第9話 昔出会ったあの○○○ (3)

 意識を手放したわたしが次に目を覚ましたのは、名前を呼ぶ声が聞こえたような気がしたからだった。


 目を開けるとやっぱりそこはひんやりとして静かな例の場所だったけれど、あの怖い大人の男の人の姿はもうなかった。


 わたしは慌てて自分の頭や顔や首を触ってみた。

 どこも痛くないし、おかしなところもない。上半身を起こして、手足を前に伸ばしてみるけれど、どこにも異常はなかった。


 ひとまずほっとして安堵の息を吐き、改めて周囲を見渡す。


 薄暗くて、がらんとした場所だった。

 なにもないし、誰もいない。


 さっきのは、怖い夢だったのかな。


 そんな風に疑うほど、人の気配がなかった。


 ほんのりと降る明かりに気づいて天を仰ぐと、白く明るい天井が見えた。

 天井までどのくらいの高さがあるのかは、わからない。

 近くないことだけは、間違いなかった。


 ……あ、いくあ――。


 天井を見ていると、そこから光と一緒に声が降ってきた。


 誰?


『いくあ! いーくあ――ぁ! どこだよ――!』 

「お兄ちゃん!?」


 すごく遠くから聞こえるけれど、それはいつも自分を迎えに来てくれる時の、お兄ちゃんの呼び方だった。 


「お兄ちゃん! お兄ちゃ――ん!」


 わたしは大きな声で、必死にお兄ちゃんを呼んだ。

 公園で遊んでいても、ちょっとぼーっとして道に迷った時も、お兄ちゃんはいつもわたしを迎えに来てくれる。


 本当は、お兄ちゃんはわたしのお迎えなんて面倒で嫌なんだけど、お母さんに言われて仕方なく来てくれてるんだってわかってる。


 それでも、来てくれたお兄ちゃんの姿を見つけると、いつも嬉しくなる。

 こんな、知らない場所では尚更だ。


「お兄ちゃん、わたしここだよ! お兄ちゃん!」


 気づいてもらおうと、何度も叫んだ。

 それなのに、お兄ちゃんはわたしの名前を呼び続けている。


 わたしの声は、お兄ちゃんに届いていないようだった。

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