エピローグ

* エピローグ *

 いつもと変わらない朝。

 久しぶりの快晴の下、くさくさとした気持ちで高校に向かう。

 教室に入り、真っ先に見た席は案の定無人だった。


 ショートホームルームの時、担任から名本さんが転校したと報告があった。

 ざわつく教室内。名本さんがいた席に、クラス全員の視線が集まる。

 驚きと、戸惑い。

 様々な反応を示す生徒たちを、オレはただ観察していた。ふと思いついて、ぽっかりと空いた席の斜め後ろを見やる。

 顔色ひとつ変えないで、米倉さんは担任の話を聞いていた。


 ショートホームルームが終わって、数学の授業が始まると、浮き足立った室内がまたたく間に静まった。

 いつも通りの授業風景。

 名本さんがいなくなっても、そこは変わらない。

 それが少し寂しく感じる。


 ――こうやって、少しずつ名本さんがいないことに慣れていくのだろうか。




 放課後。

 第1校舎の最上階に足を運んだ。閉めてあるドアを開けて中に入ると、美術室に入り込む強い日差しに目を細める。

 誰もいない部屋。

 昨日までは、窓に寄りかかって眼前の光景を観覧する後ろ姿があったのに。

 ここに来ても、もうその姿はない。

 胸の内に寂寥感せきりょうかんが広がる。


 ――いつか慣れるのだろうか。この状況に。


 沈んだ気分を切り替えるために、目を閉じて深く息を吐く。まぶたをゆっくり開けた時、鮮やかな緑色が目に映る。

 名本さんの残していったその絵に歩み寄る。

「ここにいたのか」

 背後から素っ気ない北上の声がした。

 後ろを向くと、米倉さんと北上が室内にいた。2人の後ろには小谷野の姿まである。北上たちはオレの横に来て、名本さんの絵を眺める。

「名本夕香の新しい絵か。すごいな」

 北上がシンプルな言葉でしょうした。

「これって、和哉でしょ」

 本を読む男子を指した小谷野の発言に愕然がくぜんとする。


 ――オレ? 気がつかなかった。


「森井の特徴をうまくとらえてるわよ。森井のことをよく見ていたみたいね」

 緑だけの単色画を見つめながら呟いた米倉さんに、小谷野が続く。

「絵は、いた人の思いを写し出すけど。嬉しくてはなやいでいる、って感じがするね」

 鮮やかな絵の中に、自分がいる。

 名本さんから見た自分姿にうろたえる。


 いろどりをなくした、味気ない日常。

 名本さんが、一瞬で色鮮やかに変えた。

 絵も、名本さん自身も、鮮明にまぶたに焼きついていた。

 彼女と交わした言葉も。

 くるくると変わる表情も。


『偶然再会して。お互い相手がいなかったら、その時お付き合いしましょう』

 君がオレの心に残していった、確かな言葉。


 その言葉を信じていたら、いつか叶うだろうか。


『冬の空……森井くんと一緒に見たかったです』


 いつか叶うと信じて、願い続けていたら――。

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モノクロームの首夏 田久 洋 @Takyu

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