2-2-2 ングラクネ工房にて

 草木も眠る丑三つ時、ベッドの中で深い眠りについていた初老の男、ノドンスの意識は不意に覚醒した。


「!?」


 ベッドの中で聞き耳を立てるノドンスは、かすかな魔導炉の稼働音が近づいて来るのを確認する。彼は物心ついた時から機械好きで、スパナを握って産まれてきたと揶揄される程の男だった。そんな彼は幼い時に野盗退治に出撃する精霊機甲を見て、その威容に驚き憧れ、その虜になる。他の男の子達が、精霊騎士、機械魔導師となって縦横無尽に精霊機甲を操り、野盗共をやっつけるんだと頬を紅潮させる中、幼いノドンスは一人こう思っていた。


「俺はいつか、世界一の精霊機甲を作り上げるんだ!!」


 それから五十年余り経った今、ノドンスは優秀なマイスターとしてルルイエ世界にその名を轟かせていた。彼の工房には、精霊機甲の操縦者が求めて止まない高性能のパーツや、優秀な武器が揃っている。彼の工房を訪ね、自機の改良を求める者は後を絶たない。しかし、往々にして身の丈に合わない改良を求める者も多く、そんな身の程知らずの者達は全て門前払いを決めていた。そんな門前払いをされた者の中には、些か性根の曲がった者も多いのが事実。彼等は深夜に意趣返しのお礼参りをしに来るのが常であった。優秀なマイスターのノドンスは、精霊機甲の発する音に敏感である、深夜のお礼参りが半ば日常になっている事から、魔導炉の稼働音には特に敏感であった。特に自分の手掛けていない稼働音には敏感で、たとえ深い眠りの中にあったとしても、目を覚まして臨戦態勢を調え、不心得者を懲らしめるのは造作の無い事である。


「また来やがったな! ロクデナシ共め!」


 ベッドから起き上がり、素早く一張羅の作業服を着たノドンスは、ベッドに立て掛けてある鉄パイプを手に取ると、凶悪な笑みを浮かべて寝室を後にし、侵入者の脳天に思い切り振り下ろした。


「ふぃーっ、やっと着いた……」


 草木も眠る丑三つ時、ノーデンスは懇意にしている工房の敷地内にこっそりと侵入すると、ナイトゴーントハイパーボリアカスタム『クマちゃん』を工房内の目立たない場所にそっと駐機させた。


「道中誰にも見られてないよな……。さっさとオヤジを叩き起こして、なんとかしてもらわねぇと……」


 アリシアにどやされて出発してはみたものの、やはり羞恥心が先立つノーデンスは、日中ンガイの森の中に隠れ潜み、深夜になってから移動を開始した。そして子供達の実力と、エルトラン・シャーズの能力を信頼している彼は、後を追って真っ直ぐセラエノに行くのではなく、少し遠回りをしたングラクネに有る懇意の工房に寄り道する事を決めていた。物音を立てない様に注意して、機体を降りたノーデンスは、慎重に辺りを伺いながら、そっと工房の扉を開けた、その時。


「この不届き者が!!」


 脳天に軽い衝撃を受けたノーデンスは、怒鳴り声のする方向に顔を向け、首をかしげた。


「起きてたのか、オヤジ?」

「何じゃ、キサマか、ノーデンス。全く、驚かすんじゃないわい」

 

 くの字に曲がった鉄パイプを呆れ顔で眺め、衝撃で痺れた腕をさすりながらノドンスは警戒を解いた。


「何の騒ぎだ、オヤジ?」

「フン、常在戦場ってヤツじゃよ。で、こんな夜更けにコソ泥みたいに、一体何の用じゃ?」


 鉄パイプで思い切り殴られたくせに、痛痒にも感じていないノーデンスに、それを突っ込むのは止そうと首を左右に振りながら、深夜の訪問の目的を尋ねた。


「おう、それなんだが、見てほしい精霊機甲が有るんだ」

「ほう、そういえばキサマ、聞き慣れん稼働音のする機体に乗って来たようじゃの。さてはおニューか? どんな機体だ?」


 ノドンスの瞳が少年の様に輝く、さもありなん、彼は初めて精霊機甲を見たその時から、精霊機甲ヲタクなのだ。機体を愛でるだけではなく、マイスターらしく改造アイデアを豊富に持っており、ノーデンスの持ち込んだ機体をどう改造してやろうかと、身を乗り出す。そんなノドンスの姿に、ノーデンスは若干気が引けて後ずさる。


「どんな機体かって……、まぁ、あれだ……、元はナイトゴーントだった機体なんだが……」

「ナイトゴーント!? にしては、魔導炉の回転音が甲高かったの? ナイトゴーントはもっとこう、重厚な回転音じゃったろう。元はという事は、既に誰かの手が入った後か?」


 ギロリと睨め上げるノドンスに、しくじったかなとノーデンスが確認する。


「嫌か?」

「嫌な訳無かろう! ナコト写本の解読は日進月歩、他人の技術の中にも、新しい発見が有るやも知れん。さっさと見せてみろ」


 気分を害した訳ではない事を悟り、安心したノーデンスだったが、ここに来てクマちゃんを見せる事に抵抗を感じ始める。


「……いや、実はな、本当の事を言うと、余り見ては欲しくないんだ……」


 煮え切らない態度で矛盾した言葉を吐き出すノーデンスに、ノドンスは痺れを切らす。


「何を馬鹿な事を言うとるか、ノーデンス! 見ない事には話にならんだろう! さっさと持って来んかい!」

「お、おう」


 シャッターをガラガラと開けながら、どやしつけるノドンスの背中に向かって返事をしたノーデンスは、クマちゃんの契約聖霊イェグハに魔力を送った。ノーデンスの魔力を受けたイェグハは、主人の魔力指示に従って、開ききる前のシャッターの隙間に矢のような速さで飛び込んだ。


「コラッ! バカモン! なんて事をしてくれるんじゃ! 中には貴重な解析前のナコト写本が……」

「オヤジ! そんな事はどうでもいい! 早く閉めるぞ!!」

「わかったわかった、落ち着けぃ、ノーデンス!」


 機体を工房に入れる、というには乱暴過ぎるノーデンスの行動に、ノドンスは抗議の声をあげるも、ノーデンスはそれを遮りノドンスの身体ごと回す勢いで、大急ぎでシャッターを閉めた。


「ふぅ~。これで一安心……」

「一安心じゃ無いわ! あんな勢いで入れたら、中がめちゃくちゃに……」


 乱暴な勢いの魔力操作で工房に入れたため、中は酷い有り様になっていると思い込み、叱責の言葉を吐きながら、ノドンスは工房の中を見回す。しかし、中は予想に反して乱れておらず、今度は驚きのうめき声を上げた。


「うぬぬ、ノーデンス、キサマ、腕を上げたの」


 ノーデンスが行ったのは、かつて三回ンガイの森の上空から叩き落とされた、キョウの行った機動を応用したものである。ノーデンスはキョウの教えを受けてから、精霊騎士、機械魔導師として長足の進化を遂げていた。満足気な笑みをたたえ、ノドンスは何度も頷きながら、孫であるノーデンスの背中を叩いて、彼の成長を褒め称える。


「あ、ああ」

「で、どんな機体なんじゃ、キサマの精霊機甲は……」


 照れるノーデンスをに相好を崩しながら、ノドンスはハンガーに振り返り彼の持ち込んだ精霊機甲に目を向けた。


「何じゃこれは!? また、可愛らしい精霊機甲じゃのう! ぶぁっはっはっは」


 ナイトゴーントハイパーボリアカスタム『クマちゃん』を目の当たりにしたノドンスは、涙を流しながら、腹を抱えて大笑いした。


「おい、あんまり笑うなよ、オヤジ。こんな見てくれでも、子供達が一生懸命組み上げた機体なんだ」


 恥ずかしいとはいえ、孤児院の子供達が、自分の為にオイルにまみれて組み上げた機体である、ノーデンスは爆笑するノドンスに抗議の声をあげた。


「いや、すまんすまん、あんまり可愛らしいもんでな、つい笑ってしもうたわい。どうやら、曰く付きの機体のようじゃの」

「ああ、実はな……」


 ノーデンスは前のダンウィッチ攻防戦からの経緯を、かいつまんでノドンスに話す。その内容に、慈善家で子供好きなノーデンスには普通に相応しい話だなと納得すると共に、クマちゃんの性能を、予想から大幅に下方修正した。感謝の想いと魔力が込められているとはいえ、所詮は女子供の組み上げた機体、大した改造はなされていないだろう。子供の感性で、やたらと可愛らしい外装になっているが、中身は大したことはないだろう、下手をすると元のナイトゴーントから機体性能が下がっている可能性もある。だからこそ、ノーデンスは自分の所に持ち込んで来たのだろう。

 そう目算をつけたノドンスは、幼い時の自分を思い出し、微笑ましく思いながら、まだ見ぬ小さな後輩に有益なアドバイスを贈る為に、ハンガーに固定されたクマちゃんの検分を始めた。


「どれどれ」


 検分は脚部から始まり、整備用の櫓を登りながら、上へ上へと続けて行く。


「ほうほう」


 機体の外装、フレームの検分を終えると、背部に回って魔導炉のカバーの開け、つぶさに内部を検分しする。


「ふむふむ」


 充分に堪能した表情でカバーを閉じると、次に頭部の検分に移り、終了した。


「ど、どうだった、オヤジ……、俺としては中身はそのままで良いから、外装をだなぁ……」


 背後から声をかけるノーデンスを無視し、ノドンスはニコニコ笑いながらホイストクレーンを操作して、フックを頭上に垂らした。


「?」


 何を始めたのかと言葉を中断し、目を丸くて見守るノーデンスを尻目に、フックに玉掛けワイヤーで輪を作って引っ掛ける。


「よし、こんなもんかな」


 ワイヤーを二三度引っ張り、掛かり具合と強度を確認したノドンス。


「死のう」

「待て待て待て待て!」


 ボソリと一言呟いて、首を括ろうとするノドンスを、ノーデンスは羽交い締めでワイヤーから引き離す。


「止めるな! ノーデンス! 死なせてくれい! 儂の五十年は一体なんだったんじゃァ~」

「早まるな! 落ち着け、オヤジ! 一体どうしたんだ!!」


 暴れるノドンスをクマちゃんから引き離し、ノーデンスは耳元で叫ぶ様に聞くと、ノドンスは大粒の涙を流し、鼻水を垂らしながら、子供が嫌々をするように身をよじりながら理由を叫ぶ。


「あんな化け物みたいな機体を、女子供が組み上げただと! 設計思想も製作技術も、この儂よりも遥かに上じゃあ! それよりも可愛らしい機体に騙されて、この機体の能力を見誤った儂の不明は、マイスターとして万死に値する! 儂の五十年は無意味だったんじゃァ~! 死なせてくれい、ノーデンス!!」

「落ち着け落ち着け、オヤジ。この機体を組み上げたのは、確かに女子供だが、並みの女子供じゃあ無いんだ……」


 ノーデンスはノドンスの両肩を掴み、正気に戻そうと前後に揺さぶる。


「闇の端女とネオンナイトに鍛えられた、規格外の子達なんだ! しかも改造は設計図の書き起こしから、組み立ての監督まで闇の端女なんだ!」


 ノドンスはノーデンスの口から出た、闇の端女という言葉に激しく反応する。


「闇の端女だと!? ノーデンス! それはひょっとして、マグダラ・ベタニア様の事か!?」

「ああ、何でもネオンナイトの無意識領域の魔力の力で、顕現したらしいぞ」

「馬鹿者! マグダラ様を闇の端女呼ばわりするとは何事じゃ!」


 ノドンスは、傍らに落ちていた、くの字に曲がった鉄パイプを拾い、思い切りノーデンスの脳天に振り下ろした。鉄パイプはまるで、ノーデンスの頭がプレスしたようにひん曲がる。


「あいつ、そんな凄い奴なのか? でも悪い奴なんだろう?」


 何事もなかった様に、帽子を脱ぐ感じで頭から鉄パイプを外しノーデンスが聞くと、痺れる両腕を擦りながら、ノドンスは答える。


「馬鹿言うな、そりゃ白騎士野郎の戯れ言じゃ。マグダラ様がおらねば、聖霊機甲は存在せん」

「そうなのか?」

「陽光の聖女マリア・ド・メイジス様の魔導技術、月光の聖女マリア・フォン・マシンナリー様の機械技術を、高次元でバランス良く結びつけたのが、安息の聖女マグダラ様の功績じゃ」

「……」


 意外な真実に目を剥いて驚くノーデンスを尻目に、クマちゃんを見上げてノドンスは言葉を続ける。


「儂ら聖霊機甲マイスターは、皆そう結論付けちょる。でなければ、聖霊機甲はもっと歪な仕上がりで、今以上に乗り手を選ぶ物になっていただろう。そんなマグダラ様が、二人のマリアを弑する訳がない。ま、白騎士教団の前じゃ、そんな事は言えんがの……」


 新たに提示された真実に、ノーデンスは呆けた表情でクマちゃんを見上げる。


「さて、こうしちゃおれん……」


 我に帰ったノーデンスが見ると、ノドンスはボストンバッグに資料を詰め込んでいた。


「どうしたんだ、オヤジ?」

「どうしたもこうしたもあるか、儂ゃこれからハイパーボリアに行って、マグダラ様の弟子にして貰う。いてもたってもいられんわい」


 その言葉に驚いたノーデンスは、目を剥いて抗議する。


「ちょっと待て、オヤジ! その前に俺の機体を……」

「バカモン、いじりようが無いわい!」

「そんな! せめて外装だけでも、元のナイトゴーントに……」

「そんな事をしたら、機体のバランスが崩れて使い物にならなくなるぞ」

「何だって!? そんな殺生な」

「何が殺生だ! 折角新しき物をゾスよりの物、いや、イスの輝ける種族並みの機体に仕上げて貰ったというのに、不平を垂れるのは罰当たりじゃぞ、ノーデンス」


 ここに来れば何とかなる、そう思ってやって来たノーデンスだったが、もはやどうにもならない事を知り、ガックリと膝をついて項垂れる。うちひしがれるノーデンスなどお構い無しに、ノドンスは荷物の整理をしながら声をかける。


「工房はもう閉めるから、残ったモンは好きに処分してくれ。あ、そうそう、あの機体の外装を隠したければ、うってつけのモンが有るぞ」


 その言葉にノーデンスは顔を上げる。天の掲示を受けた信徒の様な表情で、ノドンスを見つめるノーデンス。


「オヤジ、それは本当か!?」


 すがる様な瞳のノーデンスに、ノドンスは工房の片隅を指差した。ノドンスの示した先には、露天荷台で精霊機甲を運搬する時に使う、雨雪避けのシートが有った。


「あのシートを使って、上衣を作って覆えば良い。ペリクル式になっていてな、外から中は見えないが、中から外は見える仕組みになっている。耐魔導コーティングもしてある優れモンじゃ」


 ノーデンスはまるで宝物に触れるように、シートに手を触れた。その感触から、これならいけるかも知れないと思ったノーデンスは、どうやって加工すべきかアドバイスを貰おうと振り返る。しかし、そこには既にノドンスはいなかった。取るものもとりあえず、ボストンバッグに詰め込んだノドンスは、逸る心を抑えきらず、夜の闇の中を自家用のンガ・クトゥンでハイパーボリアに向かって駆けて行ったのだ。


「今行っても、居ないんだけどなぁ……、まぁ、良いか」


 遠く小さくなったノドンスの背中に向かって、ボソッと呟いたノーデンスは、シートをどうやって加工しようかと、腕を組んで思案をするのだった。

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精霊機甲ネオンナイト 場流丹星児 @bal7294

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