第3話 気がついたら傍にいた○○○

「いくあちゃん、いくあちゃん!」


 名前を呼ばれて目を開けると、見知った顔がそこにあった。

 くせっ毛だというふわふわの髪に、八の字気味の眉。


 そのせいか、いつもちょっと困っているように見えるんだけれど、今はその顔にはっきりと心配の色を浮かべている。


「コウキ、さん……?」


 お兄ちゃんの大学の後輩で、いつもお兄ちゃんが迷惑をかけているコウキさんが、何故かわたしを見下ろしていた。


「ああ、よかった。たまたま通りかかったら、女の子が倒れてるから慌てて駆け寄ったんだ。そしたらそれがいくあちゃんとお友だちだったものだから、肝を冷やしたよ」

「っ! コウキさん、佳帆は!? わたしと一緒にいた女の子は!?」


 真っ赤に染まった路上。じわじわとわたしたちを包む真紅のあれが、佳帆の血だったとしたら――。


「佳帆ちゃんっていうんだってね。大丈夫、一緒に病院に運びこまれたけれど、すぐに目を覚ましてね。検査結果には特に異常がなかったから、お母さんに迎えに来てもらって、さっき帰ったよ。いくあちゃんのことすごく心配してたから、あとで大丈夫って教えてあげたら安心すると思うな」


「佳帆、無事なんですね!?」


「うん、大丈夫だよ。外傷は、倒れた時の打撲と擦り傷くらいだったみたいだし。いくあちゃんが受け止めてあげたのかな? 頭を打ったりもしてなかったみたいだから、安心して」


 コウキさんが、わたしを安心させるように、しっかりとうなずいてみせる。


「打撲と擦り傷……」


 佳帆が怪我をしてなくてよかった。

 でも、それじゃあ、あの大量の血はいったいなんだったんだろう。


 わたしはかけられていた布団を跳ね除けて、自分の体を確認する。

 なんともない。   


 真っ赤に染まったはずのわたしの手は、何事もなかったかのように綺麗だった。爪のあいだにも、痕跡は残っていない。


「いくあちゃんも、無事でよかったよ。今日も暑かったから、そのせいで倒れちゃったのかもね」


 ううん、とわたしは心の中で否定する。

 確かに七月に入って暑い日が続いていたけれど、あの時は雲が出ていて、どちらかといえば涼しいくらいだった。


「……制服! わたしの制服は?」


 わたしと佳帆の制服も、赤く濡れていたはず――。


「ああ、それなら、そこに。あ、安心してね、着替えさせたのは僕じゃなくて、女性の看護師さんだから」


 コウキさんが指で差したそこには、ハンガーにかけられたわたしの制服があった。

 夏服のセーラーは、いつもと変わらず真っ白だった。  

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