第10話 あの日途絶えたわたしの○○○
「お兄ちゃ……っ!」
繰り返していると、突然、わたしの体がぐいと持ち上げられ、足が地面を離れた。
服の背中あたりを引っ張り上げられているようで、服の襟首が喉に喰いこんで苦しいし、今、自分にいったいなにが起きているのかわからない。
首を捻って後ろを確認しようにも、黒くて大きいなにかが視界に入るだけだった。
パニックに陥ったわたしはとにかく現状から解放されたくて暴れたけれど、喉が苦しくて長くは続けられなかった。
諦めて力を抜いた次の瞬間、体が少し沈んだかと思うと、突然顔が強風に襲われた。
目をあけていられなくて、ぎゅっとつむった。
耳元で、ごうごうとすごい音が聞こえていた。
いつの間にか水の中にいたようで、鼻から大量に水を吸い込んだけれど、むせることもできなかった。
苦しくて、わけがわからなくて、死んでしまう、という恐怖があった。
けれど。
ざばあ、と。
大きな音がしたのを最後に、突然、風がやんだ。
体が固い場所に投げ出され、驚いて目を開けると、正面に、動きを止めたお兄ちゃんの顔があった。
「お兄ちゃん……? どうして……」
「ばっ、ばっ――化け物めっ!!!」
お兄ちゃんの目は、わたしを見てはいなかった。わたしを透かして、後ろのなにかを見ていた。
「化け物っ!?」
「これでもくらえっ!!」
お兄ちゃんが、脇にかかえていた古めかしい鏡をわたしの後ろへ向けた。鏡面が白く輝いているように見える。
わたしはそれにつられるように、振り向いた。
黒。
わたしの背後にあったのは、一面の黒だった。
その正体を知ろうと、わたしは顔を上げた。
と、そこには白く太く鋭い――。
「牙……?」
漆黒の穴と、その入り口に並ぶ鋭い歯がわたしに迫っていた。
そして――。
わたしは擦れた自分の声と一緒に、真っ暗な世界へと呑み込まれた。
最後に聞こえたのは、お兄ちゃんが絶叫する声。
今度のわたしは、まだ意識があった。
あまりにふいの出来事すぎて、気を失う間すらなかったからかもしれない。
けれど、それもそこまでだった。
ぶつり、と。
わたしの○○○は途絶えた。
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