第8話
ロボは博士と供に馬車にゆられていた。ゆられていると言ってもこの馬車は最新式らしく全く不快感を感じない。それに馬も優秀なブリーダーが育てた馬らしく馬車をかなりの速さで力強く引いている。
ロボは村から外に出たことがなかったので馬車の窓から見える光景は心踊らされた。窓から身を乗り出す様に外を見ていた。爽やかな風に吹かれて周りの景色が後ろへとみるみる流れて行く。
博士は年相応なロボの姿を微笑ましく思った。
「おいおいロボ、そんなに身を乗り出すと危ないぞ」
「すいません、でもどれも初めて見る光景で楽しくって」
少し照れた様にロボがはにかむ。
「博士このまま王都に行くんですか」
「いや、この馬車でいったん港町のトレモンという場所に行って船に乗り換える。こう見えても私は忙しい身でなこれ以上王都を留守には出来なくてすぐに帰らなくてはならない。ロボに色々な場所を見せてあげたかったのだが、馬車でのんびり帰っている暇がないのだ」
「いえ、勿論構いませんよ。船なんて乗った事ないので楽しみです」
すると、なぜか博士は誇らしそうな顔をした。
「ふふふ、ロボ。なら、君は驚く事だろうな。我ら王立工匠が誇る最新式の高速船サニーパール号の威光にな」
「今から楽しみです。 どのくらいで王都に到着するんですか」
「三日だ」
「三日ですか。なんで、そんなに早いんですか。知り合いが王都に行った時は三か月かかると言ってましたよ」
「ふむ、まずトレモンを流れている川は国家河川と呼ばれていて公共事業として大規模工事を行い王都まで一直線に流れる様にしたんだ。だから、船を浮かべるだけで陸を行くよりも何倍も早く進める。さらに、王立農学団の研究により生まれた水龍が船を引っ張ってくれるのでスピードはけた違いだぞ」
「水龍って何ですか」
「それは見てからのお楽しみにしときなさい。村から出たことない君にとっては全てが驚きの連続だと思うぞ」
トレモン、サニーパール、水龍、どれもロボの胸を高鳴らせる言葉だった。一体どんな光景が待っているのだろうか。とても速く走るこの馬車ですら遅いと感じながらロボは外の景色を眺めていた。
***
何時間かして博士たちはトレモンに到着した。そこは地面には煉瓦が敷き詰められ舗装され、その上を見たこともない生き物が引っ張る荷車が勢いよく走っていく。その荷車は魚やら果物やら武具などそれぞれに乗せていて一目でこの町が貿易の拠点であることが分かった。そこにはあらゆる匂い、魚、果物、香水などがまぜこぜになった混沌とした、だが活気に満ちた空気があった。
ロボは見るもの全てに新鮮で華やかな驚きを覚え目をどこにやってよいのやら分らなくなる始末だった。
「さて、ロボ。これから、王都へ向かう船を出してくれる人に挨拶をしにいく。その道すがらトレモンを観光しよう。ロボ、なれない馬車の旅で疲れてないかい」
「本当ですか。疲れなんて吹っ飛びました。行きましょう」
「そう言うと思っていたぞ。トレモンは国にとっても大事だが。我々クリエイターもこのトレモンを通じて材料の輸入やら製品の輸出を行っているから君にとっても重要な町だ。この機会によく知っておくといい。王都でクリエイターをやるということは世界水準で仕事をするということなのだ」
「世界水準」
世界、その言葉はロボを間違って海にさまよい出てしまったカエルの様にした。本当に遠い所まできてしまった。もう、戻る事なんてできない。背筋に氷が通った様にロボは身震いした。それは武者震いなのか恐れからくる物なのかは分からなかった。どちらもかもしれない。
「では、行こうか」
「はい」
ロボと博士はトレモンに繰り出していった。
***
トレモンはロボの村とは比べものにならない程発展していた。
どこも綺麗に舗装された道、夜になると光るという街灯、そして、常にロボの村の全人口に匹敵するほどいるのではないかと思われるほどの人の数。
どの人も忙しそうに働いていて、ここだけ時間が二倍の速さで流れているかの様だ。それとも、村の時間が他の場所よりもゆったり時間がながれていたのか。
トレモンの市場には物が溢れかえっていた。
「すごいですね、こんなに沢山の人いて多くの物があるなんて。ここには、世界中の商品が集められているんですか」
「まあ、ここトレモンは貿易拠点だからその言い方もあながち間違いではないな。貿易を行わなければ外貨が手に入らんからな。なにより、貿易は儲かる。ロボ、物というのはな地域によってその価値が変わるものなのだ。豊富にあるものは安く、少ない物は高くなる。その差額によって儲けをだすのだ」
「なるほど」
そんな事を話しながら市場の喧騒の中を博士とロボは歩いていく。路面に面した店から景気の良い声が響いている。その中を二人でかき分ける様に歩く。
「すごい、人の数ですね」
「ああ、君の村とは違うだろ。ここはいつも祭のように騒がしいのだ」
ロボは色々な品物を眺め、色々な事を博士に聞いた。
そのうち、市場をぬけ背の高い建物が立ち並ぶ区域にやってきた。二階建ての建物すらあまり見たことのないロボにとってその建物は空に向かってそびえたつ化け物の様に恐ろしいながらも目が離せない光景だった。
少し先行しながら歩いていた博士がロボの方を振り返り言った。
「さて、ロボ私はここに少しだけ用事がある。さきほど言った様に水龍を貸してくれる人に挨拶をしてくる。だから、すまないがロボここで少し待っていてくれないか」
「ええ、分かりました。大丈夫です」
そう言って、博士は建物の中に入っていった。
ロボは一人ポツンと背の高い建物に囲まれて立っていた。どうにも手持ち無沙汰であった。
すると、背後から急に
「おい、貴様。ここで何をしている。ここは平民がいる場所ではないぞ」
太った貴族風の男がロボに威圧的に話しかけてきた。どこかその男はいらいらしているようだ。
「えーっと、それは」
ロボはこのようなときの対処がいまだにうまく出来なかった。なぜ、こうも貴族というのは平民にからんでくるのだろう、汚らしいと思っているならほっとけばいいものを。
「ふん、通りでなにか匂うと思ったわ。平民がいると臭くてかなわん。さっさとここから出ていけここは高貴なものだけがいていい場所なのだ」
にやにやと男は残虐な笑みを浮かべてロボに近づいてくる。ロボはただそれをぼーっと眺めていた。
すると、背後から声がした。
「おい、おっさん。そりゃあ、あんたの脂汗の匂いじゃねえのか」
「何い?一体誰だ」
ロボと男が声をしたほうをみると一人の少年がいた。その少年は真っ黒なぼろい上着をきていて髪も目も黒い色で全身を黒づくめにしていた。その真っ黒な少年は路地裏の闇な中から急に現れたのでロボは昔話に登場する悪魔を連想した。少年はどう見ても平民でそれにしてもみすぼらしくこの発展した綺麗な町に途轍もない違和感を放っていた。
少年はにやにやしながら二人を見ていた。
「おいおい、もう俺の事忘れちまったのか。その頭に詰まってんのはミンチ肉かよ。そんなんだからカジノで食い物にされるんだよ」
「貴様、そうかあの時のどうしてここに」
「いちゃあ駄目か。そうか、そりゃそうだよな王都の文官とあろう高貴なお方があんな下賤な場所にいちゃまずいもんな。しかも、賭けで小僧にお金を巻き上げられた事を知ってる奴なんかいてほしくないよな」
「くっ」
少年も残虐な目をしていた。だが、それは貴族の男と違い獲物を狙う猛禽類の様な理知と野生を同時に含むそんな目だ。
「分かったなら汚い平民の相手なんかしてないでおうちに帰りな。ママとパパが待ってるぜ」
「ふん、覚えていろ」
男は心底悔しそうな顔をして捨て台詞をはきながら退散していった。
成り行きをただ見守っていたロボは我に返り
「ありがとう、助かったよ」
ロボは少年にお礼を言った。
すると、少年は心底馬鹿にしたかの様にロボを見て
「あのなあ、お前も貴族に絡まれたんならさっさと逃げるとか、取りあえず意味なく謝るとかなんか対処しろよ何ぼけーと馬鹿面で豚づら眺めてんだよ。あんな奴は親の権力を笠にきただけのボンボンなんだからちょっと脅かせばあの通りだ」
そう言われてロボは貴族に絡まれた平民はそうやって対処するのかと思った。だがそんな事はしたくなかった。
「なるほど、次は上手くやるよ」
「けっ、まあいいや。ところでお前何でこんな所にいんの。あいつがいう通りここはお前みたいな田舎者丸出しの平民がいる場所じゃねえぞ。ここは王国の主要組織のトレモン支部が集まった区域だ。クリエイターの平民なんかいちゃ怪しまれて当然だぜ」
そうだったのか、通りで大きくて立派な建物ばかりだと思った。
「へー、なるほど。実は僕はこれから王都に行くんだ。王都に連れて行ってくれる人がここに用があるらしくてここで待っている様にいわれたんだ」
「王都に、お前が。何でまた、もしかして腕試しか。ならやめた方がいいぜあそこは化け物の巣窟だ田舎では神童でも王都では並以下なんて事はよくある」
「それは分かっているけど行きたいんだ。行かないで後悔するよりも行って後悔する方がよっぽどましだ」
「ふーんまあいいけど。お前を推薦してる人ってのは誰なんだ」
「オイラー博士って人だけど知ってるかな」
オイラー博士という名前を聞いた瞬間少年の目が鋭さを増した。
「オイラーってまさか王立工匠の団長か」
「えーと、団長かどうか知らないけど王立工匠の一員だと言ってたよ」
すると、少年は面白い物を見つけた様な顔になった。
「そりゃあ、すごいな。一体何だって、そんな事になったんだ。実はお前結構すごい奴なのか」
「いや、別に大した事ないよ。僕自身なんで博士が王都に僕を連れて行ってくれるのかわからないもの」
「そんな事ないだろ。なんか変わったことしたんだろ。なあ、教えてくれよ」
ロボはなんでこの少年がこんなに自分の事を聞いてくるのか不信に思った。
少年もそんなロボの様子に気づき一歩引いた。
「ああ、悪い悪い一気に聞きすぎたな。実はな俺も王都に行こうと思ってるんだ。そのためにここトレモンでお金貯めてんだ。トレモンはお金が世界中から流れてくるからな」
「そうだったんだ。だけど本当に僕は普通のクリエイターだよ。スキルも一つも持ってないし」
「スキルが、一つもない。、、、なるほどね」
少年は何かを理解したかの様ににやりと笑うと。
「そうかい、ありがとよ。まあ、お互い頑張ろうぜ」
「ありがとう。あっそうだ僕はロボっていうんだ君の名前は」
「へー、変わった名前だな。まあいいや、俺はアダムだまあ覚えとけよ。いつか、王都で会うかもしれないからな」
「そりゃあ、すごいね。僕も王都で立派なクリエイターになりたいんだ」
「ふーん、立派ねえ。まあ、そんな風になる日を楽しみにしてるわ。また、いつか会おうぜ」
そう言って少年は路地の闇の中に帰って行った。
それと同時に
「すまないロボ待たせてしまったな」
博士が建物から出てきた。博士の後ろには褐色の肌をした健康的な女性もついてきていた。
女性は白いタンクトップの上に革のジャンパーを羽織っていて、ズボンも綺麗に革をなめした丈夫そうなズボンを履いていた。筋肉質な体だが聡明な印象を受ける不思議な魅力を持つ女性である。
「話は済んだよ。この方はこれから乗る船の舵を取ってくれるサラ・リンドさんだ」
「よろしくロボ。話は聞いたよ。学校を飛び越えていきなり王立工匠に入るなんてすごいね。我ら王立農学団が誇る水龍ですぐに王都へ連れて行ってあげるよ」
サラは見た目通りの快活な女性で満面の笑みを浮かべながら話していた。
「よろしくお願いしますサラさん」
「全く変な博士さんだよね、魔法使いのワープロードを使えば一瞬で王都に行けるのにわざわざコストも時間もかかる船で行くなんてね」
「おいおい、さっきも言った様にそれは言わない約束だろ」
博士は珍しく慌てた様子だ。そんな博士の様子をサラは男の子をからかう少女の様に笑った。
「ははは、分かってるよ。まかせときな」
「ああ、頼りにしているぞ。こんな事君にしか頼めないからな」
そんな風に博士から言われたサラは少し恥ずかしそうに頬を掻きながらはにかみ
「そりゃあ、私もあんたの頼みだからこんな無茶をやるんだぜ」
そう言ってのけた。
ロボはこの二人は昔からの付き合いなのだろうなと思った。ワープロードなど気になる言葉やわざわざ船で行こうとする博士の真意など聞きたい事があったがこの二人の醸す雰囲気の中では言い出せなかった。
「よし。話もまとまった事だしそろそろ出発するか」
「はい」
「ロボの素晴らしい門出だ、明るく行こうよ」
そうして三人は港に向かって歩きだした。
ファンタジーロボティクス 岡田 浩光 @kakujj
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