第5話 やっぱり現れる○○○

 お兄ちゃんがいなくなって静まり返った部屋に、スマホの通知がぶぶぶと響いた。


 佳帆【大丈夫?】


 届いたメッセージを見て、わたしは慌てて返事をする。


 【大丈夫。佳帆は?】

 佳帆【平気。それにしても、ふたり同時に倒れるなんて、びっくりだよね】

 佳帆【おかげで、夕方限定のイベのアイテムゲットしそこなっちゃった】


 佳帆の反応は至って普通だ。ゲーム内のイベントのことを気にしているくらいだから、本当に平気みたいだ。


 【佳帆、倒れる前に、なにか見なかった?】


 あの時、佳帆はなにかを凝視しているように、わたしには見えた。


 佳帆【なにか? ええ~。なにかって、なに? 別に、なにもなかったと思うけど】

 【赤色、とか……】

 佳帆【赤色? なにそれ?】

 佳帆【あ、ごめん、お母さんがなんか言ってる。またあとで】


 それきり、佳帆からのメッセージは途切れた。


 覚えてない……。

 どういうことなんだろう。

 わたしが、幻を見たってこと?


 考え込んでいると、コツコツと窓が鳴った。

 見れば、ベランダに翔汰が立っている。いくあと目が合うと、「よぅ」と片手を上げた。


 いつもと同じ水色の水干姿に、ぼさぼさの髪。

 そして上げていないほうの手には、何故かコンビニの袋。


 どうして!?


 わたしはガラリと窓を開けた。


「翔汰、それ、どうしたの!?」

「どいうした、って、普通に買ってきたんだけど。ほら、見舞い」


 木のスプーンと一緒に、アイスをわたしに差し出す。


「いやでもだって、翔汰お金持ってないでしょ」

「なに言ってんだよ。神社には賽銭がたくさんあるだろ」

「それ賽銭泥棒だよ!」

「おれを拘束してんのはあの神社の神様なんだから、拘束時間分の金をもらってもいいだろ」


 そんなアルバイトの時給の計算みたいなことには、決してならないと思う。


「そ、それにその首の鎖だって……」

「ここんちの隣の佐々木って家のはす向かいのコンビニまでなら、行けるんだよな、実は」

「嘘っ!?」


 初耳だ。


「なにかできるわけでもないし、別にいいじゃん」

「いや、でも……」

「それより、ほら。一緒に食おうぜ」


 押し付けられるようにしてアイスを受け取る。

 翔汰はベランダにあぐらをかいて座ると、袋から自分の分のアイスを取り出して、さっさと食べ始めた。


「あーあ、食べちゃった」

「安心しろって。これはなにを勘違いしたのか、おれの池に投げ込まれた金。それはつまりおれが恵んでもらった金ってことだろ」


「いや、そういうわけじゃないとは思うけど」

「つべこべ言ってると、とけるだろ。今更返しに行ったって、どっちみちそのアイスはもう商品としては使えないんだから、食べとけよ」


 ………。


 明日にでも、アイス分のお賽銭を倍にして神社に返しておこう。

 わたしは諦めのため息をついてから、窓の桟を挟んで向かい合うように腰を下ろした。

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