「かコよヶ駅前町」2/2
ロビーに降りてきた友也は、そこでちょっと休憩を取ることにした。ここにはソファがあるからちょうどいい。
ところどころ皮が破けて、中の黄色いスポンジがはみ出した、ボロっちいソファ。
その前にやってきたとき、友也は、柱の陰にあるものを見つけた。
さっき玄関から見たときは、薄暗くてよく見えなかった、それは、ジュースの自販機だった。
友也はその自販機で冷たい缶コーヒーを買って、自販機の横のソファに腰を下ろすやいなや、プルトップを開け一気飲みした。
「ああ~、生き返る……」
気持ちよく汗が引いていく、その感覚に、思わずほうっと息が漏れた。
それから、友也は何気なく、後ろの壁を振り向いた。
そこにはたくさんのチラシが、所せましと貼られていた。
友也は、目に付いた求人広告のチラシを、いくつか読んでみた。
「骨屋」募集
肉はあるけど骨がなくて困っている。または、骨が足りなくて困っている。そんな人たちに向けて、骨を売ってみませんか?
応募資格:白いものが好きな方
硬いものが好きな方
普段から常に骨を持ち歩きたいと思っている方
※ 骨折している方優遇
「屋鳴り屋」募集
自分の家は屋鳴りがなくて物足りない…そう思っている人たちのために、屋鳴り屋を始めてみませんか?
短期アルバイト可 長期勤務歓迎
※ 屋鳴りを仕入れて売るだけの簡単なお仕事です。
「影の修繕ができる方」募集
自分の体の影・家の庭木の影・お気に入りの日傘の影、などなど、大切な影が欠けたり千切れたりして悩んでいる人たちのために、あなたの力を貸してください!
必須資格:今までに影の修繕をした経験があり、なおかつその修繕に成功している方
日なたに出ても日陰に入っても体が消えない方
「店長さんのお手伝いアルバイト」緊急募集!
一週間限定の短期アルバイトです。
※ 募集は締め切りました。
「店長さんって、なんの店の店長だよ……」
他のチラシに関しても、いろいろと言いたいことはあったが、友也はとりあえずそれだけ呟いた。
なんだかもう……この町は、思っていた以上に、おかしな所なのかもしれない。
「……ん?」
求人広告のチラシの群れから、さらに目を横に滑らせた友也は、そこに気になる貼り紙を見つけた。
その貼り紙は、入口に近いほうの、他のものとは少し離れた場所に、それ一枚だけぽつんと貼られていた。
友也は、ずりずりと長椅子ソファの上を移動して、それに近づく。
その貼り紙の見出しには、こう書かれていた。
『かコよヶ駅前町へようこそ』
ようこそ、ということは。これは、町の住民に向けてのものではない。この町を訪れた者に向けての貼り紙だ。
どんなことが書かれているのかと、友也は見出しの下の文字を読んでみる。
そこには、味も素っ気もない文章で、ただ一文だけ、
『かコよヶ駅前町の住民に御用の方は、かコよヶ駅前町役場にて住民登録を行ってください。』
と、あった。
はあ? と首をひねりたくなる貼り紙だ。何か、途中に入れるべきだった文章が抜け落ちてるんじゃないかこれ、としか思えない。だって、住民に用があるってだけで、町に来た人がわざわざ住民登録までしなきゃならないって、どんな町だそれ。
(……でも、こんな町だしなあ……)
困惑と迷いと期待とが、友也の顔に、苦笑いとなって滲み出る。
もしそれで本当に状況が変わるなら、住民登録くらい、とりあえずしてもいいけれど。もちろん形だけ。でも、今はこの町役場の窓口、あいにく閉まっているようだし。どっちにしてもどうしようもないか。
そう考えたとき、友也は、ハッと思い出した。
そういえば……。さっき上がった二階の部屋の、あの長机の上。あそこに、住民登録用紙って書かれた紙が、あった気がする。そうだ、確かに、あったあった。筆記具の入った細長い紙箱の、その隣に置かれた紙箱の中に。確か、メモ帳くらいの大きさの用紙の束だった。
(……住民登録のための用紙にしては、やけに小さいのが気になるけど……)
自分の記憶をちょっと怪しみながら、友也は、もういちど二階の部屋に行って、それを確かめてみることにした。
二階の部屋に入った途端、蒸し風呂みたいなその暑さに、友也は呻いた。
友也は急いで窓を開けた。大きな窓から、ふわりと涼しい風が吹き込んできた。
これでよし、と、友也は窓に背を向け、長机に歩み寄る。
机の上には、記憶通り、文具の入った箱と、用紙の入った箱が置かれていた。
用紙には、やっぱり「住民登録用紙」と書かれていた。
登録用紙は、なるほど、メモ帳くらいの大きさしかないはずだった。というのも、その登録用紙には、名前を書く欄と、「その他備考」を書く欄の、たった二つの記入欄しかなかったのである。あとは、枠外に「仮登録・本登録」という選択項目があるだけだ。
こんな用紙で、果たして住民登録ができるんだろうか。
というか、これに記入したとしても、窓口かどこかに提出できなきゃ、どっちみち意味ないのでは。
――でも、まあ、一応。
せっかくまたここまで上がって来たのだし。この際、書くだけ書いておくかと、友也は紙箱の中のボールペンを手に取った。
まず、選択項目の「仮登録」のほうに、たぶんこっちがいいだろうと、丸を付ける。
それから、次は名前の記入。記入欄は、幅の狭い「フリガナ」の枠と、その下の「名前」の枠とに分かれていた。友也は、こういう形の記入欄になっているとき、上から順番に、つまり、フリガナのほうから先に書くのが癖だった。なので、この登録用紙も、そうやって書き始めた。
〈スエズキ トモヤ〉
「あ」
間違えた。自分の名前のフリガナなのに。自分の名前、末月友也の苗字の読みは、「スエズキ」じゃなくて「スエヅキ」だ。なんか、頭の中がとっ散らかっていて、ありえないくらい集中力が低下している。
友也は慌てて「スエズキ」の上から二重線を引き、その四文字を打ち消した。それで、空いたスペースに書き直そうとしたのだが、フリガナを枠の左に寄せて書いてしまったため、「トモヤ」の文字の左側には、もう四文字も書けるスペースは残っていなかった。
「……」
もういいや。新しい用紙に書き直そう。
そう思って、友也は新しい用紙を取ろうと、それまで書いていた用紙から手を離した。
と、そのとき。窓の外から、ぶわっと強い風が吹き込んだ。
友也の書き損じの用紙は、風に舞い上がり、長机の向こうへと飛んでいった。
「あっ、あ……」
友也はとっさに手を伸ばしたが、届かなかった。書き損じの用紙は、人形看板が座っているパイプ椅子の下に滑り込んだ。
まあ、いいんだけど。どうせ書き損じだし。なくなって困るものじゃないんだけど。
それでも、落ちたものを、屑入れにも捨てずに放っておくのは、ちょっと気が引けた。
友也は長机の向こうへ身を乗り出して、パイプ椅子の下を覗いた。
が、そこには、何もない。
(あれ? 確か、ここに落ちたと思ったのに……)
友也は首をかしげ、もっとよく探してみようと、さらに大きく身を乗り出した。
その瞬間。
がが、がが、がが……。
突然、部屋の中で、何かが音を立て始めた。
友也はびくっと肩を跳ね上げて、あやうく、長机の向こうに落ちそうになった。
身を起こして見てみると、音の出どころは、長机の上に置かれた印刷機だった。古そうな型の印刷機が、その口から一枚の紙を、少しずつ、少しずつ吐き出していた。
がが、がが、がが、ガ―――。
印刷機は、紙をすべて吐き出して、鳴り止んだ。
友也はその紙を手に取ってみた。
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《かコよヶ駅前町住民名簿》
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31 友屋さん
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