとクッキーを渡して、俺は大平先輩の車に乗って見送られた。
「ありがとう、日野さん」
「さんはいらないよ、下の名前で呼んでよ、家族なんだからね」
「はい、優子さん、行ってきます」
「うん、頑張れ」
短いやりとりだったが、日野さんの気持ちは伝わった。
俺は大平先輩のいる駐車場に向かって歩いた。
そして大平先輩の車に乗ると後部座席に佐野先輩がいた。
「どうしても行きたいというから、わしが連れてきた」
「わかりました。一緒に行きましょう」
佐野先輩は車内で俺にこう言った。
「後輩の進路のためだ。どういう結果になるか解らないが、俺も見届けよう」
「じゃあ、車出すぞ。準備はいいか?」
大平先輩にそう言われ、俺は出してくださいと言った。
無言でエンジンをかけ、車は会場に向かって今動いた。
車内のバックミラーには見送る日野さんと起きたばかりの美琴が写っていた。
車内では大平先輩が運転に集中している中で、後部座席に座っている俺と佐野先輩は話をしていた。
「弘樹、緊張しすぎるなよ」
「大丈夫です」
「お前は絵が上手いけど、話が致命的だった。けれど、今回は大平と同じように話を考えてくれる人もいて、オリジナルで本を出せたんだ。強力なものに変わることは約束できる」
「そうでしょうか?」
「そうだとも、もっと自分の作品に自信を持ってもいいし、俺はお前がついにここまできたのかと感動してもいるんだぞ」
「そんな大げさな、300部売れるかどうかだし」
「いいや、300部でも少ないと思うぞ。スカイプで完成した原稿送ってくれただろ?」
佐野先輩が言ったように、俺は理奈に見せてもいいか許可をもらって、かつてのサークルのメンバーだった2人に原稿をデータで見せたことがある。
「あれは売れる売れないでなく、長い経験、といっても3年だが、明らかに売れるオーラみたいなものが作品にあった」
「オーラって、オカルトじゃないんですから」
「そうでもないぞ」
前の席で運転している大平先輩が会話に参加した。
「わしは君を美術室から原稿を受け取った時に見たあの原稿をよく覚えているが、才能の鱗片みたいなものはあったと思う」
「大平もそう言っているんだ。後はお前がこれから進む勇気だと思うぞ」
それから車内でイベントの確認を終えると、いつもの趣味の会話になった。
車に40分ほど揺らされて、会場のビルの前にたどり着いた。
地下の駐車場に車を止めて、エレベーターに乗り、6階まで上がってく。
この先のドアの開いたところに自分の待っている結果が来ると思うと緊張はしたが、ここまでくると成るように成るしかないという潔さも緊張の中に混じっていた。
エレベーターのドアが開き、会場に着いた。
受付を済ませて、俺たちは小さなイベントなのに人の多さに驚いた。
雑誌関係者の人も一般の人の中に混じっている気がした。
まさかイベントが始まる前に並んでいる人もいるとは、大きなサークルが参加しているのだろうか?
「理奈ちゃんのサークルかもな」
佐野先輩はそういったが、あながち間違いでもない気もした。
メールで届いていた壁のサークルに着くと、そこに理奈さんがいた。
「おまたせ、遅くなったね」
俺はそういうと理奈のサークルに入った。
「こんにちは、弘樹さん。本届いてますよ。さっきスタッフが内容確認したので大丈夫です。それと連絡してた大平さん達も来てくれてありがとうございます」
「わしらは売り子をするからその間に休んでいてもいいからな」
大平先輩はそんなことをいったが、他のメンバーの女の子3名が行うので、ヘルプの時だけお願いしますという条件で手伝った。
俺は壁サークルに初めて入ったが、やはり部数が違った。
漫画の編集もたまに来るので、人気はあるサークルだと理奈は言った。
なんでもメンバーの1人の女の子が編集に人気があるらしく、今回も勧誘が来るらしい。
そのついでに俺の新刊も見てもらおうということだった。
時間になり、一般の参加者が壁のサークルに並んだ。
「すごい人数じゃな」
大平先輩がそんなことを言った。
「俺たちのサークルとは違うと思っていたが、この分だと午前完売するんじゃないか?」
佐野先輩も同じように続けて大平先輩に話した。
俺は売り子の後ろでその光景を理奈と一緒に見ていた。
そして1冊本が売れた。
それから俺の描いた本は次々と売れていった。
俺は驚いていた、そして理奈は笑っていた。
「だから言ったでしょ?弘樹さんはすごい人なんですよ」
それに答えようとした時に、野太い男の声が聞こえた。
「これを描いた人は君かい?」
その一言がこれからの俺の人生を大きく変えるとは思わなかった。
その人はプロの編集だった。
「思わぬ拾い物だ。よければ今度うちの雑誌で描いてくれないか?連絡待ってるよ」
そう言って、その人は俺に名刺を差し出した。
その後も漫画雑誌の編集から名刺を貰っては、担当になるかどうかの話が2,3件出た。どれも有名な月刊雑誌だったが、週刊雑誌の編集長もいた。
だが、俺の新刊は完売はできなかった。
完売はできなかったが、担当は何人か誘いがあった。
俺は迷ったが、理奈はこういった。
「弘樹さんは漫画の門を叩いたんですよ」
その一言が迷いを断ち切った。
俺は月刊漫画雑誌社の担当と話し合い、大学入学後から読み切り漫画を描く話に乗ることにした。
もちろんそれは理奈が原作で俺が作画という話の上で、進められた。
完売は惜しくも残り3冊だったが、俺は大学入学後のデビューが確約された。
イベントが終わった後で、周りは喜んでいた。
その日はそのまま打ち上げになり、楽しい時間が過ごせた。
そのせいで次の日、遅刻したが俺にはどうでもよく、むしろ昨日のことが忘れられない楽しい日になった。
打ち上げの時間がいつまでも長く楽しい時間になった。
俺はこの時ほど漫画を描いていて良かった、と心の底から思っていた。
横に座っていた理奈もそんな俺を見て、嬉しそうだった。
こうして見ると本当に美少女に見えた。
※
あのイベントから4日が経ち、俺はいつものように学校から帰ると、川上さんに電話することにした。
家に帰る前に進路指導室で、桃香先生に自分の決まった進路の話をした。
「そうか、あんたにとってはいい道を選んだんだね。でもこれからだよ、決めることと進むことは似ているようで違うからね。頑張りな」
それだけ言うと、先生は肩を叩いて笑顔を見せた。
俺は進路相談室を出て、まっすぐ家に帰った。
やるべき事はまだ残っている。
美大の川上先生に電話することだった。
電話する理由は1つしかない。そう、俺は美大を蹴ることにしたからだ。
これからは地元の大学で公務員の勉強をしつつ、担当と漫画を打合せをしながら4年間を過ごす道を選ぶことにしたからだ。
「そうか編集が君の漫画に担当についたのか」
川上さんは少し残念そうな声だった。
「それだけの可能性があったということなら、もう絵に行く事もないな。わかった、周りには私から言っておく、頑張りたまえ」
それだけ言うと電話は切れた。
確かにもったいない選択だったが、俺には納得のできる進路が決まった。
これからも彼女、そう理奈と歩いていこうと思った。
大学生活を想像しながら、俺は漫画を描いた。
※
それから長い時間が経った。
その先の数年間でいろんなことが、本当にいろいろなことがあった。
大学を卒業してからも、忙しさは変わらなかった。
俺は今日プロの漫画家としてデビューした。
今日は大手週間雑誌社がそんな新人を集めて行われる授与式の日だ。
そして俺の横には美少女がいる。
いつでも話を考えて、辛い時も嬉しい時も、どんな時も一緒にいた生涯のパートナーにして漫画の相方がいる。
これからは漫画で忙しくなる。
あの時のコミケでのそこで活動を続ければ何かが見えて、それを手に取ることが出来るはずだという、その何かはまだ掴んではいない。
答えはまだ見つかっていないかもしれないが、その先にある通過点は今日掴めた。
1人ではなく理奈との2人で掴んだ。
大平先輩、佐野先輩、日野さん、川上教授、岸さん、彰美、桃香先生、あの時のみんなのことは今でも覚えている。
俺の漫画を待っている人がいる。遠くの国で、遠くの街で、まだ会ったこともない多くの人たちが、俺のこれからの漫画を待っている。
そう、俺は描き続ける。多くの人のために、まだ見えない何かをいつか掴んで手に入れるために、俺は描き続ける。
そして俺を支えてくれる理奈のためにも、2人で一緒に漫画を描き続ける。
俺は今とても幸せだと思う。
なぜなら、俺の横には美少女がいるのだから…。
俺の横には美少女がいる 碧木ケンジ @aokikenji
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