「瘤黒さん」3/5

「さて。それじゃ、お次は……人魚屋さん、か。ううん。この人も、あんまりねえ。じいさんではあるけども……どうだろう。この人は、何か、得体が知れないというか、底が知れないというか。そこらの年寄りじゃあないって気がするんだよねえ」

「はあ。まあ、人魚なんか売ってる時点で、確実にそこらの年寄りではないですけども。……確かに、元気そうなおじいさんではありましたけどね。……強いんですか、あの人」

「うん……そうだね。具体的に、誰それと戦って勝ったとか、そういう話を聞くわけじゃないんだけどさ。勘だけどね。戦闘力、高いと思うんだよ、人魚屋さんは。……まあ、あの人に手を出すのは、やめといたほうが無難だね。おすすめ度は、星二つ」


 ふむふむと、友也はうなずく。星の少ない低評価レビューは、高評価より気楽に聞けるので、ついつい積極的に耳を傾けてしまう。そんな場合でもないのだが。けど、単純に、この町の住民たちに対しては、いろいろと興味があるのだ。


「さて。それじゃあ、次……と。ああ。友屋さんの住民名簿は、今のところ、ここまでか」

 言われて、友也はハッとした。そういえば。

 今までに出会った住民――瘤黒さんを除けば八人の――については、全員もう、言及し終わってしまったのである。


「え……っと。……それじゃ。……俺、その八人の中から、殴る人、選ばなきゃいけないんでしょうか……」

「星なし評価の、トガカリさんと遠……あの人を除外すると、六人だね。ちょおっと、選択肢が少なすぎるかねえ。……まあ、まだ出会ってない住民を狙ったって、別にぜんぜん構わないんだけどさ」

「えっ……」

「そうだねえ。この名簿に載ってる住民以外、となると――」


 どきり、と。

 友也は、思わず身を引き締めた。

 まだ、出会っていない住民。その人たちの話も、今、ここで聞けるのだろうか。正直、それは気になる。とても。このかコよヶ駅前町には、ほかに、まだ見ぬどんな住民たちが暮らしているのか――。



「そうだねえ……。気分屋さんやハタイラズさんは、そもそもあたしが乗り移れないから、はなから対象外だし――」

 対象外。それって、「星なし」とは、また違うのか。瘤黒さんが乗り移れないって、どういうことだろう。その二人は、悪霊的なものを寄せ付けないよう、自分の身の周りに結界とか張る能力でも持っているんだろうか。

「まあ、たとえあたしが乗り移れたとしても、気分屋さんは、どのみちだめだね。トガカリさんに次いで戦闘力が馬鹿高いし。それに、名前のとおり、その日の気分によっては、近づかないほうがいいような人だからねえ」

「へえ……」


 どんな人なんだろう。気分屋さん、か。名前のとおり……ってことは、やっぱり、その時々の気分で、コロコロ態度の変わるような人なのだろうか。でも、名前に「~屋さん」と付いているってことは、今までの例からすると、行商さんなのか? だとすれば、売り物は、「気分」? どうなのだろう。戦闘力が馬鹿高い、というのも気になる。

 そして、もう一人の「対象外」は。ハタイラズさん、と言ったっけか。こっちは行商さんではないようだが、どんな人なのか。変わった名前だけど、何か意味があるのだろうか。


 そんなことを、そわそわ考えている友也の二の腕で。

 瘤黒さんは、マイペースにレビューを続ける。


「友屋さんがまだ出会ってない中で、おすすめの住民といったら、誰になるかねえ。……ああ、そうだ。記憶屋さんや、気配屋さんなんかは、星四つ付けてもいいね。気配屋さんは、臆病で気の弱い人だから、殴ったところで、別にどうってこたないよ。ただ、ちょっと居場所を見つけにくい人ではあるけどさ。で。記憶屋さんのほうは、弱いし、大人しいし、優しいし。それに加えて、ものすごく忘れっぽいからね。殴られたって、そんなことはすぐに忘れちまう人だから、殴るほうにとっては都合がいいだろ。――ただ、記憶屋さんは、道屋さんと仲が良いからねえ。あの人に何かあったら、道屋さんが黙っちゃいないかもね。それを考慮に入れるなら、記憶屋さんは、星三つってとこか」


 記憶屋さんと、気配屋さん。つくづく、この町に、まともな商品を扱ってる行商さんはいないのだろうか。というか、記憶屋さんのほうは、まだなんとなく、想像がつく商売だとしても。気配屋さんて、いったいなんだ。「気配」なんか売ったり買ったりして、なんになるというのだろう。需要あるのか、そんなもの。――まあ、就職情報のチラシに「屋鳴り屋さん」の募集なんてある町だから、今さらではあるけれど。


「あとは、どうかねえ。……軽上かるかみさんなんかは、強いわけじゃあないけど、やや扱いに注意が必要な人だから、星三つ。……店長さんは、わりと血の気の多い人だし、弱いわけでもないから、星二つ。……館長さんは、ちょっと悪癖のある人だから、あまりうかつに関わらないほうがいいね。星二つ……」


 ここにきて、ずらずらと低めのレビューが続く。

 行商さんじゃないっぽい住民は、やっぱり名前を聞いただけでは、どんな人だかぜんぜん想像がつかない。たとえば、カルカミさん、という名前から、何か予想しようにも。それが「狩神さん」なのか、「刈髪さん」なのか、「借紙さん」なのか。あるいは、トガカリさんのようにカタカナの名前なのか、それさえもわからないわけだし。しかし、そのカルカミさんとやら、扱いに注意が必要って、どういうことだろう。

 そして、店長さんとは、いったいなんの店の店長さんなのか。館長さんとは、なんの館の館長さんなのか。いや、それ以前に、それはそもそも名前なのか。個人名が「店長」「館長」だとしたら、そんなの、いくらなんでもぞんざいすぎるだろう。「~屋さん」たちについては、この世に二人といなさそうな職種の人ばかりなようだから、まだ個体識別のしようがあるけれど。


「ほかには、ええと……。子ども屋さんは、強さはともかく、防御力が高いから、星二つがせいぜいだし……。天気雨さんは、滅多に出会えない人だから、これも星二つかねえ……」


 引き続きの、低評価レビュー。

 子ども屋さんて、なんだそれ。何か、名前の響きが怖いのだが。どういう商売なのだろう。ダークサイドな方面の職業じゃないといいのだけど。なんか、その人にお金を払った客は、子ども時代に戻って遊ぶことができるとか、そういうファンタジー系のお仕事であってほしい。

 その次の、テンキアメさん、というのは、たぶん漢字で書いて「天気雨さん」だろうか。意味ありげな名前だが、そこに込められた意味は、やっぱりわからない。


「……同じこの町の住民なのに、滅多に出会えない人、ってのも、いるんですね」

「ああ。天気雨さんはね。天候次第なんでね、あの人は。――けど、出会えないっていっても、駅長さんほどじゃあないさ」


 ――駅長さん。


 不意打ちで出てきた、その名前に。

 友也の心臓は、ドクン、と高鳴る。


 その人は、友也にとって、何がなんでも出会わなければならない住民だ。もといた町の、本当の家に帰るためには、駅長さんから帰りの切符を買うことが、絶対に必要なのだから。

 でも。


「その、駅長さんて人……。めったに人前に姿を現さなくて、その人が普段どこにいるのかも、いつどこに現れるのかも、知ってる人は誰一人いないって――本当なんですか?」

「おや、よく知ってるねえ。そうそう、そうなんだよ」

 打てば響くような肯定に、友也はガックリ肩を落とす。「いや、そこまでじゃないよ」とかやんわりと否定してもらえれば、勇気づけられたのに。まあ、嘘をつかれてもしょうがないし、それが事実なら、ちゃんと事実を把握しておくほうがよいのだろうけど。


 わかっちゃいるが、やるせない。

 思わず溜め息をつく友也に、瘤黒さんは、続けて言った。


「だからね。友屋さんが駅長さんに出会うのは、たぶん、もっと、ずーっと先の話になると思うんだよね。そんな人だから、おすすめ度は――星一つにしておくよ。限りなく星なしに近い、星一つだ」


 ――それは。この機に駅長さんに出会える可能性は、限りなくゼロに近い、という意味か。

 いちばん会いたい、会わなくてはいけない住民、駅長さん。その人に出会えるのは、いつのことになるのだろう。もっと、ずーっと先、って、いったいどのくらい? この住民名簿の空欄が、はたして、あといくつ埋まったら――。

 名簿に目を落とし、友也はそんな物思いにふける。



「――屋さん……友屋さん。おい、聞いてんのかい?」

 自分を呼ぶ声に、友也はハッと我に返る。

 二の腕に視線を向けると。そこに貼りつく黒い人面は、ぎょろりと友也を見て、こう言った。

「まあ、なんだね。まだ出会ってない住民のことまで、いろいろ話しはしたけどさ。でも、あたしを乗り移らせる相手を選ぶなら、いちばんのおすすめは、やっぱりあの人。雛形さんだよ。もう、断然、あの人がやりやすいから。決めちまいなよ、友屋さん」


 その囁きに。友也は、ただ黙ってうつむく。

 雛形さん。瘤黒さんが今まで評価した中で、唯一、星五つレビューを下された住民。

 その高評価の理由は、よくわかる。わかるけど。だからといって、「よし、じゃあの人を殴りに行こう!」なんて、うなずけるか。


 ……でも。きっぱり首を横に振ることも、またできない。

 今こうしている間にも、刻一刻と、タイムリミットは迫ってきているのだ。誰か一人、標的を定められなければ。犠牲とする人物を選べなければ。このままでは、日没と同時に、我が身はこの人面疽と完全に一体化してしまう。悪夢以外の何物でもない。というか、今のこの状況が、すでに充分悪夢だというのに。まして、それが死ぬまで続くとなると――。


 頭の中で、ぐるぐると迷いが渦を巻く。

 その渦に絡め取られて、友也は動けない。

 何もできず、その場に座り込んで。そのままずっと、ぐるぐるぐるぐる、考え続けていた。


 そうやって、どのくらいの時間が経った頃か。

 瘤黒さんが、不意に口を開いた。

「さて……。そろそろ、時間切れだよ、友屋さん」

「えっ……え!? な、なんで? 日没までは、まだ――」

「ああ。もちろん、日没までにはあと数時間あるさ。けど、今ここにいない住民を殴りに行くなら、その住民がいる場所までの移動時間ってもんを、考慮に入れて動かなきゃだろ? もし、殴る相手を雛形さんに決めるなら、あの人が今日磔にされてる場所は、ここからだと、ちょっと遠くてね。今すぐここを出発しないと、日没までにたどり着けなくなっちまうのさ」

「う。そっか……。い、いや、でも……。俺、雛形さんを殴りに行くって、まだ決めたわけじゃあ……」

 腰を上げるのを渋る友也に、瘤黒さんは、にやりと笑って言う。

「そんなら。雛形さんのことは、最後の保険と思えばいいんじゃないかね」

「……保険?」

「ああ。とりあえずは、雛形さんのいるところ目指して、歩いていってさ。その道中で、誰かほかに殴れそうな住民と出会ったら、その住民を殴りゃいい」

「……それじゃ。もし、途中で、誰とも……殴れそうな人に……会えなかったら」

「そんときは、たどり着いた先に、最後の保険、雛形さんがいるってわけさ」


 ――なるほど。

 と。瘤黒さんの案に、友也は、ついうなずいてしまう。


 そこへ、すかさず瘤黒さんが。

「ねえ。いい考えだと思うだろ? 友屋さん。さあ、さあ。そしたら、さっさと腰上げて。ぐずぐずしてたら、日没に間に合わなくなっちまうよ」

「う……」

 急かされて、友也は、言われるままに立ち上がった。

 ふらふらと歩き出す友也の二の腕で、黒い人面疽は、ケケケケ、と低く笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る