第19話 孤高な騎士の平和
「何なのよ、アイツ!」
あの日以降、ミシュリーは鳳耶に苛立ち続けていた。カイリに会う度に思い出すようで、毎回毎回愚痴を言ってくる。
日課となった早朝特訓の休憩時間。ミシュリーはまた愚痴り始めた。
「ミシュもこだわるよねー。もう私なんかエラーの顔すら覚えてないよ」
「私と顔が一緒だったじゃない!」
「お前がエラーか!」
「違うわよ! 髪の色が違ったでしょ!」
朝っぱらから元気なミシュリーとアンリエトに、カイリは嘆息した。アンリエトも快く思わないらしく、二人の頭をぽんと叩いた。
「二人とも朝から飛ばすな。しっかり動け」
その特訓には、アンリエトとレティシアも加わっていた。三人色の違うジャージを着て、カイリの出したメニューをこなしていた。
「にしても惜しい事したわね。あの鳳耶すごい美人だったから、ディディエに見せたらあっちに移ってくれたかもしれないのに」
名残惜しいとミシュリーはため息をついた。鳳耶が現れたとき、ディディエは時を止められていなかったにも関わらず、ずっと気絶していたのだ。
「確かに。でも、あの人はなんでディディエの記憶を消去対象外にしたのだろう?」
アンリエトは腕を組んだ。その事に関してはカイリも疑問を抱いたが、ディディエがいるといないでは戦力がだいぶ違うので、ありがたかった。
「結局、アイツなんなのよ」
「俺ら『神遣い』をまとめる総帥みたいなものかな。いや、会社に例えるよりは家族に例えた方がいいか。鳳耶様は神遣いの母親的存在ってとこだ。そして、神託はお使いみたいなもんだな」
「お使いで殺人者逮捕って、規模が違うよねー」
「あの鳳耶とかいう奴も相当変なやつね」
「お前らいつかバチが当たるぞ……」
カイリにしか分からない比喩を、ため息とともに吐いた。
神様とミシュリーのやり取りほど、心臓に悪いものではないとギスランも言っていた。カイリもその気持ちは痛いほどわかった。
ミシュリーにとって鳳耶は自分と変わらない人間と見ているので仕方ないとは思ったが、心はそう簡単に割り切ってはくれない。
「さて、エラーについてだけどあんまり教えてもらえなかったわね」
「いや、そうでもない」
アンリエトはカイリに歩み寄った。
「エラーの心を分ける方法を尋ねた際、鳳耶さんは『ここから先は、神託だから』と言った。つまり、カイリが知っているのではないか?」
「うっ」
カイリはピクリと肩を震わせた。こういう頭の鋭い人間は敵に回したくないなとカイリは思った。
エラーが何か別の心を取り込んだ際の対処法については、この世界に来る際に得た知識の中に入っていた。心の闇を吸い取るのではなく、心そのものを乗っ取るエラーだった時の対処法として、だ。
だが、その知識はあの風呂の一件で忘れてしまったのだ。ゆえに、カイリ愛用メモ帳には何も書いていない。それを知ったのは鳳耶がこの世界に現れた日の夜。
「え、忘れたの?」
反応に困っていると、不意にレティシアが尋ねた。
「いや、その忘れたっていうかね……いや、まあ忘れたんだけど」
ミシュリーの視線が一気に零度を下回った。
「それ、ホント?」
「ほんとです、すいません」
ぺこりぺこりと何度も頭を下げた。
「カイリくん、何でメモ帳に書かなかったの?」
「いやー、あのお風呂の一見があって記憶が……飛んじゃって……だな……」
カイリは見事に自爆した。
さらに下回るミシュリーの視線。彼女だけでなく、アンリエトの視線まで冷ややかなものになった。
「なるほど。まだその事覚えてるのね。しかもアンタは私たちの裸を見て頭がすっからかんになっちゃった、と」
「あれは少しトラウマなのだが……もしかしたら、エラーが来てくれるかもしれんな」
「私も便乗しとこうかなー」
一人だけ温度差が違うが、三人でぐいぐいとカイリを追い詰める。
「なあ、ミシュリー。一回殴ってみたらどうだ? 記憶が蘇るかもしれないしな」
「ショック療法というやつだね」
「いいわね。すっごく得意分野よ」
「ちょ、落ち着こうか。あと、ショック療法で頭は殴らないからな?」
ぺたり、とカイリの背中に何かが貼り付く。
「お約束の……壁ですか」
「さて、準備はいいかしら? 大丈夫、痛いのは一瞬だから」
「その一瞬にどれだけ力を込める気か教えてくれないか!?」
ミシュリーはニコリと笑った。その顔が、全てを物語っていた。
「
ノルベージュ騎士国は、これから春へと向かう季節。
あちらこちらで寒さがまだ残っているというのに、カイリは季節外れの春の暖かさを感じていた。いつも通りの何の意味も成さないはずの会話が、とても心地よい。
神託の存在すら、軽んじてしまうほどに。
孤高の騎士と悩める少女たち 天ヶ瀬翠 @amagase_sui
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