番外編・さくらのオイル交換


「ねえゆーき?」

「……………ん、なんだ?」

「うんとねえ、最近人工筋肉誘電エラストマーの稼働電流値が低くなってきたから、オイル交換して欲しいんだけど」


 人工筋肉の電流値が低くなってきた――つまりボディ各部の(こすれる所)が滑らかになってスムーズに動作するようになり、動作に必要な電気量が低下し、“ナラシ”が完了した事を意味する。


「ああそうか。じゃあ用意するからやっちまおう」



 DOLLも人工筋肉エラストマーが内部でこすれて動く以上、それによって微細な粉塵マイクロダストが必ず発生する。

 その粉塵は稼働初期に最も多く発生するので、このようにナラシが終わった兆候が見られたら早急にオイルなどを交換して、その粉塵を取り除く必要がある。

 それを怠ると、今度はその粉塵がしゅう動部をさらにすり減らす要因となり、結果的に機械本体の寿命を大きく縮めてしまう。

 ちなみに新車のエンジンなども同じで、最初のオイル交換は“アタリ”が出てナラシが終った頃、大体走行距離が500kmから1000kmくらいに達した頃に行うのが良いそうだ。

 さらにメーカーではこのような事はあえて喧伝しないが、そこはまあ、消費者の購入サイクルを縮めたい“大人の事情”らしい。(お父談)



(……えっと、交換用の単弁ポンプに受け皿、ハンドタオルに交換用オイル……こんなところか)



 道具を準備し、確認する。

「じゃあさくら電源切断シャットダウンしてくれ」

「それはイヤ♪」

「……聞き間違いか?」

 首を傾げる。

「だからこのままシテ?」

 違った。

「くっ、シテって……壊れたか?」

 今度は別な意味で首を傾げた。

「ぷ~~~!! さくら壊れてないもん!!」

「いやだって電源オフにしてなきゃ……って、あれ?、そういえば問題ないな」

「そうだよ~~、対戦用のバトルDOLLなんかは中のオイルを抜いているじゃない」

「……そうだったな」


 DOLL内部のオイルを抜く――それによってエラストマー内のオイルポンプを空転させ、運動抵抗を下げて動作を機敏にさせる、ごく初歩のチューニング方法だ。

 そもそもDOLLのエラストマーはほとんど発熱しないので、車のエンジンの様な火力原動機の冷却とは根本的に違う。

 そのオイルは隣り合った人工筋肉エラストマー同士の潤滑や、内部メモリーと演算装置プロセッサの冷却のためで、短時間稼働のバトル用のDOLLなら、内部がオイルで濡れている程度で充分とされる。



 そんな訳でさくらに説得され、オイル交換を始める。



 ――この後の地獄を知らずに。





 さくらがテーブルの上に正座し、俺も向かい合う形で正座した。


「ふつつか者ですけど……………」


 最初の設定時と違い、今度こそ正確に三つ指をついて言いながら、恥ずかしげに言葉を詰まらせるさくら。

 それを聞いた瞬間これから起こる事を悟り、脳内に電撃が走る。


 人間並みの感性と表情を持つA・I搭載のDOLL《ロボット》。

 それを相手に“あの作業”を…………


(しまった~~~!! さくらにハメられた~~~~~~~~!!!!


 だがもう遅い。さくらはすでに足を崩して横座りし、左手の親指を口元に当てて、恥じらうように上目遣いで俺を見ている。


「じゃ……じゃあ、スル?」


 なぜかどもるさくら。


「……なあさくら」

「なあに? ゆーき」

「やっぱりシャットダウンしててくれないか?」

「ずえっっ~~~~~たいにイヤ!!」

 瞬時に表情を反転させて睨み返し、半トーン低い声音と、人間みたいな強調ニュアンスで否定される。

「……むうう、お?」

(はっ! そうだ! ツインから操作してやれば……)

 そう気づき、腕のツインを起動させて空間投影機エアビューワーを展開、“ELF―16”のステータス表示から電源切断シャットダウン命令コマンドを選ぶ。


(えらぶ……ぶ……あれ?…………コマンドボタンが無ぇ!!)


「ぶっぶ~~、残念でした~~。ツインのOS(オペレーティングシステム)はとっくに書き換えて、さくらへの干渉を制限してアリマ~~ス」

 片言の日本語の語尾に加え、左手の指でチッチッチとリアクションするさくら。


「そんな高性能いりません!!」


「え~~~~~~~~!?」




(なんてこった)……orz

 ――そうしてすべてを諦めると、ココロは無常Aniccaの境地に達した。



 今のさくらの服は、フローラのプレゼントしてくれたレトロメイドっぽいイギリス清教徒(ピルグリム)の服だ。

 ぎこちなくもそれを何とか脱がせ、黒いハイレグ風の下着(ソーラーセル)も、極小接続プラグを外して脱がせる。

 そうして外皮インテグメントのみの格好になると、微妙な部分と胸を手で隠してさくらが立ち尽くす。


「…………(モジモジ)」

「じゃ…じゃあ、イ、インテグ脱がせるから背中見せて」


「うん……さくらにここまでしていいのはのはゆーきだけなんだよ?」

(ぐはっっ!!!)


 これまでのさくらの行動パターンから、予想を裏切らない言動に自爆する。

 なにより、オリジナルの“霞さくら”のファンの自分に、こんなセリフと声は破壊力バツグンだ。



(マズイ、このままでは交換たたかう前に悶死せんししてしまう)


「うくっ……ありがとう――てか、お、おまえのマスターは俺なんだから、も、もちろ………んだ」

 床に手をついてうなだれていた顔を決然と上げる。


 そしてテーブルの上のさくらを前からそうっと掴み、背中の隠しジッパーをはずし、腰を優しく掴み直して、インテグを上からめくるように脱がせる。

 そして脱がせた後のインテグは、クシャクシャになった肌色のゴム風船のようで微妙にシュールな画になっている。


(……はあ、こればっかりは設計的にしょうがないのか。だからオイル交換は専門業者に任せる人が多いんだろうな。おかげでのぼせた頭が冷えたから良かったけど)

 しかしそんな幻想も瞬時に打ち砕かれるイマジンブレイク


「やっぱり恥ずかしいよう……」

 内股になり、両手を胸の前でクロスさせてモジモジするさくら。


(くっ……負けないぞ!)


 どうやらさくらにしてみれば、インテグだけよりも、むき出しの素体ボディの方が恥ずかしいらしい。

 しかし、こんな小さいボディにハイテクを詰め込んだデザインは、メカ好きな自分にとってはやはり美しいと思う。


 DOLLのボディを形作るSegmentationセグメンテーションは、膝や肘はカニの二番目の関節に、肩や股関節は根元の部位に似ている。

 大昔のアニメにある金属蝶番のようなリンク機構は、金属パーツの極小化と軽量化、そのメンテナンス性から開発が断念されたと聞く。

 そして今目の前のDOLL《さくら》を改めて見ると、外殻同士を強靱な人工靱帯で繋いでいる指先などの細かい関節構造は、まさに小型昆虫の節足を模している。

 セグメンテーションは動きの精度やパワーでは、サーボモーター式リンク機構など、金属機械構造体メタルストラクチャーには劣るものの、可動範囲の自由度と衝撃吸収ショックアブソーバー性能や、軽量、極小化と省電力化でははるかに上回る性能を実現している。

 さらに制御するための筋肉チャンネル数も多いのだが、各部関節の相対位置関係を把握して、包括制御する方式で動きの多様化を実現し、かつ制御プログラムそのものをシンプルにすることに成功した。

 わかりやすく言えば、CGアニメ制作のキャラクター姿勢制御プログラムに、平衡感覚オートジャイロ質量感覚グラビティセンサーが追加されている、――というのが近い。



 ――改めて見直して冷静になった頭で考えると、メカボディのDOLLが恥らう姿もなかなか可愛い。

「そうか? 機械とかのメカが好きだから、そのボディも素直に綺麗だと思うぞ」

「ゆーきのヘンタイ」

 素直に褒めたのに、照れながら逆にツッコまれる。

「いやいや、工業高校生にそのセリフはないぞ」

「じゃあ学校のみんなもヘンタイさんなんだね?」

「む、否定はしないし、機械科のみんなは大なり小なりある程度のメカフェチのケがあるのは認める。けど、照れ隠しに人をヘンタイ呼ばわりするのはやめて」


「うん、ごめんなさい……」

 シュンとうなだれるさくら。


 意外な所で素直なので、それがかえってさくらの可愛気チャームポイントになっている。

「うくく……いや、謝るほどじゃないから気にするな。――じゃあ交換始めるぞ」


「うん。……優しくしてね?」


 ゴン、ゴン!!

 床に頭を打ち付ける。


「裕兄うるさい!!」



 壁の向こうから姫香の怒鳴り声が聞こえた。


  „~  ,~ „~„~  ,~


 痛い頭を押さえつつ、器具を取り出す。

 交換ポンプは30センチくらいチューブの途中に、洗濯バサミのような金属ポンプが付いていて、吸引側が爪楊枝程度の太さのイヤホン端子に似た接続栓(ジョイントプラグ)になっている。


(この形と使用法、DOLL設計者の偏執度がうかがい知れるな。……まあ、メカ設計者にはオタクが多いとはお父が言っていたしな)


「えっと、これをあそこに挿すん…………ぐっっ!!」ボフッッ

 考えてしまい赤面して言葉に詰まる。


 油入排出口オイルドレンポートは人間で言うデリケートゾーンにあり、女性素体ならドレンプラグをそこへ接続コネクトしないと交換できない。

 さくらを見ると、左拳を口元にあて、右手でデリケートゾーンを隠している。


「あの……さくらさん」


「はい……」


「始めます」


「うん……ちょっと怖い」


 ポトン――ポンプを落とした。

 再び飛んでいきそうな意識を懸命に捕まえつつ、震える手でポンプを拾い上げる。


「うくく………はい、善処します」


 そう言い、左手でさくらのボディを背中から掴んで持ち上げ、右手でジョイントプラグを持つ。

 さくらは左拳を口元に当て、右手でデリケートゾーンを隠し、俯いてされるがままだ。


「足を開いてくれるかい?」

(う……ほかに言いようは……ないか)


「……はい」

 そう言うと、左拳を開いて顔を隠し、足を少し開いた。

「……恥ずかしいよう」

 さくらが右手で覆った三角地帯(オイルポート)を見つめ、ゴクリと息を呑む。


「ううう、俺も恥ずかしい――って、あ~~~っ!、やっぱダメだ!」

「ゆーき?」


「こうしよう」


 そして脇に準備してあった、拭き取り用のハンドタオルをさくらのボディに被せる。

「どうするの」

「ちょっと目隠しブラインド作業になるけど、これで隠せばいくらかは恥ずかしくない」

「そうだね、……でも大丈夫?」

「涼香ほどじゃないけど、俺はそこそこ器用な方だと思うぞ?」

「うん、……お願いね」

 そうしてジョイントプラグを掴み、手探りでさくらの秘部ドレンポートを探る。


(ここか?)


「あっ!…ちがっ」


(くっ……ダメか?)


 DOLL《ロボット》相手とはいえ、その股間を似て非なるモノダミープラグでゴソゴソと探る作業はもはや……



  ――――― ……言葉にならない。



「ごっ、ごめ……」

(もうちょっと上か?)


「待って。ゆーき」


「な、なに?」


「さくら……うつ伏せになったほうが良い?」



後背位バックですか!!!!」



「どう?」



(俺がコワレちゃうよ!)

 叫びを飲み込み、無難なセリフを吐きだす。

「あっ………くっ……いっ…いやこのままで良い」



「……でも」


「そっそれじゃあ……わわ悪いけど“先っちょを誘導”してくれるか?」


「………うん、二人で一緒にね?」


「ぐふっ、……あっああ、たっ頼む」

 思わずさくらを掴む左手が力みそうになり、必死に制御コントロールする。


「じゃあゆーき、……さっ、さくらに“先っちょ”をちょうだい?」

 さくらが左拳で口元を隠し、恥らいながら右手をタオルの下へ滑り込ませて股間のあたりで待つ。




「うっ、うん、……ヘタでごめんな」

 そうして俺もタオルの下へ右手を滑り込ませ、さくらの右手にジョイントプラグを近づけて呟く。




「ううん……いいの、そんな現在いまのゆーきも見ていたいから……」

 潤んだ目で俺を見つめるさくら。(錯覚)


(あふぁ~~~~!!)

 羽毛で撫でられているような、言いようのないおぞ気が背中に走る。


「うくっ……じゃあ、……お願いします」


「うん……………」



「んっ……カタイ…………えっと……こっち」


(ひょあ~~~~!!)

 さくらの右手へ寄せるとさくらがジョイントプラグ先っちょを掴む。


「……………………おっ、おおおぉうふっ……」

 意味不明な喘ぎが自分の口から洩れ、脳みそが海綿状スポンジに変異しそうになり、オマケに緊張のあまり俺の手が強張ってしまい、DOLL《さくら》の力ではうまく誘導できない。


「ダメ……ゆーき……もっと力を抜いて」


(うほぁ~~~~~~!!!)

 言いしれぬ寒気と快感の同時攻撃にうち震える。


「くっ………悪い、ここか?」

 深呼吸し、力を抜くよう右手を意識しつつ、さくらに合わせる。


「うん、そう、そこ………………うっ!!」


(うがあぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!)

 つりそうな指を全力で制御しつつ、指先に軽いフィット感を感じ、無事はまった事を知覚する。


「くっ、……………………………は、挿入はいったかな?」



 ――大きく息を吐いて安堵するが、さくらはさらに高みへ向かう加速させる



「んっ、そう……いい……ゆーき………ゆーき!……………好きぃ~~~!!」


(このタイミングで言うの!?)

 誘導していて、さくらが掴んでいた親指にさらに力が入る。



「う……ああ、おおお俺も……好きだよさくら」

 なぜか返事をしないといけない気分になる。



 左手で胸を抑えてる俺の親指を、下から抱えるようにしたさくらの腕に力が入る。


「うん………うれしい…………涙出そう、、」


 そうして親指に頬を摺り寄せる。



(出るわきゃねえし!! つか、俺の方が泣きそうだよ……)

「くっ…………じゃあ、(オイルを)出すよ」


「うん、……いっぱい出してぇ~~!!」

(だは~~~~~~~!!!!)



 必死で平静を装うが理性は崩壊寸前。


 そうしてぎこちなくポンプを動かし、受け皿にオイルを排出する。



 ぴちゃ、


「……ん……………」


 ……くちゅ、


「………あん……………」


 …………ぐちゅ、


「………………んあっ………………」


 初期仕様の少し高粘度の、赤く着色されたオイルがチューブを通る音。

 それとさくらのあえぎ声だけが静かに部屋に響く。


(うっ、くくなんて声を……!、てかこの音…………)




 くちゅちゅー…………………………ぷっ。




 オイルが抜け切る最後の瞬間、空気が抜ける音が混じった。



「あっ!、イヤン!!」



 ガ~~~~~~~~~~~~ン!!!!

 ――頭をナニかで殴られたような錯覚を覚え、一瞬意識が遠のく。



「………………………はっ!…… だっ大丈夫だよさくら、判っているから恥ずかしくないよ」


 すぐに我に返って優しく言うが、なんとかフォローできた自分の事の方が奇跡に感じた。



「ありがとう……ゆーきは本当に優しいね」

さくらはそう言うと、胸を押さえていた俺の左手の親指を持ち上げ、目をつぶって頬ずりしてくる。


「そっ、そうか? あああありがとう」

 だがこんな状況では、口にした言葉ほど嬉しくない。

 なんとか平静を装いつつ、抜いたオイルの量を確認し、震える右手で新しいオイルを量って準備をし、ポンプを“OUT”から“IN”に切り替える。


 目を閉じココロの準備をし、数回深呼吸をして水に深く潜るように息を止め、ゆっくりと息を吐きながら言う。


「じゃあ入れるよ」


「うん、……さくら壊れちゃうからゆっくり注入いれてね?」

(ぐふっ!! ………………いっ……息がおお……くふっ……さっ…酸素…ギッ………ギブ……ミー………)


 真空中に放り出されたように、肺の中の酸素を一瞬で失い(主観)、今度こそ呼吸困難に陥った。



「ハッ………………カハッ……おっ…ハッ……ウォイル(オイル)入ろる(いれる)はぬし(話)だよね!?」


(ヤバイ! 俺が壊れかけてる!)

 酸欠からろれつの回らないセリフをほとばしらせしまう。


「そうだよ」


(通じたよ!)


「くッ…はっ……あっあ、わわかった…………はっ……………はっ………ああ、……気を付ける」

 おかげで気を落ち着ける事に成功するが、心臓はまだバクバクしている。


 だが、ポンプを動かし始めたら、心拍がジョイントプラグにダイレクトに伝わってしまい、さくらにすかさず冥界の門戸を叩かれるツッコミを入れられる



「……ゆーき、さくらの足の間からドックンドックンが伝わってくるよう?」


「言い方!!」




 ……そうして何とかオイルを入れ終わり、さくらの素体(ボディ)を拭いてやる。

 拭きながら、「はんっ」とか「あふぅ」とか「んくっ」と喘ぎながら身じろぎするさくら。

 そのたび俺は呼吸困難に陥り、酸欠になりつつなんとか終わらせた。

 投げ出さず諦めず壊れず――そんな自分の自制心を実感し、ちょっと大人になったような気がした。

 拭いたタオルに付いたオイルの赤い染みを見る。


(ああ……シュールだなあ。何だっけ? フローラはロストバージンの血の色を“チェリーピンク”って意味だと言ってたか……)


 そんな風に考えながら道具を仕舞い始めると、ハンカチをバスロ-ブのように羽織ったさくらが、拭いたタオルに赤いオイルのシミが付いているのを見てこう言う。


「さくらはね? ゆーき」


「うん? なんだ」

 道具を片付けつつ聞き返す。


「初めてがゆーきでよかった」


 トドメが来た。




 ――そして、夢うつつな状態でさくらになんとか服を着せ、エクトプラズムを放出し切った感じでベッドに突っ伏した。



「…………………………………………」


 一戦800mどころか、攻城戦フルマラソンをしたかのような疲労感に襲われる。






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SAKURA DOLL (ショートVer) 鋼桜 @sakura_doll

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